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第11話 廃病院のウワサ

 ◆


「わー、こわ。千奈美、これ見てよ」


 隣の席のゆみが、そんなことを言いながらスマホの画面を見せてきた。


「んー?」


 私はまたかと思いながらもスマホの画面を見た。ゆみは悪い子ではないのだが、ネットに毒されているというか、事あるごとにネットの炎上ネタなどを共有しようとしてくるので、そんな態度が時に鬱陶しく感じることもある。


 スマホの画面には、とあるグラビアアイドルとおぼしき女性のことが書いてあった。


 内容はネットの怖さを感じさせるようなもの……いわゆる身バレだ。SNSにあげた画像から住所などが特定されてしまったようなのだ。しかもその特定のされ方が普通ではない。なんと瞳に映った景色から特定されたという。


「うわぁ……」


 私はそんな風に呻きながらも、記事を読み込んでいく。そしてひとしきり読んだ後で「ハァ」とため息をつき、スマホをゆみに返した。


「ネット特定班こわすぎ!!! (笑)」


 何が楽しいのか、ゆみは妙に嬉しそうにそんなことを言う。


 確かに怖い。


 件のグラビアアイドルがSNSにあげた画像は、屋外で撮影した自撮り画像だったが、グラビアアイドルとレンズの距離が近いのか、撮影場所がどこなのか素人目にはさっぱりわからない。


 瞳に映り込んだという景色にしても、そんなものが決め手になるほどはっきりした画像というわけではない。よくよく注意してみれば、なんとなく景色のようなものが写っているくらいのものだろうか。


「なんか私は人が怖いわー」


 偽らざる本音だった。


 ◆


 帰路。


 私は家に向かって歩を進めていく。


 家は徒歩で帰れる距離で、今日はバイトもない。


 一緒に帰る友達もいないのは少し寂しいところだが、仲良くしている子たちはみんな帰り道が逆方向だ。


 同じ方向へ帰る友達ができないかな、なんて思いながら私はちらっととある建物へ目を向けた。


 今はもう使われていない廃病院である。


 何年も放置されているため、全体的に薄暗い雰囲気をまとっていた。建物の外壁はところどころ剥がれ落ち、雨風にさらされたせいか、黒ずんだ汚れが目立つ。


 取り壊しの予定はあるらしいけど、何年も工事は行われていない。大型商業施設が建設されるという話を聞いたことがあるけど、それも全然進んでいないらしい。


 事故が続いたから……らしいけど、詳しい事情はさっぱりわからない。


 ◆


 私はこの廃病院が苦手だった。まあ、廃病院が好みだという人は少ないだろうけど。単純に見た目が不気味だというのも大きいし、何より──……。


 ・

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 ・


 まただ、と私はややうつむき加減で足を早めた。


 首筋がチリチリというかゾワゾワとする。


 冷たく見えない手のような何かで頬を撫でられているような、そんな気がしてくる。


 この廃病院の横を通る時はいつもそうなのだ。


 迂回をしようにも、廃病院が無駄に大きいせいかどの帰路をとっても視界に入ってきてしまうため、今では一番早く家に着く帰路を取っている。


 私はバカな考えだと分かっていながらも、もしかしたらあの病院には誰かが住んでいて、道行く人たちをその冷たい目で睥睨しているんじゃないかなんて思ってしまう。


 もしそんな「誰か」がいたとするなら、その人はきっとこの世のものじゃないんだろう。


「お盆、かぁ」


 今は8月の半ば、お盆である。


 死んだ人たちが帰ってくる季節。


 あれだけ大きい病院なら、入院中に亡くなってしまった人たちだってきっとたくさんいるだろう。


 もし本当にお盆に死んだ人たちが帰ってくるとしたら、あの病院には今──。


 私はそこまで考えたところでぶるりと一度体を震わせ、さらに足を早めた。


 ◆


「わっわっわっ……ねえ、千奈美、これ見てよ~」


 翌日、ゆみがまたそんなことを言いながらスマホの画面を見せてきた。


 私は黙ってそれを見る。画面には、先日の特定騒ぎがさらに過熱した内容が書かれていた。


 住所だけではなく、本名、出身校、そういったものまで特定されてしまっていたのだ。


「今の時代、SNSに画像なんて出すもんじゃないねぇ」


 私はしたり顔でそんなことを言ったが、ネットって怖い、人間って怖いと思いながらも、その特定班という存在に少し興味が湧いてきた。自分に他人の個人情報を暴きたいというような下卑た感性があるとは思いたくない。多分、ここ最近ミステリにはまっているからだろう。わずかな手がかりから真相にたどり着く──そんな描写を読むと、脳の中でバラバラになったパズルのピースが、綺麗な音を立ててカチカチとはまっていくような気がして、どこか気持ちが良くなる。


「ねえゆみ、こういうこと……特定って言うの? こういうのをしている人達ってどんなところにいるの?」


「どんなところって……うーん、掲示板とかじゃないの? ネットの。調べてみたら? "特定班 掲示板"で検索してみたら出てくるよ」


「そっか、ありがと」


 私が礼を返して、どこか気もそぞろになりながら次の授業の準備をしていると、ゆみが続けて言った。


「そういえばさあ、あの病院あるじゃん。病室の窓際に誰かが立っていたって噂、知ってる? なんか2年生の誰かが見たらしいんだよね」


 知らなかった。


「話によると、あの病院で死んじゃった子の霊がいまでも成仏できずにいるらしいよ? 一人ぼっちで寂しい寂しいって毎晩泣いてるんだって。でも霊なんて誰でも見れるわけじゃないでしょ? だから自分を見つけてくれる人を探してるんだってさ」


 余計な事までぺらぺらと話すゆみに私は少しむかっ腹を立てる。


 まあでも噂は噂だ。何の信憑性もない。私はどちらかというと、自分の目で見たものしか信じないタチなので、噂話の類にはあまり興味がない。


 それでもあの病院に関することということで、ゆみの言ったことは小さな小さなトゲとなって私の心にチクリと突き刺さった。


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 ・


 帰路。


 今日はちょっと調べてみたいことがあるので、いつもより気持ち早めに歩いていた。


 横目に見える廃病院は相変わらず不気味で、私の神経をゾワゾワとさせるけれど、何か実害があるわけでもないしと、あえて気にしないようにしていた。


 病院を通り過ぎ、家まではあと10数分。


 フゥと息をついた私だったが、勢いよく背後を振り返る。


 夏特有の生ぬるい風だろうと思うが、それでも私の耳元で誰かが何かを囁いた気がしたからだ。


 私は空を見る。夏の夕暮れ、日が沈むか沈まないかというそんな時間。


 ──逢魔が刻。


 私はそんなことを思い浮かべてしまったことを少し後悔しながら、今度は小走りに帰路をひた走った。


 ◆


 家。


 看護師の母は留守だ。


 今日は準夜勤だったはずだから、帰りは深夜になる。


 父はいない。


 留守ではなく、本当にいないのだ。私が小さい頃に離婚したらしい。別れ方も良くないものだったようで、私は父の顔を知らないままこの歳まで育った。


 寂しくはない。寂しいと感じる年ではないので、というより顔も知らない人のことを寂しいと感じる感情はない。


 私は冷蔵庫を開けて適当な食材を取り出し、適当に調理をした。豚肉の細切れに余った野菜の切れ端をまとめて炒めた代物──名前をつけるとすれば「雑炒め」といったところだろう。味はそこまで悪くなかった。


 普段はもう少し手をかけるのだが、今日は調べてみたいことがあったのだ。


 シャワーと歯磨きを手早く終わらせ、私はドライヤーもそこそこにベッドに横になってスマホを取り出した。


 検索サイトで「特定班 掲示板」と検索する。


 ゆみが言った通り、ページの一番上にそれらしき掲示板がヒットした。


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 1:あなたの街の名無しさん ID:A+l/tBMEl

(画像添付)



 4:あなたの街の名無しさん ID:VL2j2LBj+

 どこから撮ってるんや? 



 18:あなたの街の名無しさん ID:RuPeV3noo

 高さ的に3階建か4階建くらいやね



 25:あなたの街の名無しさん ID:4OO9vFvu2

 右奥に見える寺は観波羅寺かな。するとK県の〇〇市か




 27:あなたの街の名無しさん ID:VCmHWMpmr

 左に見える白い一軒家のパラボラアンテナの向きを見る限り、北方向に撮ってるな



 37:あなたの街の名無しさん ID:HVXjmnEgo

 影の方向から夕方くらいに撮影した感じか? するとパラボラアンテナは南西を向いていると思う


 41:あなたの街の名無しさん ID:PK4UbXMj9

 この辺か? 3●.23●●201,1●●.●5●152

 から北方向へ撮った画像


 45:あなたの街の名無しさん ID:xwr+cWnM4

 そこだね


 55:あなたの街の名無しさん ID:XMjhHkHsc

 間違いない、そこだ


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 私はなんだかすごいなと思いながら、心のどこかに何かが引っかかっているような気がしていた。


 それが何かを考えてみるが、答えは出ない。


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 66:あなたの街の名無しさん ID:yHsCTbGZo

 凸まってろよ


 79:あなたの街の名無しさん ID:KtIcnL0Wv

 するやつおらんやろ、イッチが別に何したってわけでもないんだし


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 ──私、この画像がどこかを知っている気がする。


 そう思うといてもたってもいられなくなった。慣れないながらもどうにかコメントをする。


 106:YY ID:elsqxwIdH

 あの、その数字ってなんですか? その数字で場所がわかるんですか? 


 114:あなたの街の名無しさん ID:xS3pPc9J5

 おう、兄ちゃん。ここは初めてか? 


 119:あなたの街の名無しさん ID:SbkF4y7k0

 緯度経度だよ。数字コピペしてストリートビューの検索欄のとこにいれてみ


 ◆


 からかう返信も多かったけれど、親切な人もいてやり方を教えてもらった。


 言われた通りにストリートビューのページで、緯度経度を入れてみる。


 ……ぞわりとした。


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 140:あなたの街の名無しさん ID:tnJ/rnQS/

 ここの書き込みで特定して部屋凸しようとおもったんだけど、そこ今はもう使われていない病院なのな

 廃病院ってやつ? 


 152:あなたの街の名無しさん ID:YZyE+R7Qv

 ひえっ


 155:あなたの街の名無しさん ID:4mxwQbuzU

 こ、こ、ここここそういうの話すスレじゃねーから! 


 162:あなたの街の名無しさん ID:CPg3be3rU

 チキンかな?


 177:あなたの街の名無しさん ID:fWwVOjIME

 イッチは廃病院で何をしてるん? 


 185:あなたの街の名無しさん ID:Zrm4+2rW4

 病院がまだ廃業してない時期に撮られた可能性もあるぞ 


 196:あなたの街の名無しさん ID:36EKvJEXN

 それはない。●●病院が廃業したのは19●●年らしいけど、画像左手奥の赤い看板は3年前にできた大型業務用スーパーだ。だから必然的に病院廃業後の写真ってことになる


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 病院は間違いなくあの病院だ。


 つまり、誰かがあの病院で写真をとって、掲示板にアップしたっていう事になる。


 誰が? 


 なぜ? 


 私は落ち着こうとして腕を撫でた。


 ざらりとした感触。


 鳥肌がぶつぶつと立っている。


 ──全部偶然。廃墟マニアとかいるじゃん。ああいう人が撮ったんだよ、そうに決まってる


 私はそう自分を納得させようとしたが、再び掲示板を見た時に胸がぎゅうと締め付けられるような思いがした。


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 293:YY ID:elsqxwIdH

 見つけた


 私のハンドルネーム、IDでこんな書き込みがある。


 でも私はこんなことを書いた覚えはない。

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