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「ああ、そんな感じか! それあれだよ呼ばれてるんだよ、楽しいからおいでーってさ。多分~、複数だね! 複数! そうそう、複数の霊が同時に話してるって言うか、だからあんなバグっぽい表示になっちゃうわけ。まあ最初は一人だったんだろうけどね、近くの道路かどっかで事故ってさあ、迷っちゃってさあ、誰か来てーって感じでね。それでどんどん増えていっちゃったんだよ」
宇田川ケンジは通話相手の妙にカジュアルで他人事なノリにひどく焦った。
とにかく時間がないのだ。
「そ、それはわかりましたけど! どうすればいいんすか!? な、なんか手が! 窓に手が!!!! たのんます! 俺は、どうなってもいいからよお! サチコは、サチコだけは!!」
窓ガラスという窓ガラスに次々に掌の跡がベタベタとついていく。
車自体もグラグラと揺らされ、アクセルを踏み込んでも全く進まない。
「ど、どうしよう!! ねえ、ケンジ!! めっちゃ叩かれてるよ!?」
ケンジの彼女のサチコが涙目でそう言った。
車のルーフがすごい力でガンガンと叩かれている。
外から聞いているだけで気が狂いそうになるような笑い声がする。
「おー、なんかすごいね。じゃあ今からする事をしてよ! えーと……セックス! ……ってマジで言ってるからさ! 結局彼らってさあ、仲間内で楽しんでるだけなんだよね。悪意とかはないわけ。こんなに楽しいんだからみんなで楽しもうよ! みたいなノリなわけ。だから安全ってわけじゃないんだけど、まあそういうことなんだよ。でもそんなノリってさ、空気読まないやつが入ってくるとさ、めっちゃアレじゃん、迫害されるじゃん。なんか無視されたりさ!」
自他共に認める陽キャであるところのケンジは「そうかも……?」と思わないでもない。
「だからあえて空気読まないことをしろっていう話だよ。陰キャ共がたむろして自分らの世界で遊んでるわけじゃん? だったら君らは恋人とイチャラブちゅっちゅしちゃえばいいじゃんってね。そしたら『なんだコイツ?』ってなってハブかれるからさ! ハブかれるってのは要するにそこから出られるってことだよ! OK?」
絶体絶命の状況で知能指数がだいぶ下がっているケンジは、「筋は通ってる……!」と思った。
「わ、わかりました! します……セックス!」
「OK! じゃあ無事でられたら通話よろしく! 支払いはペイペイかアマギフね! ペイペイなら送ったQRに送ってね。アマギフならコードおくってくれればOK! それじゃあねー!」
ケンジは70万フォロワーを誇る大物除霊師である"ぴるるん@心霊相談承ります"の言う事なら、と信じる事にした。
「ってわけなんだけど……えっと……」
ケンジはサチコに事情を説明する。
サチコは当然「なんだこいつ?」となったが、しかしそれが本当かどうかを確かめる時間などはない。
掌の跡は最初は透明だったが、いまでは真っ赤だ。
真っ赤な掌の跡が無数についており、ルーフを叩く音も強く、大きくなっている。
このまま時間が経てばどうなるかわからない。
しかし少なくとも無事でいられるとはとても思えなかった。
──死んじゃうのかな、私たち。私のせいだ。私があんな投稿をみて、それでいってみたいなんて言ったから
そんな思いが幸子の胸をよぎり、ケンジの顔をみるがしかし。
きっと自分のこと恨んでいるのだろうな、と思っていた幸子は認識を改めた。
目を見ればわかる。
ケンジはどこまでもサチコを案じていた。
それで吹っ切れた。
「ごめんね、ケンジ……。私のせいで。もしかしたら、このまま私たち死んじゃうかもしれないけど……でも」
サチコはケンジにじりと体を寄せていく。
「もしこれが最後になるんだとしたら、いい思い出を作りたいから」
ケンジは恐怖の心霊現象のせいで胸がどきどきするのか、それともサチコが余りにもかわいすぎて胸がどきどきするのか分からなかった。
「お、おれ、やりたいだけとかってわけじゃなくて、その」
「知ってる」
「サチコが、助かって欲しくって」
「ありがとう、一緒に助かろうね」
「おれ、あの、初めて、なんだけど……」
「私も。頑張ろうね」
──二つの人影が、一つに重なっていく。
・
・
生まれたままの姿のケンジとサチコは、不意に異変に気付いた。
あれだけたくさんついていた掌の跡は一つもなく、ルーフを叩く音もしない。
「ねえ、ケンジ、もしかして」
サチコが言うと、ケンジは頷いて恐る恐るアクセルを踏んでみる。
──動いた
「さ、サチコ! 服! 服を着よう! 走らせるから、車! 裸だと、やばいかもだから!」
「う、うん!」
もしも先ほどまでと同じようにいくら走っても走っても景色が変わらなかったら。
もしも走れたとしても、道の途中で車が動かなくなったら。
もしも、もしも。
不安はいくらでもあるが、ともかくケンジたちは服を着て車を走らせた。
すると、やってくるではないか──対向車が。
流れるではないか──景色が。
やがてコンビニが見えてきたのでケンジは車を止めて食料や飲み物などを買い込んだ。
それと今後のことも考えてコンドームも。
ただ買い物一つするだけでも、2人にとっては奇跡の様なものだった。
なにせ2人はこれまで何百キロも車を走らせ、それともどこにもたどり着けず、挙句の果てに車は止まり、心を削るような異常な状況下に置かれていたのだから。
「ぴるるん……本物だったな……あ、通話しないと」
「あ、そうだね! 急がないと! 助けてもらったんだから」
そうして数分後、2人は"ぴるるん@心霊相談承ります"が送ってきたQRコードにペイペイ1万円分を送金したのだった。
◆◆◆
うるせえ!
いちいち怒鳴るなよ。めんどくさいなあ。
何々?
道で心霊現象? 知るかよ。
普通に迷っただけなのでは……?
「でもこれで飯食えてるしなあ」
そう思った俺はいつもの通り適当にべしゃる。
俺はあまり長所がない人間だと思うが、中身がないことを適当にベラベラと喋ることは得意だったりする。
それが長所と言えるかどうかはよくわからないが、まあこんな風に役に立ってるわけだから長所は長所なのだろう。
そうして数時間後、俺の頭の中からさっきの相談者のことがすっかり抜け落ちた頃、件の相談者から通話がきた。
どうやら無事に抜け出したらしい。
やっぱり迷ってたんじゃねえか。
「はー。しょうもな」
俺は呆れるが、俺に相談するような連中なんて100%こんな感じだ。
そうして俺はベッドに潜り込んで昼寝をした。
◇◇◇
20xx年x月xx日、国土交通省北海道開発局のツブヤイター公式アカウントが、以下の内容を投稿した。
§
通行止のお知らせ
29日午後4時18分より国道40号ばばばばばばえおうぃおい〜べべべべべべべべべえべえええべえべべべえ(9.9km)で通行止を実施しています
詳細は北海道地区道路情報Webサイトへ
§
国道40号とは北海道旭川市と稚内市を結ぶ一般国道で、何か曰く付きだとかそういったこともない普通の道である。
当初この投稿は単なるエラーだと思われていたが、ある時この『ばばばばばばえおうぃおい〜べべべべべべべべべえべえええべえべべべえ』という文字列に意味があることを発見したツブヤイタラーが現れた。
この謎の文字列をかな入力すると、このような文字列へ変換される。
『こちこちこちこちこちこちいらてにらにへこいこいこいこいこいこいこいこいこいいこいいいいこいいこいこいこいい』
────こちらへ来い
こうなれば実際に行ってみようと思う馬鹿も出てくる。
それも一人や二人ではなくたくさん出てくるだろう事は想像に難くない。
しかしその末路は昏い。
たまたまいくつかの
早期から危険を予期していた"本物"は遊び半分で行くべきではないと警鐘を鳴らしていたが、そういった声はむしろ事態を悪化させることに一役買ってしまっていた。
そして今なお件の国道は健在だ。
とあるカップルを除いて、条件を満たして足を踏み入れた者を飲み込み続けている。