僕は幸せになれると信じていた。大好きな人と結婚して、これから素敵な未来が待っているんだと思っていた。
2人はお互いに20歳。だから、これから色々なことをしながら過ごせるはずだって。子供を作って、いずれ孫を見守れたらなって。
だけど、現実は僕が考えていたよりずっと残酷だった。
セリカさんという、下半身が蛇である異種族と恋人になって、結婚して、しばらくして。
僕は原因不明の体調不良に襲われた。立ち上がるだけで激痛が走り、とてもじゃないけど外出などできない。
首元に虫刺されのような
だって、虫が原因の病気なら、セリカさんの回復魔法で治せるはずだから。あの魔法は、病気くらい簡単に治せるものだから。
「クロノさん、回復魔法をかけますね。だから、早く元気になって下さい」
セリカさんの言葉と同時に、白い光に包まれたけれど、何の効果もなかったんだ。
つまり、僕の体調不良は病気ではない。だったらいったい何だというんだ。叫び出したい気持ちはあったけれど、セリカさんの前だから、必死に我慢した。
セリカさんは、長い銀色の髪から覗く赤い目をうるませている。よほど僕が心配なのだろう。
幼い体つきも相まって、悪いことをしている気分になる。このひとを悲しませたくなかったのに。
きっと僕とは対照的な姿だ。僕は黒髪黒目だし、それなりに体は大きい。でもきっと、僕も瞳をうるませている。そこだけは同じだろうな。
「きっとクロノさんなら大丈夫です。これからも幸せに過ごせるはずです」
セリカさんは、4本ある腕のうち上の2本で僕の両手を握る。
ひんやりとした感触がして、痛みで熱を持っているような感覚が少し癒やされた。
セリカさんは体温が低くて、やっぱり蛇なんだという思いがある。ラミアってそういうものだよね。
「セリカさんとずっと一緒に過ごしたいから、頑張るね」
そう口にするものの、すでに心は折れそうだった。これまで感じたことのない激痛だったし、今でも痛い。
少し動くだけでもつらくて、本音を言えば言葉すら話したくない。
だけど、黙ったままでいるとセリカさんが心配するから。だから必死で耐えていた。
「お願いしますね。せっかくクロノさんと結婚したんですから、2人で幸福を手に入れたいんです」
セリカさんは切なげな表情だ。それに、悲しさもある声。僕の苦しさを感じ取っているのだろうな。優しい人だから。
僕だってこれから幸福になりたかった。でも、諦めが頭によぎる。こんなに苦しくて、セリカさんの回復魔法も通じないのに、何を希望にすればいいのか分からない。
どうすれば、これからセリカさんと幸せに暮らせるのだろう。可能性を想像することすらできない。
「でも、原因も分からないのに治るのかな……」
つい不安が口からこぼれてしまう。セリカさんを悲しませるだけだと分かっていても、我慢できなかった。
本当に怖いんだ。このまま何もできずに死んでしまうんじゃないかと思えて。
どうしてなのだろう。こんなに痛いなんて、何かがおかしい。でも、何も分からない。病気だったら、セリカさんが治せるはずなのに。
なぜなんだろう。僕は悪いことでもしたのだろうか。思い当たるフシはないけれど。
せっかく幸せになれるはずだったのに。起き上がることすらできない激痛が全身に走るのだから、よほどの問題があるんだ。
おかしなものを食べた記憶はない。これまで大病をわずらったこともない。
僕は不安で頭がいっぱいで、でもセリカさんにこれ以上の弱音を言うわけにもいかなくて。
必死で笑顔を作ろうとしたけど、とてもうまく行っているとは思えない。
「きっとなんとかなります。治ったら、私達が出会った場所にでも行きませんか?」
セリカさんは明るい顔を失敗したような表情で言う。
僕たちが出会ったところは結構遠くだから、今のままでは絶対に行けない。
だから、治った時の希望として言ってくれているのは分かる。
でも、僕の口からは恨み言が出てしまいそうだった。そんな未来なんてあるわけがないと考えて。
だけど、セリカさんは本当に心配してくれているはずだから。悲しませたくないんだ。大好きな人なんだから。
「行けたらいいね。ああいう偶然なら、悪くないんだけどね」
僕の今みたいな偶然は絶対に嫌だ。理由もわからない体調不良が急にやってくるなんて。
ただ、セリカさんに伝えたところで何の意味もないから。八つ当たりにしかならないから。
「ええ。クロノさんとの出会いは運命でした。あなたと出会えて、私は幸せを知れたんです」
セリカさんは、僕との出会いを運命と言う。まあ、偶然が重なったとは思うけれど。
ただ、そんな偶然のおかげで僕たちは結婚できたんだ。だから、素晴らしい運命のはず。
本当に、今の苦しみさえなければ、きっと最高の人生だったはずなのに。どうして僕が。
「僕も幸せを知ったんだ。セリカさんと出会えて、良かった。それは本当だよ」
「嬉しいです……! きっと2人は永遠になれますから。だから、大丈夫です」
セリカさんは必死そうな顔だ。よほど僕は苦しそうにしているのだろうな。
2人の永遠か。きっと素晴らしいのだろうけど。でも、とても遠そうだ。
「うん、楽しみにしてるよ。元気になれたらいいよね」
「そうですね。クロノさんと、またデートしたいです」
セリカさんは遠くを見るような目をしている。かつてのデートを思い出しているのだろう。
今のセリカさんからは想像もできないけど、付き合う前後の彼女は押しが強かった。
それにほだされて、セリカさんを好きになったのだから、僕も簡単なものだ。
「いいね。ねえ、セリカさん。もう眠ってもいいかな?」
「なら、眠るまでここで見守っていますから。安心してくださいね」
セリカさんはとても穏やかな表情で、童顔と対極的な母性を感じる。
このひとは本当に優しいから。きっと眠ってからもしばらくは見守ってくれるのだろうな。
少しだけ安心感に包まれて、それでも痛みに耐えながら目を閉じていった。
セリカさんはずっと手を握っていてくれて、手は冷たいけれど、心は暖かかった。
そして次の日。すでに開いているカーテンから外が見えた。セリカさんが開けてくれたのだろう。
日はすでにずいぶんと昇っていて、よほど長い間寝ていたのだと思う。まあ、今でも体は痛むから、起きていたところで何もできなかったのだろうけれど。
ふと外を見つめていると、手を繋いでいる人間の男とスライムの女が見えた。
僕も元気だったら、セリカさんとあんなふうに過ごせたかもしれないのに。悔しさがあふれて、拳を握ろうとして、痛みで止まった。
こんな動きですら、苦痛がともなう。僕は自分の体の弱さが恨めしかった。
扉をノックされた音がして、声を出す。
「入ってきて」
自分でも、か細い声だなと思った。セリカさんに聞こえているのだろうか。そう考えたけど、彼女はそのまま入ってきた。
聞こえたのか、聞こえなかったのか。どちらでもいいか。もう、返事を出来なくなるかもしれないから。
「クロノさん……お元気では、無いようですね。念のため、回復魔法をかけますね」
そう言ってセリカさんは僕に4本の手をかざし、僕は光に包まれる。
だけど、楽になった気配はない。セリカさんの回復魔法は、病気を癒やしてくれるもの。
つまり、僕のこの症状は病気ではないのだろう。いったい何なのか。まったくわからない。
「ごめんね。回復魔法をかけてもらっているのに、効果がなくて」
「謝らないで下さい。私だって、クロノさんが心配なんです。ずっと一緒に過ごしたいと、思っているんです」
僕だって同じだ。結婚した頃は、ずっと一緒に暮らせると信じていた。だけど、今の僕にはそんな未来は無いのだろう。
だって、どうしても治る道筋が見えない。先ほど見かけた人間とスライムのカップルのように、暖かい時間は過ごせない。
セリカさんの前だから必死にこらえているけど、大声で泣き出したい気分だった。
本当に泣いてしまえば、激痛でうまく泣くことすらできないのだろうけれど。
「僕だって、できればずっと一緒がいい。だけど、難しいよね」
「諦めないで下さい。クロノさんとこれからも一緒にいますから。ずっと、離れませんから」
セリカさんの表情は必死なもので、僕にはある心配が思い浮かんだ。
事実じゃなければいい。でも、少し不安だ。セリカさんは優しい人だから。僕にさびしい思いをさせたくないだろうから。
「僕と一緒に死んだりしないでね。それだけは、何があっても嫌だから」
「分かっています。クロノさんのためにも、生きてみせますから。クロノさんが本当に消え去ってしまわないように」
きっと、セリカさんの記憶からも消えるという意味なのかな。
だとすると、セリカさんにはずっと生きていてほしい。僕を
でも、きっとセリカさんは悲しいのだろうな。もしかしたら、生きてほしいという言葉は呪いなのかもしれない。
だとしても、僕の生きた証はセリカさんくらいしか居ないから。負担をかけてしまうかもしれなくても。
「お願いだから、できるだけ長く生きてほしい。そして、僕のことを憶えていてほしい」
「もしクロノさんが助からなかったら、かならず。だから、頑張ってください。お願いだから」
セリカさんは涙を流しそうに見える。必死にこらえてくれているのだろう。
やっぱり優しい人だ。僕が諦めてしまわないように、我慢している。
そんな優しい人だから、セリカさんを好きになったんだよね。まあ、他にも理由はあるけれど。
ああ、これからもセリカさんと生きられたらなあ。こんな優しさにも、いくらでも触れられるのに。
諦めたくないという思いもある。でも、痛みが絶望を運んでくるんだ。こんな苦しみに耐えてまで、生きる意味はあるのかと。
分かっている。僕が諦めてしまったら、セリカさんはきっと悲しむって。でも、つらいんだ。苦しいんだ。
直接セリカさんには言えないけれど、運命を呪いたい気分なんだ。
どうすればよかったのかな。原因が分からないから、過去に戻れたとしても同じなのかもしれない。
だけど、今の苦しみから解放される可能性なんて、きっと奇跡だけだから。
「セリカさん、ありがとう。安心できるよ」
「なら良かった。クロノさん、一緒に幸せになりましょうね」
「そうだね。そうできたら良いよね」
本音ではあるけれど、はかない希望だ。僕はいつまで生きていられるのだろう。
立ち上がることもできないなんて、おかしいどころではない。だから、きっときびしいはずだ。
それでも、もし元気になれたのなら。夢見ていた未来にしてみせるんだ。
セリカさんに看病されながら1日を終えて、次の日。
また窓から人間の男とスライムの女のカップルが見えた。
悔しい。僕だってあんな風に過ごせたはずなのに。どうして僕はこんな目にあっているんだ。
拳を握るだけの力もなくて、歯を食いしばることもできなくて。
悲しさを表現することすらできないんだと、無力さを味わっていた。
「あ、あ……」
まだ声は出せる。セリカさんと話していられる。
僕にとっては、セリカさんと過ごす時間だけが癒やしだった。1人になると、いっそ死んでしまいたくなる。
話すらできなくなってしまったら、僕の楽しみなんて何ひとつとして無い。
セリカさんが早く来ないかと思いながら、動かなくても激痛が走る体に付き合っていた。
そしてしばらくして、セリカさんがやってくる。ノックをして、返事も待たずに入ってきた。
もう僕が返事もできない可能性を想像していたのだろうな。僕としても、ドア越しに声を届ける自信はない。
「クロノさん、私がそばに居ますから。ずっと離れません。今日からは、同じ部屋で寝ますから」
そっと手を握られる。セリカさんは優しい目をしていて、落ち着いた気持ちになれる。
本音を言えば、握られた手は痛かったけれど。でも、セリカさんの気持ちが伝わってきたから。
それに、同じ部屋に居てくれるのはとても嬉しい。1人で居ると、苦痛に押しつぶされそうだったから。
「ありがとう。誰かがそばに居てくれるだけで、こんなに嬉しいんだね。大好きなセリカさんだからかな」
「私を大好きと言ってくれて、嬉しいです。私も、クロノさんが大好きです」
セリカさんの赤い瞳からは、しっかりとした意志が伝わってきた。
本気で僕のことを好きでいてくれるのだろう。そう思うと、少しだけ勇気がわいた。
僕もできる限り、セリカさんとの未来のために頑張ろう。1日でも長く生きてみよう。
そう決意したけれど、次の日には諦めそうにすらなった。
痛みはずいぶんと深まっていて、セリカさんの声が伝わることすらつらくて。
でも、セリカさんは心配してくれているのに、拒絶したくなかった。
それでも、セリカさんとの未来を想像して頑張ろうと耐える。
「クロノさん……私がいたら、ご迷惑ですか?」
セリカさんは悲しそうに言う。全力で違うと言いたかったけれど、大声は出せない。
だから、ゆっくりと首を横に振った。とても緩やかな動きでもつらくて、もう良いんじゃないかとも考えたけれど。
でも、セリカさんだけは大切にしたかった。もう長くないだろう僕の命より、大切な相手だから。
「セリカさん、あなたが一緒だから、今まで耐えられたんだ。だから、そんな悲しいことを言わないで」
声を出すのにも必死だったけど、セリカさんが
このひとが笑顔でいてくれるなら、それだけで十分だ。だから、僕の思いを伝えていこう。
そう考えていた次の日。朝起きて、セリカさんに挨拶しようとすると、声がかすれていた。
ああ、もしかしたら、セリカさんと会話することすらできなくなるかもしれない。
思い浮かんだ考えが、僕にある決意をさせた。もうきっと助からない。だから、せめて。
「ねえ、セリカさん。僕を食べてくれないかな? 僕はもう治らない。だから、あなたと話せなくなる前に、お願いだ」
セリカさんとの未来は過ごすことはできない。会話すら、そろそろあやしい。
だったら、せめてあなたとひとつになりたい。そんな思いを込めた言葉だった。
「もう……諦めてしまったんですね。クロノさん、それがあなたの望みならば」
セリカさんは人ではない。だから、人を食べることもできる。以前にそう聞いた。
だから、僕を食べてもらえれば、セリカさんとずっと一緒だから。セリカさんの言っていたように、永遠だから。
「ねえ、最後に伝えておきたい。セリカさん、僕と出会ってくれてありがとう。ずっと、大好きだよ」
「私も、クロノさんが大好きです。これからも、ずっとあなただけが。あなたと出会えて良かった」
最後に言葉をかわして、セリカさんは僕にキスをする。それから大きく口を開いて、僕を丸呑みにしていった。
真っ暗であたたかい空間の中で、少しだけふしぎな気分だった。
セリカさんはあんなに幼い体なのに、よく僕のことを丸呑みにできたな。
なんというか、全身に包み込まれるような、べたりとした感覚がまとわりついているから、お腹あたりが伸びているのだろうけれど。
やれることもないから、目を閉じる。すると、セリカさんとの思い出がよみがえってきた。
はじめてセリカさんと出会ったのは、旅行した先でだった。
地図を見ながら、うんうんとうなっている幼くて腕が4本あるラミア。だから、きっと迷ったのだろうと考えて声をかけたんだ。
「大丈夫? 道が分からないなら、僕も探してあげる」
「ありがとうございます。ミリアム公園というところに行きたいのですが」
少しだけ驚いた。僕の目的地も同じだったからだ。ミリアム公園は有名な観光地で、頑張って遠出をしてみたんだよね。
遠いとは言っても、旅行としては普通の距離だとも思うけれど。
ただ、せっかくだから、しっかり案内してあげたかったし、ちょうど良かったんだ。
「僕もそこに行きたいんだ。だから、着いてきて」
「なるほど。偶然というものはあるんですね。お願いします」
ていねいな言葉を話す子供だなと、当時は考えていたんだよね。まさか同じ年だとは考えていなかった。
小さい子だから、不安にさせないように気を使うつもりだったんだ。
「ミリアム公園、キレイらしいね。一度見てみたかったんだ」
「私もです。観光地の中では近いので、頑張って来たんです」
「そうなんだ。1人で? 大丈夫だった?」
「ええ、問題ありません。親切な方もいましたからね。ところで、あなたのお名前は?」
「僕はクロノ。君は?」
「セリカです。今日はよろしくお願いしますね」
それが、セリカさんとの出会いのはじまりだった。
僕が死ぬまで続く関係の。もう終わってしまう関係の。
それから、雑談をしながらミリアム公園へと向かっていた。
セリカさんはコロコロと表情を変えていて、なんだかとても親しみが持てたんだ。
「ミリアム公園には、いろいろな花が咲いているらしいけど、どの花が好きなの?」
「やっぱり一番は桜ですね。ピンク色に開く花は、本物をどうしても見たいんです」
そう語っている時のセリカさんは、ワクワクを隠せないという雰囲気だった。
目を輝かせていたし、若干遠くを見ながら笑顔でもあった。きっと桜を想像していたんだと思う。
僕は好きな花というよりは、色とりどりな姿を見たかったんだよね。
結局、セリカさんと話したことがきっかけで、桜を好きになったんだ。
「木に咲いているんだよね。なんというか、花は地面に咲いているイメージだよ」
「そうですね。ですから、めずらしいという事もあって、気になっていたんです」
「良いね。せっかく遠出するんだったら、めずらしい物が見たいよね」
「そうなんです! ですが、あやうくたどり着けないところでした……」
そう言うセリカさんは肩を沈ませてしょんぼりしていた。
見るからに悲しそうで、このひとを悲しませずに済んで良かったって思えたんだ。
桜を語るときのキラキラした顔は、楽しさであふれていたからね。
それからもしばらく歩いて、ミリアム公園にたどり着いた。
中に入らなくても、遠くから見ているだけで、様々な色の花々がキレイに見えて、少し見とれた。
ふと気がついてセリカさんの方を見ると、口を開けてボーッとしていたんだ。
同じような反応をしていたんだと思うと面白くて、つい笑っちゃったんだよね。
「笑うなんてひどいです! キレイなんだから、見とれたって良いじゃないですか!」
セリカさんはふくれっ面をしていて、幼い顔つきが強調されていた。
だから慌てて機嫌を取るために言葉を探したんだよね。
「ごめんね。僕も見とれていたから、同じなんだと思っちゃって」
「そういう理由なら、仕方ないですね。でも、気をつけてくださいね」
「分かったよ。笑われたら、気分が良くないもんね」
「あなたも私と同じだったから、許すんですからね」
言葉のわりにセリカさんは機嫌が良さそうで、よほどこの公園に来られたのが嬉しかったのだろう。
そして公園の中に入っていくと、そこには色々なカップルがいた。
アラクネと人間とか、獣人とドリアードとか、異種族どうしで付き合っている人が多くて。
思わずセリカさんと顔を見合わせてしまったんだ。
「これって、僕たちも付き合っていると思われたりするのかな」
「気にしなくて良いですよ。それに、私はクロノさんとなら、カップルに見られても構いません」
「でも、年の差とかもあるし」
「私は18歳ですし、同じくらいだと思いますけど」
「18歳……18歳!? ウソでしょ!?」
本当に驚いていた。セリカさんは子供だと勘違いしていたことに、その時に気づいたんだ。
そして、セリカさんは再びふくれっ面をしていた。
「もう……もう! 私を子供だと思っていたんですね? ひどいですよ!」
「ごめん。迷子か何かだと考えていたんだ」
「だから、温かい目で見てきたんですね? 許せません!」
「許して、お願い。せっかくだから、楽しんでいこうよ」
その場で出会っただけの人だから、別に機嫌を損ねても良かったはずなんだけど。
当時から、セリカさんのそばは居心地が良かったのかもしれない。今となっては、ハッキリと思い出せないけれど。
「わ……分かりました。仕方ないですね。ところで、そんな年上のあなたは、いったい何歳なんですか?」
「僕も18歳。同い年だね」
「偶然ですね。行き先も同じで、歳も同じですか。いろいろと重なるものですね」
「だけど、嬉しい偶然かもね。旅先での出会いだと、いい思い出になりそうだ」
「ああ、分かります。面白いですよね。めずらしいだけでなく、良い出会いですから」
「そう言ってくれるのは嬉しいな。ちょっと失礼なことも言ってしまってごめんね」
「いえ、気にしないでください。先ほどはああ言いましたが、よくあることですから」
まあ、セリカさんの見た目から大人だと考えるのは難しいよね。
とはいえ、許してもらえて良かったよね。セリカさんとの関係が切れていたら、僕は幸せを知ることはできなかったんだから。
セリカさんは優しい人だから、きっとめったな事では怒らないだろうけれど。
それから、いろいろと見て回って、メインの桜を見に行った。メインとは言っても、僕とセリカさんにとっての、だったけどね。
初めて見る桜は、とてもあざやかで、花びらが舞い降りてくる感覚が新鮮で、正直に言って感動した。
セリカさんのことを忘れそうになるくらい、夢中になっていたんだ。
「わぁ……すごい……。クロノさん、すごいですよっ! こんなにキレイなもの、私は初めて見ました!」
こちらを向いたセリカさんに両手を握られて、そのままセリカさんは蛇の体で周囲を
人間で言うところの、飛び跳ねながら興奮しているくらいの感覚だったのだろう。
そんなセリカさんは輝くような笑顔をしていて、つい見とれそうになってしまった。
「うん、僕もびっくりしたよ。本当にキレイだった。セリカさんに言われなければ、ここまで見ようとは思わなかったよ。だから、ありがとう」
「いえ、そんな。クロノさんも気に入ってくれたみたいで、嬉しいです」
「今日はセリカさんと会えて良かった。おかげで、1人で来るより絶対に楽しかったから」
「こちらこそ、です。今日はありがとうございました」
それからもう少しだけ見て回って、宿に行こうとしたら、その先も同じでついお互いに笑ってしまった。
部屋は別々だったけれど、別れる前に少しだけ話をしたんだ。
「そういえば、クロノさんはどこから来たんですか? 私と同じで、旅行なんですよね」
「トライブの街って知ってるかな。ここから結構北に行ったところにある街なんだ」
「私もそこから来たんですよ! ここまで来たら、クロノさんとの出会いは運命ですね!」
本当に大した偶然だった。後に結婚することを考えれば、それこそ運命だったのだろう。
ただ当時は、喜ぶセリカさんを変わった人くらいに思っていた気もする。
いちど出会っただけの人と運命を感じるなんて、大げさだなって。
「そうかもね。もしかしたら、また会えるかもしれないね。その時は、よろしくね」
「ええ、もちろんですっ! 楽しみにしていますからね!」
セリカさんと別れて、少しだけ名残惜しさも感じていた。
ただ、間違いなくいい思い出になるなとも思えて。良い旅行だったと実感しながら、帰路についた。
それからしばらくして、とある休みの日。
突然の来客があって、出迎えようとしてみると、セリカさんがいた。
びっくりしたけれど、冷静さを意識しながら会話をしようとしたんだよね。
「セリカさん、急にどうしたの?」
「来ちゃいました。それにしても、名前を覚えていてくれたんですね」
「あの時の出会いは印象的だったからね。それより、どうして僕の家が分かったの?」
「いろいろな人に、クロノさんという方の居場所を聞いたんです。どうしても、また会いたくて」
「そんなに気に入ってくれたんだ。嬉しいな」
「そうですよ。クロノさんとの出会いは運命なんです。絶対に会えると信じていました」
そこまで僕との出会いを大切に感じてくれた人は初めてで。だから、この時にはすでにセリカさんを好意的に見ることができた。
運命なんて大げさだななんて思ってもいたけど、別にどうでもいいかなって。
「そのとおりに会えたんだ。すごい行動力だね」
「クロノさんには何があってもまた会いたかったんです。これから、よろしくお願いしますね」
それからというもの、セリカさんは僕に何度も会いに来てくれた。
一緒に出かけたり、家に入ってもらったり、いろいろと同じ時間を過ごした。セリカさんはいつも笑顔で、僕も癒やされていたんだよね。
「クロノさんとまた会えて、良かったです。私、今が楽しいんです」
なんて言ってくれたりもして。僕もセリカさんと再会できたことを嬉しく感じていた。
特に印象に残っているのが、再会して1年ほどのころ、セリカさんの家にはじめて誘われた時。
セリカさんの家は歩いて通える距離で、だから彼女にむかえに来てもらったんだ。
というか、急にやってきて誘われた。いつでも来ていいとは思っていたけど、びっくりはしたよね。
「クロノさん、今日は私の家を紹介したいと思います。来てくれますか?」
「もちろんだよ。でも、突然だね。これまで家がどこかは教えてくれなかったよね」
「まあ、見られて恥ずかしいものがありましたから。でも、今は大丈夫です」
結局、何を見られたらダメだったのかは今でも知らない。
というか、今の今まで忘れていたな。その日はもっと印象的な話があったから。
セリカさんの家に連れて行かれて、いろいろと案内されて。
そうしていると、セリカさんから、ある提案があったんだ。
「ねえ、クロノさん。あなたとお付き合いしたいんです」
本当に突然で、びっくりした。セリカさんのことは好きだったけど、普通に過ごしていただけだったから。とはいえ、1年くらいは一緒にいたんだけど。
ただ、自分でもびっくりするくらい乗り気になれて、だからすぐに提案を受けると決めた。
今思えば、僕に好意的な人が少なかったから、セリカさんの押しの強さが心地よかったんだと思う。
「いいけど、急にどうしたの?」
「私とクロノさんは運命で結ばれているんですから、遅いか早いかの違いですよ」
「なるほど。これからよろしくね」
「はいっ。ずっとおそばを離れませんから」
セリカさんは、僕に断られたらどうするつもりだったんだろう。断るつもりはなかったけれど。
とはいえ、それからセリカさんと交際している時間は、確かに幸せだった。
「クロノさんと恋人になれて、幸せです。こんな幸福、他にありませんよ」
そう言われた時の僕は、それこそセリカさんよりも幸せだったと思う。
僕を必要としてくれる誰かがそばに居ること、それがとても嬉しくて。だから、付き合ってから1年ほどたったころ、僕はとある決意をしたんだ。
それは、セリカさんにプロポーズすること。緊張はしたけれど、震えるほどではなかった。
だって、セリカさんはかならず受けてくれると信じられたから。僕が彼女を好きになったのは、彼女の好意を信頼できたからだから。
運命で結ばれていると言っていることが、本音だと思えたから。
だから、僕の想いをすべて伝えることを決めて、セリカさんに向かい合った。
セリカさんはいつものように微笑んでいて、心が落ち着いたんだよね。
「ねえ、セリカさん。僕はあなたが好きだ。だから、いずれ結婚してくれないかな?」
「いずれとは言わず、今すぐにでも結婚しましょう。クロノさんと夫婦になりたいです」
「分かったよ。どちらの家に住むの?」
「あなたの家に住ませてくれませんか? そちらの方が良いです」
「分かった。これからよろしくね」
「はいっ。いくつか荷物を持っていきますね。いらないものは、もう整理しているので」
セリカさんは、すでに準備してくれていたみたいだった。初めから結婚するつもりだったんだろう。
付き合い始めてからの期間を考えれば、おかしな事ではないか。いや、どうだろう。
何にせよ、セリカさんのことは大好きだから、準備されていたことが嬉しかったんだよね。
そしてセリカさんと結婚して、幸せの絶頂で、これからもっと幸せになれると思っていた。
結局、その願いは叶わなかったけれど。でも、セリカさんと出会えて良かった。
短い期間だったけれど、セリカさんと過ごした時間は間違いなく幸福だったから。
セリカさん。もう言えないけれど、僕と出会ってくれてありがとう。僕を見つけてくれてありがとう。
あなたのおかげで、僕は幸せを知ることができたんだ。
これからあなたと過ごせないと思うと、とても寂しいけれど。でも、いい人生だったと思う。
そろそろ僕は死ぬんだな。あなたの中で、これから先も一緒だから。さよなら。そして、これからもよろしく。
そんな事を考えていると、限界がやってきたみたいだ。とても眠い。
これから先の未来に僕はいないけれど、セリカさん、どうか幸せに暮らしてほしい、な……。
――――――
私にとって、セリカにとって、クロノさんとの出会いは運命でした。
故郷であるトライブの街から初めて飛び出して、ミリアム公園で桜を見ようとして。
だけど、道が分からなくなってしまって、困っていた時に声をかけてくれたのが、クロノさん。
その時は、単に親切な人だと考えていただけでした。
ですが、年齢が同じと知って、故郷まで同じであると知って。だから、この人との出会いは運命なんだって信じられた。
そんな運命を感じる相手が、優しくて、私という異種族を当たり前のように受け入れてくれたこと、とても嬉しかった。
種族が違うカップルも居るとはいえ、別の生き物だから嫌いだという人間だって居るから。
だから、この出会いを終わらせないために、クロノさんのことを必死で探した。
「黒い髪で、黒い目をした、穏やかな顔の人。クロノさんというんですけど、知りませんか?」
何度そう聞いたかなんて、もう思い出せないくらいでした。
何が何でも私の運命をつかみ取りたくて、逃したくなくて、全力だったんです。
そしてクロノさんと出会えた時には、どれほど神に感謝したことでしょうか。
クロノさんは普通の顔をしていましたけど、私は自分の表情を抑えるのに苦労したくらいなんです。
それからは、クロノさんが空いている日は欠かさずクロノさんのもとに通いました。
毎回笑顔で出迎えてくれるクロノさんの優しさに、どれほど喜んだことでしょう。
「いらっしゃい。今日も来てくれて嬉しいよ」
そう言ってくれるクロノさんの笑顔が素敵で、何度でも見たいと思えるほど。
もうひとつ、私を歓迎してくれる心が伝わって、胸がじんわり温かくなるようでした。
だから、クロノさんと結ばれたいという思いがどんどん強くなっていったんです。
その想いを現実にするために、私は勇気を振り絞った。きっと受け入れてくれるとは信じていた。だけど、断られたらという思いが、私に寒さを感じさせたんです。
「ねえ、クロノさん。あなたとお付き合いしたいんです」
なんてこと無いように言いましたけど、本当は震えそうなくらいに怖かった。
だけど、クロノさんは当たり前のように受け入れてくれた。わずかな迷いすらもなく。
とても嬉しかった。舞い上がってしまいそうでした。高らかに声を上げたいくらいでした。
それからクロノさんと付き合うことになって、私は幸せでした。
私にいつも笑顔を向けてくれる相手との出会いは、間違いなく運命だったから。それを強く感じられたから。
「セリカさんと出会えて良かった。あなたがいてくれるおかげで、僕は明日が楽しみなんだ」
そう言ってくれた時の私の喜びは、きっと誰にも理解できないでしょう。
クロノさんが私をどれほど想ってくれているか、一言だけで完全に伝わってきました。
私はクロノさんの一部になれているんだ。あなたにとって大切な日常なんだ。そう思えたんです。
それからも、1秒1秒を噛み締めながらクロノさんと過ごして、運命の時がやってきました。
「ねえ、セリカさん。僕はあなたが好きだ。だから、いずれ結婚してくれないかな?」
その言葉の意味を理解した途端、私は意識がどこか遠くへと飛んだような気さえしました。
だけど、クロノさんを待たせるわけにはいかないから。すぐに返事をしたんです。
そしてクロノさんと結婚することになって、一緒に暮らせることになって、私は幸せを感じていた。
ただ、すぐに違和感がやってきたんです。
私がくつろいでいる時に、クロノさんは寒そうにしていたことが始まりでした。
なぜかと考えて、答えにたどり着いた時、私の心は寒さで埋まった。
どういう事かというと、私とクロノさんでは快適な温度が違う。
一緒に眠っていたんですけど、きっとクロノさんは不快を感じていた。そう思えて。
「クロノさん、私と一緒に眠っていて、つらくないですか?」
そう聞いたとき、クロノさんは私に笑顔を返してくれた。
「大丈夫だよ。セリカさんが隣にいてくれるだけで、心は温かいんだ」
クロノさんのセリフは、私にとっては絶望そのものでした。
優しさで覆い隠されているだけで、クロノさんは苦痛を感じている証だったから。
そして次に私の苦痛となったのは、風呂の温度。
クロノさんが1人で入浴していた時、私と共に入っている時とはぜんぜん違う水温だったから。
つまり、クロノさんと入浴していて最高の気分だったのは私だけ。
そう理解したとき、頭の中が冷えていくような感覚がした。心まで冷たくなっていきそうで。
「クロノさんは、無理をして私と入浴していたんですか?」
思わずそう問いかけてしまいました。クロノさんは優しく否定してくれたけど、間違いなく無理をしていた。
だから、足元が崩れ落ちるような感覚に耐え続けていたんです。私がクロノさんを苦しめていたんだって。
それからは何もかもが気になって仕方がなかった。
私が食事を終えたころ、クロノさんの分は3分の1も減っていない。つまり、それだけ差があるということ。
それだけではない。私の好物は、クロノさんの好物ではない。同じものを食べているはずなのに、まったく違うことを感じている。
クロノさんと手をつなぐ時、私の手はどうしても2本余ってしまう。やはり同じ生き物ではないんだと伝わってくる。
もうひとつ。私とクロノさんの体温の差をとても感じて。やっぱり2人には違いが多すぎる。
それからというもの、私はつらくて、苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。
いや、もうおかしくなっていたのだろう。クロノさんと破局する未来だけを何度も頭に思い浮かべて、叫びだしそうになることも何度もあった。
そして、私は最大の罪を犯す。クロノさんの首筋を噛んだこと。
私の牙からは毒を出せる。だから、クロノさんに噛み付いて毒を注いだ。2人を永遠にするために。
どうせ2人でずっと一緒にいられないのならば、せめてあなたとひとつになりたい。そんな思いの発露だった。
クロノさんが亡くなったあとに、私がクロノさんを食べるための行動だった。
結果として、クロノさんは体調不良に苦しめられていくことになった。
私は回復魔法をかけていたけど、通じるわけがない。だって、病気を癒す魔法だったから。私の毒には効果がないものだから。
それからは、クロノさんの看病をしながら日々を過ごしていた。
クロノさんが追い詰められていく姿は、私としても悲しかったけれど。だけど、もう手遅れだから。
私の毒に侵された以上、もう助かることはない。だから、クロノさんとの最後の時間を味わっていた。
だんだんクロノさんは弱っていって、話すことすら難しくなって。
なので、クロノさんとの時間を大切にしていた。クロノさんの声が聞けなくなる瞬間はやってくるはずだから。
ただ、私の予想は外れることになった。
「ねえ、セリカさん。僕を食べてくれないかな? 僕はもう治らない。だから、あなたと話せなくなる前に、お願いだ」
そう言われた時、私は絶頂していたのかもしれない。
とにかく嬉しくて、クロノさんのことだけで頭の中がいっぱいになっていた。
死後にクロノさんを食べるつもりだった。それでも体は私のものだったけれど。
今は心までぜんぶ私のもの。クロノさんを構成するすべてを、私は手に入れることができた。
そして、最後にキスをして、しっかりと唇を味わって、それから。
クロノさんのことを丸呑みにした。お腹の中いっぱいにクロノさんを感じて、満足感でいっぱい。
ただ、クロノさんを感じているうちに、彼のことを思い出しておきたかった。
だから、クロノさんの部屋をいろいろと整理する。すると、セリカさんへと書かれた手紙を見つけた。
私への手紙なんて、いつ書いたのだろう。そう考えながら、手紙を開く。
すると、私への想いが沢山つづられていた。
――セリカさんへ。この手紙を読んでいるということは、僕は死んでいるんだと思う。
きっとそんな未来は来ないと信じているけれど、僕の今の気持ちを残しておきたくて、手紙を書きます。
あなたと出会えて、僕は大きな幸せを知ることができました。
隣で誰かが微笑んでくれる喜び、好意を伝えてくれる人がいる喜び、誰かを好きになっている喜び。
とても嬉しくて、暖かくて、心が満たされていたんです。
あなたが恋人になってほしいと言ってくれたこと、とても嬉しかった。
僕が誰かから求められるとは、考えていなかったから。
セリカさんが運命の人だと言ってくれて、僕の運命も捨てたものじゃないなって。
たまたま旅行した先で出会って、セリカさんと同じように桜を好きになった思い出から、すべてが始まりました。
セリカさんとめぐり会えたこと、僕も運命だと思っています。
セリカさんの僕を大切にしてくれる優しさ、ときおり見せるお茶目さ、何よりも、僕を好きになってくれたという事実。
僕がセリカさんを好きなところは数え切れないくらいあるけれど、全部書くだけのスペースは無いから。
今この手紙を書いている時、僕はセリカさんと結婚したばかり。だから、きっとこれから、もっと幸せになれると思います。
セリカさんがいてくれるなら、苦しい瞬間があったとしても、最後には幸福を感じられるはずだから。
とりとめのない話になってしまったけれど、僕が思い出すための文だから、気にはしません。
またいずれ、僕の想いを形にする機会はやってくるはずだから、その時にはもっときれいに書けたらいいな。
最後に。セリカさん、僕と出会ってくれてありがとう。幸せにしてくれてありがとう。
僕は誰よりもあなたが好きです。これから先に誰と出会ったとしても、きっと同じはず。
だから、あなたと出会えた思い出は、僕の胸の中にずっと刻まれているでしょう。
――クロノより、セリカさんへの想い。
私はゆっくりとクロノさんの想いを噛みしめながら、お腹の中にいるクロノさんを感じていた。
だんだんとクロノさんは小さくなっていって、やがて私とひとつになった。
ねえ、クロノさん。私の運命の人。私も、あなたと出会えて良かった。
あなたが私の中にいてくれる限り、わたしはきっとずっと幸福だから。
あなたの笑顔も、くれた言葉も、つないだ手の感触も、何もかも忘れません。
クロノさんと出会えたおかげで、私は初めて深い喜びを知ることができたから。
あなたと同じように、これから先に誰と出会ったとしても、かならずあなたが一番です。
そもそも、きっとあなた以外の人を好きになることはない。
あなたが私に食べられることを望んでくれて、私とひとつになってくれて。
今の私は、きっと世界の誰よりも恵まれている。
あなたと私の運命は、これから先もずっと続く。だって、私達はひとつになったから。
クロノさんと私は、永遠を手に入れたんですよ。それを考えると、つい笑顔がこぼれてしまいます。
ねえ、クロノさん。私――幸せです