なんというか、消防車に撥ねられて死んでしまった。
我ながらドジを踏んだなぁと思い、三途の川らしきものを渡ろうとしたとき、フードをかぶった老人に呼び止められた。「お前さんはまだ死ぬべきではない」「そうなんだ、元の世界に戻れるのかい?仕事や家族があるんだ」「いや、別の世界で頑張ってもらうことになる」「そんなぁ」「そういっても仕方ない。別の世界で上手くやるしかなかろうの」というわけで、否応なく別の世界に飛ばされてしまった。
別の世界で何やかやあって、王様の前で水晶玉に手をかざすことになった。成人はこの儀式を行うことで、自分の中にある適性が数値によって表されるらしい。成人なんて十数年前に過ぎてはいたが、逆らえば殺されるということなので否応なく手をかざすことにした。
「ううむ」と王様は唸った。何かしら困惑しているようだ。「このTOEICとはなんだ」「英語の資格です」「ううむ、TOEICとやらがレベル85とある」「頑張りましたからね」唯一の自分の自慢が点数に現れて少し嬉しかった。「しかし、この世界には言語は日本語一つだけであるのだ」「そんなぁ」不満を漏らしてみたがしかたない。
「なんか別にないですか」王様はさらに唸り水晶玉を見ていた。「ORACLE MASTER Platinumがレベル70とあるな。これも高い」「自信ありますからね」「しかしこの世界には情報管理システムの構築というものはないのだ」「そんなぁ」どうやらこれも駄目らしい。
「なんかこう他にないですか、ないとこの世界で生きていけません」「ううむ」王様も困っているようだが、このままではこの世界で役立たずになってしまう。身寄りのない役たたずを置く余裕のあるところはあまりないだろうなぁ……と漠然と考えていた。
「おお『ネバネバべっとりするモノ』を退治する能力が……120と非常に高い。王国一ではないか」と王様が叫んで、その場にいる者たちが俄かにざわめき始めた。「なんですそれは」「王国内に数年前から現れた植物とも動物ともつかないモノだ。これらが大繁殖して王国は危機に陥っておるのだ」「そうなんですか」変な特技を自分が持っていることに自分でも驚いた。
王様からいくばくかの通貨を受け取り、早速『ネバネバべっとりするモノ』を見に行った。確かに植物とも動物ともとれない妙な緑黒いキノコみたいなものが、這いずるようにあちこち動き回っている。
「こいつらには剣も槍も効かないのです」と王様のお供が言った。「それは困ったな」と考えつつタバコにライターで火をつけた。「それは何ですか」「ライターだ。火をつける道具だよ」「火とは何ですか」「そうか、この国には火がないんだな」その時頭の中でひらめくものがあった。『ネバネバべっとりするモノ』にタバコの火を近づけてみると、みるみる後ずさりして逃げて?いくのだ。
「そうだ、松明を作ろう、枯れた木を集めてくれ」とお供たちに命じ、十分な木が集まったところで、全員に松明を持たせた。そして『ネバネバべっとりするモノ』を全員で焼き尽くしていった。数日かけて『ネバネバべっとりするモノ』を根絶すると、王様は甚く喜んでこういった「お前は英雄だ、この国で末永く暮らしてくれ」王様のお供も歓声で迎えてくれ、そして王様は褒美をたんまり出してくれた。いきなり訪れた世界で英雄となり、貴族級の贅沢三昧な生活になったのだ。もちろんそれにつれて自分の態度も大きくなった。何しろ英雄だ。
「うまくいったな」と残り少ない一服をつけていると、成功を妬んだ王様のお供が一人背後から斬りつけてきた。アッと思ったがよける間もなく斬られてしまった。そうか、これが暗殺か……と薄れゆく意識の中で思った。
結局、また死んでしまった。
三途の川らしきものを今度こそ渡るところだったが、またもフードをかぶった老人に呼び止められた。「お前さんはまだ死ぬべきではない」「そうなんだ、元の世界に戻れるのかい?『ネバネバべっとりしたもの』をして英雄になったんだ」「いや、お前さんには元の元の世界に戻ってもらう」「そんなぁ」というわけで。生き返り元の世界に戻って、家族と再会し英会話やORACLEを使いこなして仕事をするエンジニア生活に戻った。
ある日家族に「お風呂場が『ネバネバべっとり』するんだけど何とかならない?」と問われた。「よぉし、ありったけの木とか紙とかを集めてくれ」と家族に命じた。そして十分に木と紙が集まったところで、それらを風呂場にぶち込んで火をつけた。
「なにをするの」「『ネバネバべっとりするモノ』を退治するにはこれしかないんだ」「正気なの」「ああ、もうじき『ネバネバべっとりするモノ』は全滅するんだ」しかし、パチパチメラメラと音がして、浴槽も溶け落ち、壁にも屋根にも火は燃え移っていった。「ああ壁が崩れて屋根が落ちてきた」「なんてことだ、こっちの世界では洗剤を使うのだった。世界を間違えた」
「早く逃げよう」と、慌てて外に飛び出したところ、駆け付けた消防車に撥ねられ、またまた死んでしまった。
我ながらドジを踏んだなぁと思い、三途の川らしきものを渡ろうとしたとき、フードをかぶった老人に呼び止められた。「お前さんはまだ死ぬべきではない」「そうなんだ、元の世界に戻れるのかい?仕事や家族があるんだ」というわけで、またも『ネバネバべっとりするモノ』が跋扈する世界に飛ばされてしまった。
何度やっても何度やっても、調子に乗ったあげくに暗殺されてしまうし、風呂場に火をつけて消防車に撥ねられてしまう。全く別の世界に飛ばされればまだ別の選択肢もあるのかもしれないが、気を付けようとしても同じことの繰り返しになる。
もう何度目かわからないくらい三途の川を渡りかけたとき、思い切って老人に訪ねてみた。「もう『英会話やORACLEを使いこなす世界』と『ネバネバべっとりするモノが跋扈する世界』を行き来するのは嫌です。別の世界はないんですか?」老人はちょっと驚いた顔をして話し始めた。
「これは珍しい、転生時にひとつ前の記憶以外は消えてしまうはずだがの、まれにおまえさんみたいな、記憶力のいいのが現れる」「うっすらとしか覚えてはいないんですけどね、死ぬ間際になって『あ、同じことをしているな』と思い出すんです」老人は大きく頷いた。
「おまえさん、異世界転生という言葉は聞いたことがあるかの?」「今流行ってるやつじゃないですか、いや、流行りは過ぎたかもしれないけど、主人公が別の世界に行って大活躍したり、元の世界に戻って同じ轍を踏まなかったり……」と言いかけて気が付いた。
「そうか、これも異世界転生か」「そうだよ、おまえさんは異世界転生を繰り返しているというわけだ」老人は続けてこう言った。
「異世界転生の中には、おまえさんの言ったように大成功したり大団円にたどり着いたり……まぁ悲劇的な終わり方をするものもあるが、何らかの大きい決着がついたもののみが記録され、物語として語り継がれていくのだ」「ただし、それは稀有な例でな、大抵は異世界転生後に野垂れ死んだり、パッとしないまま転生後の世界で生を終えたり、元の世界によしんば戻れたりしても、そこで同じ失敗を繰り返したりする」
「言うなれば『パッとしない転生』が屍のごとく積みあがっているのだよ。語り継がれる物語はその屍の上に成り立つほんの一握りというわけだな」「じゃあ私の場合はどうなってるんですか?」「おまえさんは『必ず同じ轍を踏む』異世界転生者というところかの。しかも、その螺旋からはもう抜け出せない程に運命の糸がこんがらがっておる。儂にもどうすることも出来ないくらいにな」
「何とかならないんですか、そんなのはあんまりだ」私は泣いて懇願したが、老人はただ首を振るだけだった。「さて、そろそろ時間だ、記憶が残っているといろいろと辛かろう。とりあえず今までの記憶は消してやるから、転生先……どっちかもうわからんが上手くやってくれ」老人はそう言って、額に手をかざしてきた。
薄れゆく意識の中、私は呟いた。
「そんなぁ」