===== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。
青木新一・・・Linenを使いこなす高校生。
久保田刑事・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
中津刑事・・・警視庁刑事。
中山ひかる・・・ネット依存症の高校生。
中山千春・・・ひかるの母。
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『二人がまぐあいの絶頂を迎えた時、帰宅した敦子は母親と夫に水をかけた。後日、離婚したことは言うまでもない。』
「最後の文章はいまいちだなあ。それと、『まぐあい』は止めろよ、『セックス』でいい。」高遠と大文字伝子は、高遠が書き上げたエロ小説、いや、性風俗小説を検討していた。
その時、チャイムが鳴った。応答して、入って来たのは愛宕、久保田刑事。それともう一人いた。久保田が紹介した。「こちらは警視庁の中津刑事です。」「中津です。今日は、度重なるご協力に対してのお礼にあがりました。」「お礼だなんて・・・。」
「いやいや、御慧眼は久保田から伺っていますよ。事件解決のヒント、糸口をいつも頂いているとか。私の上司が是非ご挨拶に行ってこい、と。金一封や表彰状は出ませんが、上司から、『あくまでも』個人的なお礼にと言付かって参りました。」
中津が出した封筒を高遠が開けると商品券だった。「なるほど。ご丁寧にどうも。確かに拝領致しました。」「では。」と帰りかけた久保田は、「愛宕は残っていいぞ。今日は定時に帰れ。」「はい。」
中津と久保田が帰ると、愛宕はふうと息を吐いた。
「どうした?緊張していたのか?私には緊張しない癖に。」「そんなことないですよ。ああ、先輩。中津さんは久保田先輩の同期なんですけど、中津さんの上司、って久保田先輩の伯父さんなんですよ。」「ふうん。それで、中津さんは久保田さんに頼まれると断れないって訳か。」「まあ、そうですね。」
横で見ていた高遠が、「ビールでも飲みますか?」と、高遠が尋ねると、「聞いてたでしょ、後で一旦署に帰るんですよ。」と愛宕が返した。
「だよね。」「何が『だよね』、だよ。コーヒーでも入れてやれ。」「はいはい。」「『はい』は一回!」「はい。」
「今日は事件じゃなかったんだな、愛宕。」「それが・・・。」「勘弁してくれよ。仕事にならんぞ。今日は仕事ないのは事実だが。」「高遠さんは?」「一応、書き上げたばかり。」
「じゃあ、お二人に・・・。」
かくして、二人はまた妙なことに巻き込まれるのだった。
高遠と伝子は、愛宕のマンションに招かれた。正確には、愛宕のマンションのお隣さんを訪れる前に立ち寄った。「お帰りなさい。ご苦労様です。」と、自分の夫と伝子達に別々の挨拶をしたのは、愛宕の妻、みちるだった。みちるは伝子達に敬礼をした。
「あのー、奥さん。我々は警察官ではないので。」と、高遠が言うと、「え?探偵なら警察官の親戚みたいなものじゃあ。」「高遠。愛宕は何か変なこと吹き込んだようだ。」
「そうですね。」と相槌を打つ高遠に、みちるは「ご主人がワトソン役ですね。」
「違う。そもそも、私は翻訳家だ。」「私は小説家です。」
「まあ、ともかく中へ。あ、ひかる君。後で行っていい?」「はい。」
ひかると呼ばれた少年は隣の部屋へ消えた。
高遠と伝子が愛宕と共に入ろうとすると、息せき切ってやって来たのは南原だった。
伝子が「大丈夫か?南原。休暇多めに取ったんじゃないのか?」と言うと、南原は「大丈夫です、先輩。ご心配おかけしました。母にも筧先生にも大分絞られました。」と苦笑いした。
どやどやと入って来た客たちに、みちるはコーヒーを出しながら、言った。
「あの、ひかる君なんですけどね。コロニーが流行って、お父さんの自宅ワークが増えて、受験勉強出来ないから、ってお母さんが勉強部屋代わりにお隣を借りたんですけどね。どうも、脅迫されているみたいなんです。」
「愛宕。久保田さんには相談したんのか?」「それが先輩。ネット上のことなんで、微妙だなあ、って久保田先輩も言っていました。」
「ネット上?また、Linenですか?」と高遠が問うと「いや、Base bookなんですよ、高遠さん。」と愛宕は応えた。
みちるが、プリントアウトした紙を持って来た。「これはその一部です。」
赤線をひいてある箇所には『お前の家は知っているからな。いつか殺しに行ってやる』と書いている。
「うーーっむ。いつか、じゃあなあ。そもそも何でこんなことに?」
「これです。」とみちるはPCを見せた。Basebookの画面が出ている。『皆さんは、政府のコロニー対策が遅れたことをどう思いますか?』と、タイトルに書いてある。
『よき!』マークの数は500を軽く超えていた。しかも、どんどん増えつつある。
『よき!』マークは同意や賛成を示すものだ。そして、投稿された内容は、加熱して行っている。その反対派の一部の投稿が『殺しに行ってやる』である。
「これだけ賛成も多いのだから、気にしなくていいんじゃない?って言ったら、ひかる君、前にも同じアカウントの人に脅迫されているんです。『風神』っていうアカウント。」
「なるほど。ひかる君が『雷神』だから、明らかに挑戦しているね。コメントも一番辛辣だ。」と高遠が言った。
「でも、以前の投稿の時は殺されなかった、というか殺しに来なかった。何でかな?」と南原が首を傾げた。
「殺しに来なかったけど、最初の投稿を削除したそうです。」「で、連なる返信投稿も消された。」
「ブロック出来るんじゃなかったか?Base bookの方で処理出来るだろう。」、と南原。
「ブロックした上で、同じ輩らしき奴が現れた?ということか。狙われているな。」
そこに、当人と、その母親が姿を見せた。母親が高遠に名刺を見せ、挨拶をした。「中山ひかるの母、千春です。大文字先生ですね。この子はネット依存症なんです。もうインターネット止めなさい、って言っているんですけどね。」
「大文字は私です。こ・・・彼は夫の学です。それと、私は先生じゃない。」と伝子は挨拶を返した。「よろしくお願いいたします。」と言って、ひかるの母はすぐに帰った。
「母は宝石店をやってまして。父は海外出張中です。」
「さて、ひかる君。ざっと見させて貰ったが、高校生なのに政治に関してちゃんと意見が言えるなんて素晴らしいよ。」伝子の言葉に続けて、高遠も言った。「僕なんかただただ遊んでいたよ、高校時代は。」「自慢するんじゃない。」と伝子は高遠を叱った。
ひかるは笑った。愛宕が割り込んで言った。「本気で殺されると思ったんだね、ひかる君。」
「なんか、他の投稿者にも無茶苦茶言っているでしょ。途中から、彼の肩持つ人も何人も出てるし。僕の意見に賛成していた人がどんどん潰されて行くみたいだし。」
「削除しようとしなかったの?今度は。」と伝子は尋ねた。「かなりの人に迷惑かけるし。」「優しいんだね、君は。よし、作戦会議だ。ひかる君。作戦がうまく行ったら、投稿は削除しなさい。お詫びの文面はこの高遠、いや、私の夫が責任を持って作成する。彼は謝罪のプロだからな。」「変な褒め方しないで下さいよ。」一同は笑った。
作戦は始まった。犯人をおびき出す作戦だ。伝子は数台PCを持っている。最初、伝子達のマンションでやる予定だったが、南原が学校でやろうと言い出した。そして、学校と何軒かの電話を終えた南原は、「クラス会をやるとういう名目で教室を借ります。丁度今日は日曜日だし。で、応援も要請しました。」「応援?」と高遠が首を傾げた。
応援の意味はすぐに判明した。南原はLinen事件の関係者を呼び出したのだ。
「お久しぶりです、大文字先生、高遠先生。」とLinenグループの一人橋本が代表して挨拶をした。8人はそれぞれタブレットを持参していた。流行り病コロニーの際に生徒一人一人にタブレットが配布され、授業でも活用されることになったのだ。そこへ、青木がやって来た。「南原先生。俺も参加させてくれよ。橋本から『ネットいじめ』の件、聞いてさ。宮下にも後で報告しようと思ってる。」
「ありがとう、青木君。いいですよね、大文字先輩。」「勿論だ。配線終わったら、みんな改めて集まってくれ。」
1時間後。みなスタンバイして、伝子の指示を待った。
「私のアカウントは『みゅうみゅう』だ。」「可愛いですね。」とグループの女子が言った。
「まず、ひかる君が発言する。その内、雷神が絡んでくる。みんなは最初雷神の意見に賛同するような振りをしてくれ。具体的な意見はなくてもいい。『そうだね』とか『そうかも知れない』位でいい。暫くして、『みゅうみゅう』が登場。ひかる君を庇う発言をする。『みゅうみゅう』が説得する内、みんなは『雷神は言い過ぎだ』、とか、『やっぱりひかる君が正しい』と言い出す。最後に『みゅうみゅう』は、ひかる君の家を本当に知っているのか?本当に殺す気か?止めて!と騒ぎだす。そして、突然『みゅうみゅう』は黙る。みんなは、その後雷神を避難して、Base bookからログアウトする。」
かくしてディスカッションが始まり、2時間後、終了した。
「後は警察の仕事だ。みんなは結果を待ってくれ。」と愛宕が言った。
取り敢えず、愛宕とみちる夫婦と高遠と伝子夫婦が愛宕のマンション近くに張り込むことにした。学校から引き上げた時間から夜中の2時まで高遠と伝子夫婦が見張った。
夜中の2時には、愛宕夫婦が交代した。そして、午前11時には、高遠夫婦が交代に来た。「来ますかねえ、先輩。」「さあな。2日経って来ないようなら、私のところへ泊まり込め。高遠と愛宕は警護だ。私はそうだな・・・。」
「先輩。私と同じベッドじゃ嫌ですか?」「おい、紛らわしいこと言うなよ。」と妻の発言に愛宕は狼狽えた。「そうだな。みちるの所へ泊まり込もう。」「嬉しい!」と、みちるは伝子の体に抱きついた。
「勘違いするなよ、高遠。おまえ以外に肌を許す相手はいない。」愛宕が笑った。
そこへ、久保田刑事がやって来た。「愛宕、帰って休め。応援を連れてきた。丁度非番だった北条だ。張り込みはプロの方がいいでしょ、大文字さん。」
「そうですね。じゃあ、早めの昼食をとってきます。久保田さんたちが食事休憩取って帰ってきたら、私たちは一旦帰宅・・・ん?」
大学生らしい男がキョロキョロ落ち着かない様子で現れた。「高遠。休憩はなしだ。」
すぐに、愛宕と久保田は職務質問した。その時、マンションの扉をそっと開けたひかるが廊下から「あっ」と声を上げた。
愛宕と久保田は男を暑には連行せず、愛宕のマンションのリビングに連れてきた。
「ひかる君。この人は?」「家庭教師を一時して頂いていた一色先生です。」
「ひかる君。この人がメッセに登録して、君と『お付き合い』していた『ぱるるん』こと春子さんだ。すまない。君のPCは調査済みだ。そして、この人が雷神だよ。」
伝子の言葉に一同は驚いた。「メッセというのはBasebookのプライベートチャットの機能だ。ひかる君は、さっきまで我々が張り込んでいた近くで撮った写真を送っていた。可愛い女の子と信じて。」
「脅迫罪で起訴されたくなかったら、洗いざらい話すことだ。」と、久保田刑事は言った。
「ひかる君に出て行って欲しかったんです。」と、一色は簡単に自白、いや、吐露した。
「ひかる君のお母さんとの情事の証拠でも隠していたか、あの部屋に。」と伝子が問うと、「どうしてそれを?」と一色は振り返って伝子に言った。
「昨日、母親千春は若作りしているように感じた。その服、千春とペアルックだよな。ひかる君が、あのマンションに移った時からか、それ以前からか分からないが、千春は追い出したかった、家から。ところが、一色には計算外だった。このマンションで情事をする予定だったから。隣に刑事夫婦が住んでいるとは知らずに。隠したものは、情事を精算しようとされたら出す為の保険だった。」
一色はがっくりと項垂れた。つまり、議論に激高したネットユーザーではなく、初めからひかるを窮地に追い込む為に狙い撃ちしていたのだ。
「勿体ないよ。君のような文章力があれば、高校生のひかる君以上に政治批判出来るだろうに。何学部?」と高遠が横から聞いた。「政経学部です。ジャーナリストを目指しています。」「尚更だな。今のマスコミは腐っている。君のような優秀な人は、彼らを凌いでジャーナリズムを正しい方向に持って行かなくちゃ。どうします?久保田刑事。」
「ううむ。ひかる君次第かな。調書は取らせて貰うけどね。脅迫状を出した訳じゃないから、起訴は難しいだろうし。」
「お母さんと別れて下さい。『保険』とかの処分は警察にお任せします。」
「よく言った。みちる、旨いコーヒーを入れてやれ。」と伝子は言った。
「じゃ。」と久保田は北条と帰って行った。「はい、コーヒー。先輩、私のこと、みちるって呼んでくれるんですね。」「愛宕にしては、いい嫁を選んだ。褒めてやる。」
「ありがとうございます。でも、先輩、みちるは先輩の後輩じゃないですよ。」と愛宕は言った。
「心配するな、高遠。お前を『不倫』で泣かせたりはしない。」
「それって、男がパートナーに言う台詞じゃないんですか?」とひかるが言うと、いつの間にか入ってきた南原が「そうだね。でも、大文字先輩ならよく似合う台詞さ。」と言った。
「ひかる君。他校だけど、手伝ってくれた連中が交際、いや、交流してくれないかと言ってきている。Base bookでもLinenでもいいけど、この際友人増えてもいいんじゃないかな?」
「それがいい。南原もたまには、いいことを言う。」「え、たまには?ですか?」
「不満か?」「いいえ、そんなことは。」ひかるが笑い出した。「面白い人間関係ですね。部活やったことないけど、ずっと関係が続くんですね。」
「たまに鬱陶しいと思うこともあるがな。特に、こいつは。夫と感じることはあまりない。」と、伝子は高遠を指さした。「勘弁して下さいよお。」
一同は、しばし笑い、歓談した。
―完―