======= この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。
福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。
福本明子・・・福本の母。
福本日出夫・・・福本の叔父。久保田管理官の友人。タクシードライバー。
久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。
本田幸之助・・・福本の演劇仲間。
松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。
渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。
渡辺副総監・・・あつこの叔父。双子の兄弟がいたが、暗殺された。
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何だか騒がしい。祥子は早朝からサチコの鳴く声に目が覚めた。祥子は縁側の雨戸を開け、外の様子を伺った。どうやらサチコが吠えているようだ。夜が白み始めている。もうすぐ夜明けだ。福本が起きてきて、「どうした?」と尋ねた。「何だか様子がおかしいわ。あなた、外のライトを点けて。」
防犯センサーライトは点いているが、全体は見通し難い。それで、庭には補完する明かりが2カ所ある。
「英二、どうしたの?」と、福本の母明子も起きてきた。祥子が犬小屋の外の繋いでいた棒からサチコを外し、サチコを抱くと、サチコは低く唸っていた。
何やら白い包みが犬小屋の向こう側にあるようだ。福本は包みに近づいた。近くから音が聞こえた。「聞こえる。時計の音だ。」
一緒に覗き込もうとした明子に福本は指示した。「母さん、叔父さんに電話して。」
「祥子。サチコを中へ。」祥子がサチコを抱いて中に入ると同時に、明子がスマホを持って来て、福本に渡した。「英二。爆弾かも知れない。久保田に電話してみる。」
福本の伯父日出夫は、実は元刑事で、久保田管理官は親友だ。福本は縁側の雨戸を閉め、中に入った。
スマホが鳴った。「英二。爆発物処理班が行く。家の中のなるべく奥にいろ。そっちに到着したら、事情を話すんだ。」
福本は、念のため、Linenで伝子たちに知らせておいた。10分後。爆発物処理班と鑑識が到着した。管理官も。福本はかいつまんで話をした。聞き終わった管理官は爆発物処理班班長の永井に尋ねた。「どうかね。」「あと30分で爆発するところでした。」
「ううむ。わざと爆発させたら、もう来ないだろうしなあ。」「俺なら、装置を外した後、張り込むな。」と後方からあつこに車椅子を押して貰い、福本日出夫が『入場』した。
「決まりだな。爆発物処理班は家の中へ。鑑識も作業が終わり次第、福本邸内で待機。他の者は散開して、付近で待機。犯人がまた来るのを待つ。1時間でいい。ああ、福本君。もし大文字くんが来るのなら、公安で借りている家で待機させてくれ。」
福本が指示通りにしているのを見て管理官は「やっぱり、な。」横であつこが笑っている。
公安が借りている2階家の2階。公安の刑事、久保田刑事。愛宕夫妻、伝子と高遠がいる。
「ちょっと、見せて貰っていいですか?」と返事も聞かず伝子が望遠鏡を覗く。
「福本の家がよく見えるなあ。」と伝子が言うと、公安の刑事が「犯人見付けても、ここから飛び出さないで下さいね。」と言った。
「そんなことは・・・。」と言いかけた伝子に他の者が声を揃えて「やりかねない。」と言った。公安の刑事が声を殺して笑った。
1時間後。犬小屋近くにそっと近づく男がいた。たちまち逮捕された。それほど遠くない所に不審車発見、と連絡が入った。
「行こう。後はお願いします。」と久保田刑事がいい、皆福本の家に向かった。
家から福本がサチコを連れて出てきた。サチコが盛んに吠えた。
「よし、『面通し』は終わりだ。不審車の男共々署に連行だ。爆発物処理班も鑑識もご苦労様。解散だ。悪いね、福本君。折角ボランティアで手伝って貰っているのに、オジャンにして。」
「あ、こちらこそ。室内ゲージ貰っちゃって。それに、監視カメラも。」
「サチコは色んな賞を貰っている。それだけ恨んでいる犯人も少なくないということさ。」と日出夫は言った。
「また狙われる可能性もあるからね、当然の処置だ。そうだね、渡辺君。」と後の台詞はあつこに言った。
「では、『おじさま』。私たちの班も引き上げます。」と、あつこは管理官に敬礼した。
「公務だよ、渡辺君。」あつこは舌を出した。
「私たちの班?」と久保田刑事が尋ねた。「緊急特別班だ。警察犬チームとも連携する。今度出来たんだけど、ネーミングはダサいかな?」誰も反応しなかった。
「あ、午後の老人会の特殊詐欺講習は警察官だけで行う。依田君も都合悪いらしいし。愛宕、白藤は頑張りなさい。それで、申し訳ないが大文字君、高遠君。ついて来て貰えるかな?」「じゃ、ジブンの車にどうぞ。」
福本邸を後にして、向かったのは、警察庁だった。久保田刑事が受付で『来客者バッジ』を貰い、高遠と伝子に手渡した。
『副総監室』に入ると、副総監がにこにこして出迎えた。
「いやあ、どうもどうも。わざわざご足労頂いて申し訳ない。お茶でもどうぞ、と言いたいところだが、時間がない。単刀直入に言おう。大文字伝子君。特命警察職員として、私のSPをお願いしたい。」
「嫌です。」「特命警察職員ってダサいかな?」「いや、そういうことではなくて、警察の仕事なら、私の後輩の愛宕を推薦します。私は翻訳家でして、今までの事件は後輩が巻き込まれたりして、行きがかり上で関わっただけですので。それと、SPなら本職がおられるのでは?」
「後輩が巻き込まれて関わった?今、そう聞こえたけど、間違いない?」と、副総監は管理官に言った。「間違いありません。」と、管理官は言った。
「ジブンにもそう聞こえました。」と、久保田刑事が言った。
そこへ、引き上げた筈のあつこが入って来た。「柔道初段、合気道2段、と久保田刑事からお聞きしていますが、間違いないですか?高遠さん。」
「ええ。本人の前で返事するのも変ですが、間違いありません。」と高遠は応えた。
「私は、合気道初段です、大文字伝子先輩。後輩の為に人肌脱ぐ気質だとお伺いいておりますが。」「誰がそんなことを・・・。」「依田俊介氏から。」「あいつ・・・。」
「お願いします、おねえさま。」いきなりあつこが土下座した。
「へ?」伝子と高遠が顔を見合わせていると、久保田管理官が種明かしをした。
「渡辺あつこ刑事は、副総監の姪なんだ。大文字君。引き受けてくれるなら詳細を話そう。ダメなら回れ右してくれていい。それと、前の事件で大文字君が見付けた白骨死体は副総監の双子の弟さんで、副総監の替え玉だった。」
「・・・おねえさまは止めて欲しい。」「宝塚みたいだからね。ホームズは引き受ける、と言っております。」と高遠がおどけて言った。伝子は苦虫を潰した顔をしている。
「では、高遠君。わたくし副総監の移送護衛作戦の司令塔をやって貰おう。」と副総監が言った。続けて、管理官が「依田君は明日も都合がつかないらしい。急に辞めた人員がいるそうだ。実は、高遠君を追跡した事件の時に使った、大文字君の叔父さんのガラケー追跡システムが必要なんだ。依田君の代わりに君がナビゲーションして欲しい。」
「他の選択肢はなさそうですね。」と、高遠はため息をついた。
「先日、病気で入院中の警視総監の代わりに記者会見されていましたよね。あのこととも関連が?」と伝子が言った。
「その通りだ。替え玉を殺して、副総監は死んだと思っていた奴らに副総監健在がばれてしまったんだ。」
「私はSPの経験も資格もありませんが。」「大丈夫、とは言えないな。だが、男性SPのチームはいる。女性SPに欠員が出来てね、君に白羽の矢を・・・古いな。まあ、渡辺警部の推薦だ。勿論、責任上、渡辺警部もSPとして参加して、君をサポートする。」
夕方5時。警察庁から国賓館までの副総監護衛作戦は決行された。
距離にして約2.5km。1時間もかからない。護送車団は速やかに入館し、夕食会は6時半から盛大に行われた。今回は、ヨコカラナ共和国の外務大臣の接待だ。日本からも外務大臣と、警視総監の代わりの副総監が出席する。向こうの外務大臣の希望で、料理は日本料理、パーティーは芸者や舞妓の踊りが披露される。
正式な外交は明日、今日は前夜祭みたいなものだ。副総監が出席するのは今夜のみだ。
伝子達はSPチームとの打ち合わせ後、各持ち場に散った。副総監の側に張付くのは2人だけだ。伝子は、副総監室から出た直後、あつこからのLinenのメッセージが気になっていた。グループLinenだから、高遠は勿論、愛宕、みちる、福本、祥子、南原、蘭、依田にも伝わっている。8時半。そろそろ、パーティーがお開きになる20分前。
伝子は自らの判断で、副総監用の宿泊部屋に移動した。SPの一人が副総監の部屋に入っていった。すぐに出てきた。数分様子を伺った後、伝子は行動に出た。副総監の部屋に入ると、窓に縄梯子がかかっているのを発見した伝子は、ある仕掛けをした。
9時。素早く出てきた伝子は、続き部屋になっている、隣の部屋に身を隠した。5分後、SPに送られて来た副総監は上機嫌で部屋に入っていった。SPたちは廊下の角に立ち番した。
「わ、何をする!」副総監は窓から放り投げられた。その時、高遠がイヤホンから「あ、信号が消えた!!」という声が聞こえた。
侵入した女が縄梯子に移った瞬間、伝子は絡ませていた自転車ロープを思い切り引いた。女はすぐに落ちた。そして、伝子は窓から飛び降りた。下には避難救助マットがあった。伝子は女と折り重なってマットに落ちたが、すぐに地面に降り立った。女は気絶していた。
下で待っていた、仲間らしき男が逃げ去るのを見て、追いかけた。Linenを通じて聞いた、あつこが駆けつけた。男は行き止まりの壁に鉄線が敷かれているのを見て、警棒を持って、伝子に襲いかかってきた。
あつこは、近くの建物の壁に何故か立てかけてあった棒きれを見付けると、「おねえさま、これを!!」と伝子の後方に投げた。伝子はすかさず、回転レシーブのような前転で棒きれを受け取ると、相手に向き直った。通路はあまり広くない。あつこは救援の機会を伺っていた。10数分後、伝子は『巴上げ』で男を投げた。
あつこは、すぐに取り押さえ、「確保!」と叫んだ。他のSP達がやってきた。副総監は、避難救助マットの側で寝かされていた。気絶していただけだった。
伝子が、男の覆面を取ると、SPのサブリーダーだった。「そっちは?」と伝子が叫ぶと、SPの一人が気絶していた女の覆面を取った。「こいつは・・・。」と、彼は絶句した。
その時、外を警備していた警察官から、通信が入った。「副総監の車が盗まれて、館外に出た模様。各部署に緊急配備指令。」
伝子のイヤホンに高遠の声が入った。「副総監の車の信号が移動しています。今から追います。副総監のガラケーと靴の信号は復活しました。」
「了解。あつこ。後は頼む。」「おねえ・・先輩。これを。正面玄関の黒いバイクです。」と、あつこは伝子にバイクのキーを投げた。
「すまん。」伝子は猛然とバイクの方に走った。
「こちら、渡辺。今から追っ手のバイクが出ます。通してください。」とあつこは警察無線で通信した。
伝子はすぐに正面玄関のバイクに辿り着いた。黒いバイクは大型バイクで通称ナナハン。伝子は免許を持っているので、躊躇無く跨がって、入り出した。門番の警察官が敬礼し、通す。伝子は夜空の下を疾駆した。「伝子さん、Bポイントに向かってください。CからFポイントには、既にパトカーと依田達の車が向かいました。」と、高遠からイヤホンで支持が来た。国賓館からの逃走経路は予め調べて、いざという時の為の封鎖ポイントが決められていた。
そして、副総監の車が向かったのは、Bポイント方向だった。
逃走車の男は途中、追っ手があることを知り、Dポイントに方向転換して逃走した。
「Dポイントには、南原さんと警察の車でバリケードを作りました。」とイヤホンから高遠の声が伝子に聞こえたその時、後方から白バイが2台、サイレンを鳴らして近づいて来た。伝子は路肩に停車した。
「大文字探偵ですね。渡辺隊長の指示で応援に来ました。我々が先導しますので、ついてきてください。」と、白バイの女性警察官が言った。伝子が頷くと、すぐにサイレンを鳴らして、前方の逃走車を追いかけた。伝子は白バイに続けてスピードを上げて走った。
逃走車はDポイントからCポイントの方向に転換した。2台の白バイの内、1台が横道に分かれた。150M走った所で、逃走車の前方から白バイが走ってきた。男はすぐ車を止め、路地に入った。先ほどの白バイ隊の女性警察官が走る。男は、塀に立てかけていた自転車に跨がり、走り去ろうとしていた。
伝子は腰に携えていた、先ほどの棒きれをスポーク目がけて投げた。男は自転車から転倒した。「確保!」と叫んで女性警察官は手錠をかけた。
「逃走犯人を確保しました。」と、女性警察官は警察無線で報告した。伝子のイヤホンには、「信号が止まっています。」と聞こえてきた。伝子はスマホを取り出し、Linenの画面に向かって言った。「みんな、終わったぞ。ご苦労様。学。集合場所を決めて連絡しろ。腹減った。」
白バイ隊の女性警察官たちは笑っている。「逃走車両と犯人の回収は依頼しました。どうぞ、安全運転で『集合場所』に向かってください。」先導してくれた女性警察官が敬礼し、もう一人も習った。
国道沿いのサービスエリア。伝子、依田、福本、福本の劇団仲間松下、南原、愛宕、祥子、蘭、久保田刑事、久保田管理官、それに渡辺あつこ警部が集まっていた。
10数分後、みちるが高遠を伴って、やってきた。「遅れてすみません。」と高遠が謝ると、「確かに遅いな。」と依田が言った。
「よくやった、学。」と伝子は高遠をハグした。
「大文字君、SPの二人が怪しいと感じていたのかね?」「女性SPが欠勤というのはおかしいと思っていました。それと、男性SPの方は私に対する警戒心が強かった。」
「ふうむ。取り調べが進まないと分からないが、二人は買収されていたようだ。逃走した国賓館職員もね。バックに何者かがいるのは確かだが・・・。」
「おじさん。いや、管理官。見せてもいいでしょうか?」「ん?うむ。」
久保田刑事は手帳のイラストを見せた。「大文字さんが見付けた白骨遺体の頭蓋骨には弾丸の後があった。」
「狙撃されたんですね。」「当日は大雨が降って流されてしまい、行方知れずだった。そして、先日副総監宛に脅迫状が届いた。『身の回りに気をつけろ』、と。」
管理官が続けた。「渡辺君の情報で、どうもSPにスパイがいるようだ、と分かって、久保田刑事とゆかりのある、大文字伝子探偵と中年探偵団の応援を依頼した。あの時、副総監室を出てから伝えたのは・・・。」
「盗聴器ですね。」と依田が言った。「ご明察だね、中年探偵団の依田君。」
「引っかかるなあ。管理官。中年探偵団ってネーミング、どうにかなりませんか?」と依田が文句を言った。
「私も、探偵じゃない。」と伝子も頬を膨らませた。
「まあまあ。ネーミングはいずれ考えましょう。」と久保田刑事がなだめた。
「そう言えば、気になっていたんだが、あつこ、いや、渡辺警部。あの棒きれはどこから?」「気がつけば、近くにあったので。」「棒きれにしては重かった。それに、あのSPの電磁警棒で割れなかった。まさか?」と伝子は管理官を見た。管理官は背を向けた。それが答だった。
「ああ、そうだ。白バイ隊の女性警察官が隊長とか言っていたが。」と伝子があつこに尋ねようとしたが、みちるが応えた。「白バイ隊にもいたのよね、隊長として。」
「キャリアは転勤が多いのだよ。」と管理官が言った。
「私、『あつこ』って呼ばれて嬉しかったわ、おねえさまに。」とあつこが言った。
「んん。そう言えば、『後輩の為に人肌脱ぐ気質』と言ったけど、少し違いますよ。」と高遠が言うと、「正確には『学校のクラブの後輩の為に人肌脱ぐ気質』ですよね。」と愛宕が口を挟んだ。
「ヨーダ。渡辺警部に『後輩の為に人肌脱ぐ気質』って教えた?」と、高遠が尋ねると、「いや、記憶にない。」と依田は応えた。
「まあまあ、結果良ければ全てよし、ですよね、管理官。」と、みちるが気を利かせて取りなした。
「そうだな。あ、それから、福本君がサチコの件と関わりが、って言っていたようだが、それは違う。脅迫状が来たのは1週間前だし、恐らく、警察犬時代の事件と関わる案件だな。さ、ラーメンで悪いが私の奢りだ。腹の足しにしてくれ。」と管理官がしめた。
時刻は10時半を回っていた。
―完―