目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
11.墓参り

===== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

中津刑事・・・警視庁捜査一課刑事。

藤井康子・・・伝子マンションの隣人。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。

本田幸之助・・・福本の演劇仲間。

松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

大曲(大文字)綾子・・・伝子の母。

逢坂栞・・・伝子の大学時代の同級生。美作あゆみのペンネームで童話作家をしている。

利根川道明・・・元TV欲目コメンテーター。

==================================


ある日の昼下がり。伝子は物部と、蘇我の墓参りに来ていた。「お前ら、ホントに仲良かったなあ。ご先祖様とえらい違いだ。」と、伝子は呟いた。

「変な褒め方するなよ、大文字。俺と蘇我は幼稚園からずっと同じクラスなんだ。」「珍しいな。」「珍しいというより、因縁を感じるよ。」

簡単な掃除をし、花束を供え線香に火を点けたところで、逢坂栞がやって来た。

「あら。お花要らなかったみたいね。」

栞は、近場の墓で枯れ具合が激しい墓の花と自前の花と入れ替えて行った。伝子はその入れ替えた花に水を注いで行った。

「すまん。今度から打ち合わせしよう。」と、伝子が言った。「そうね。」と栞は微笑んだ。

「高遠君たちは?」「別の日に3人で来るってさ。」

「お揃いですな。」と、和尚さんがやってきた。「よろしければ、本堂へ。お茶でもどうぞ。」

本堂。3人が寛いでいると、和尚が一冊の書き物を持ってきた。「蘇我さんが書かれた写経です。その頃すでにその後のことを覚悟されていた。大したものです。」

「綺麗な字だ。」伝子が言うと、「迷いがない。これ、逢坂さんがお持ちになった方が。葬儀の時失念しまして、そのままになっておりました。。申し訳ありません。」と和尚は謝った。「いえ。頂きます。」

和尚が行った後、伝子は栞に尋ねた。「盗作騒動は?」「明日判決が出るわ。最高裁まで闘うわ。原案は実は蘇我なの。言うなれば、合作ね。」二人は感心した。栞は芯が強いのだ。

墓参りからの帰途。伝子の車。

「物部の家ってどっち?」「明日の仕込みがあるから、モールの近くでいいよ。」

伝子はマンションに帰宅した。「ただいまー。」

「伝子さん、お客さんです。」高遠の背後にいたのは伝子の母だった。

「取りあえず、お茶をいれましょう。」その時、チャイムが鳴った。愛宕だった。

高遠は愛宕と外に出た。「今、お取り込み中ですか?」「はい。伝子さんのご母堂様登場で、嵐到来です。で?」

「袴田淳子でした。利根川に先輩の情報を与えたのは。利根川を苦しめたかったからって。」「せっかく不起訴になったのに。」

中から罵声が聞こえてきた。「もういいわよ!親不孝者!」

伝子の母は出てきて、走り去った。

二人は中に戻って、食堂で泣いている伝子を見た。「先輩。」「伝子さん。」

「伯父の悪口を散々言ってから、猫なで声で借金を申し出てきた。情けない。」と、ため息をついた。「そうだ。愛宕、何か報告があったんじゃ?」「伝子さんのことを利根川に教えたのは袴田淳子だそうですよ。」と高遠が説明した。

「我々は余計なお節介をしたのか?」と伝子が呟くと、「そんなことはないでしょう。」と高遠が言った。

「しかし、先輩のお母さんって想像以上だな。」「何しろ、病気で退院した直後に『迷惑かけやがって』と罵ったらしいからな。がんになる前だが。本人は否定しているが、その場にいた叔母が証言している。叔母が言うには、コンプレックスが強くて素直にものが言えなくなったらしい。伯父が我慢すると、それも腹が立つのだとか。」

「救いようがない。」と高遠は言った。

「橋の下で鳴いていた子犬でも拾って育てている積もりか、とも言った。愛宕が外にいることを意識していなければ、我慢しきれなかったかも知れないな。」伝子は毒づいた。

「この場合、『ありがとうございます。』かな?」と愛宕は高遠に言った。

「僕に聞かないでよ。愛宕さん、コーヒー飲むくらい時間ありますよね?」

何かを悟った愛宕は「ブラックでいいですよ。」と応えた。

「墓参り、どうでした?」高遠は、それとなく尋ねた。

「偶然、栞に出くわして、ミニ同窓会。『盗作』裁判の一審判決が今日出るそうだ。」

「美作あゆみ(みまさかあゆみ)が逢坂さんのペンネームなんですね。」と、愛宕は言った。

「最後まで闘うそうだ。」

チャイムが鳴った。依田が、隣のおばさん、藤井康子と立っていた。「先輩、助けて。」

「どうした、ヨーダ。」と伝子が応じた。

「特殊詐欺です。還付金詐欺。」「まだそんなことする奴がいるのか。で?」

「ATMに行こうとして、完全にパニクっています。」「藤井さん、落ち着いて。何があった?」「今日が締め切りなんですって。お金返って来なくなるって。」

「誰が言ったの?」「区役所から頼まれた何とかセンターの人。」

藤井と伝子がやりとりしている間に愛宕みちる、福本夫妻がやって来た。

「丁度いいところに。高遠が事情を説明した。すぐに愛宕がどこかに連絡し、福本もどこかに連絡した。

「祥子。藤井さんの真似は出来るか?」と福本が言うと、「ん、んん。犬は?犬はあ。犬はダメなのよう。」と藤井の声に近い声を出してみせた。

「そっくりだわ。」とみちるが感心した。「藤井さん、スマホ貸して貰えますか?祥子、その声で時間稼ぎしろ。松下がウィッグを持って来てくれる。衣装だが・・・。」

伝子は悟って、「そか。じゃあ、祥子。私の喪服を着ろ。とにかく、みんな上がれ。」と言った。

5分後。祥子が伝子の喪服を着て出てきた。その時、藤井のスマホが鳴った。

福本が祥子にスマホを渡した。「はいはい。それがね。さっきのカードは違ったのよう。もう空っぽの預金のカードなのよう。これから着替えて行くわ。コンビニに行くのよね。買い物かごはどこに行ったかしら?」

祥子が時間稼ぎの電話をしている間に、松下が息せききってやって来た。みちるが祥子のウィッグを着けた。伝子が合図をして、一行は近くのコンビニに移動した。

コンビニ。

祥子は相手の電話に応対しながら、巧みに『失敗』してみせ、遂に相手に出向くように仕向けた。「ボタンが一杯あって分からないのよ。来て説明して下さるの?まあ、親切な方ね。お願いするわ。」

藤井に扮した祥子の近くに立っていた福本が外の愛宕達に合図した。

10分後。しびれを切らした犯人がバイクでやってきた。スーツを着た、犯人の一人がATMの祥子に近づいて来た。「おばあ・・・ちゃんじゃない。」

犯人を福本と松下と店員が取り囲んだ。スーツ男は外に飛び出し、仲間に「逃げろ!」と叫んだ。仲間はバイクに乗り込もうとしたが、待機していた警察官に取り押さえられた。

それを見たスーツ男は走って逃げようとした。そこへ伝子のラリアートが決まった。

コンビニから少し離れた所で、高遠が双眼鏡であたりを観察していた。側に依田と藤井がいて、顛末を見ていた。

間もなくパトカーが到着し、連中を連行した。久保田刑事がパトカーから降りて高遠に近づいて来た。

「高遠さん。白藤と交番の巡査で不審な車両を発見しました。恐らくは大きな組織ではないでしょう。芋づるで何十人も逮捕したいところですけどね。」

「良かった。久保田さん、藤井さんに特殊詐欺のことを説明したいんですが。」「資料を持参しましたよ。」

松下がウィッグを祥子から受け取りながら言った。「間に合って良かった。預かっているのと取りに行く余裕はないと判断したから、お袋のウィッグを借りてきた。流石祥子だな、よく演技した。しかし、お前ら、いつも事件に絡まれているな。事件がやってくるのかな?誰かの吸引力で。」

「吸引力は先輩だろうなあ。」と福本が言うと、伝子が近寄って来て「吸引力?」と福本に尋ねた。「あ、掃除機は年々吸引力が落ちるな、って話です。あ、改めて紹介します。元劇団仲間の松下です。」「ああ。『煽り運転の件の時は世話になったね。」

「いやあ、たいしたこと何もしていませんよ。じゃ、俺はバイトの途中なんで。」とバイクに乗って去って行った。

伝子のマンション。高遠と伝子、愛宕夫妻、福本夫妻、依田と藤井康子が帰って来ると、入り口で伝子の母が蹲っていた。

「愛宕さん、その資料下さい。俺から説明しますわ。」「ありがとうございます。」と愛宕は特殊詐欺の資料を依田に渡した。

「どうしたの、お母さん。」伝子の母綾子は、ただただ泣いていた。

「入りましょう、伝子さん。みんなも。」皆が入り終える前、高遠は直感が正しいことを確認した。監視されている。

祥子が着替えている間、伝子は母の綾子の話を聞いていた。「偽ブランド物?通販で買ったの?」「ううん。総化学会で知り合ったお友達の山本さん。」

総化学会とは、綾子が入っている新興宗教団体だ。「請求書見てびっくり。山本さんが言っていた値段の5倍もして。クーリングオフしようとしたら繋がらない。その内、督促が来て、ウチにまで押しかけて来て。」

愛宕があらましを久保田刑事に報告している間に、綾子のスマホが鳴った。伝子がすかさず、横からスピーカーをオンにした。「身内に相談するんじゃなかったんですか?」

「娘です。不幸なことに近所に葬式があったんでね。親族会議して、何とかかき集めました。準備しますから、もう少しお時間頂けますか?」「・・・1時間やる。準備出来たら近くの小さな公園に持って来い。お前のマンションの近くだ。」

愛宕が逐一久保田刑事に報告していた。「今日、制服でなくて良かったわ。」とみちるが言った。

1時間後。公園。伝子と高遠、綾子が到着すると、男達が数人、現れた。伝子が紙袋を渡した。中身を確認した男は仰天した。新聞紙だった。

「そこまでだ!」という中津刑事の声と共に、たちまち男達は逮捕された。

女性警察官が綾子に近寄って来た。「大曲綾子さん、1円も払う必要はありません。前から2課でマークしていた連中です。お陰で助かりました。」と渡辺あつこ警部は言った。

陰から出てきたみちるが、「あつこ、いつから2課に?」「今日よ。キャリアは転勤が多い。」

皆に挨拶していた中津刑事があつこに言った。「大曲綾子さんは大文字邸に宿泊されるそうです。『中年探偵団』も今夜は解散、ですよね。」と後半はみちるに言った。

「はい。我々も解散します。」と、みちるは敬礼した。

翌日。栞の判決が出る日。傍聴人席には、伝子と伝子に関係する人々が判決を待っていた。

「主文。被告人は無罪。原告が盗作だと主張する児童文学書は盗作ではなく、実は原告こそが盗作作者であることが証拠物件により判明しました。寄って、被告はいかなる罪にも問われません。私の感想ではありますが、美作あゆみさんの夫蘇我義経さんの直筆の写経を拝見し、がんにも関わらず覚悟して生きておられたことがよく分かりました。筆に『迷い』が無かったので。見習いたいものです。閉廷します。」

傍聴席は沸き立ち、原告は項垂れていた。

裁判所外。報道陣が栞を待ち構えていた。「逆に訴えるんですよね?」「いいえ。潔白は証明されました。この裁判の2審以降はないでしょうし。今言えるのはそれだけです。」

栞は弁護士が用意した車で去って行った。

高遠達は少し離れた公園の噴水前にいた。

「物部さん。どんな証拠物件で『どんでん返し』があったんですか?」と南原が尋ねた。「俺たちも知りたいです。」と青木やLinen事件の高校生が物部を見ている。

「何だ?今日は引率か?南原先生。」と物部が言った。

「私から言うよ。いいですよね、久保田さん。」と、伝子が割って入った。「被告の栞の作品の方は原告の白石の作品にはない特徴があった。かなり似た文章でも、栞の作品にはあるキーワードが埋め込まれていた。250文字目ずつに7カ所。『み、ま、さ、か、あ、ゆ、み』。詰まり栞のペンネームだ。区切って確認しないと分かりづらい。」

「先輩。白石が『後付けだ、偶然だ』と主張するのでは?」と、南原が尋ねた。

「確かにな。蘇我はがんが発見されてから写経をしていた。菩提寺の和尚から渡された写経には和紙に筆でメモした文字があった。」「まさか。」「そう。『みまさかあゆみ』だ。あの作品は原案が蘇我で、栞が蘇我の死後完成させた、言わば合作だ。他の作品ならともかく、あの作品で『盗作呼ばわり』されていた。写経とそのメモは、もう販売されていない墨が使われている。つまり、後付けは出来ない。」

「埋め込んだ上で、普通の文章に仕立てた、ということですね。」「コピペして手直ししたからこそ、偶然は考えにくい。色んな専門家の文書鑑定の結果、白石の方が怪しい、という結論が出た。以上だ。」

「進展があれば、南原さんにもお知らせしますよ。それから、今の話はあくまでも大文字さんの『推理』だからね、学生諸君。内緒にね。」と久保田刑事が言うと、皆笑った。

「そろそろ時間だな。傍聴人用のマイクロバスがあるらしいので、我々はそれで帰ります。」南原と学生達は揃って「ありがとうございました。」と礼を言い、去っていった。

「久保田刑事。母の件は?」「中津刑事によると、『飛んで火に入る』状態だったようだ。大文字さんのおかあさまを手玉に取った女は、ブランド品を買わせた後、宗教団体を脱会している。詰まり、騙す為に潜り込んでいた。おかあさま以外にも被害者は沢山いる。宗教団体は『辻褄合わせ』はしていない、と言っている。」と応えた。

高遠は、「これで終わりますか?後で難儀は?」と尋ねた。

「渡辺警部が『脅し』をかけたそうですよ。もし連中との繋がりが見つかれば全力で潰す、と。だから、繋がりがあったら切るでしょう。」

「流石、未来の奥さんですね。」「はい。」と久保田は深く頷いた。

「ああ。藤井さんですが。先輩のお隣さんの。依田さんが丁寧に説明した後、お孫さんに連絡して蕩々と説教したそうですよ。依田さんらしいなあ。」と愛宕が報告した。

「じゃ、我々はこれで。愛宕、乗せてってくれ。」「はい。」と久保田刑事と愛宕夫妻は去った。

「俺たちも帰ります。サチコの予防注射あるし。」と福本夫妻も帰ろうとした。

「お前ら、明日の逢坂の復帰会来るよな?」と物部が言うと、「決まってるじゃないですか。」と福本が応えた。

「じゃあ、我々も帰ろう。大文字、すまんが乗せてくれ。」「モールの所な。そうだ、祝いの品どうしよう?」「俺に任せてくれ。モールで買っておく。後で割り勘な。」

翌日。物部の店には伝子、高遠、福本、依田、そして、逢坂栞が集まっていた。初めてのクラブ同窓会だった。栞は蘇我の遺影を空いている席に置いた。

ー完―


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?