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第30話 『失敗』と『おっぱい』は、まったくの別物である

「――大神よ……おまえは先生に何か恨みでもあるのか?」




 職員室の隅っこにある談話コーナーで、こめかみに血管を浮かせながら、ピクピクと筋肉と頬を引きつらせる生徒指導の先生ことヤマキティーチャーの素敵な笑みが視界一杯に広がった。


 ほんと吹き抜ける爽やかな風のように気持ちのいい笑顔だなぁ……『目』以外は。




「あの? なんで俺だけ怒られているんでしょうか? うさみん――宇佐美さんは何処いずこへ?」

「宇佐美は絶賛生徒会室で古羊姉妹に怒られているところだ」

「ず、ズルい! 俺もそっちがよかった!」

「『そっちがよかった!』ではないわ、このバカたれがっ! 宇佐美は普段の素行が良いから厳重注意で済むが、おまえは問題を起こし過ぎだから先生がこうして叱ってやっているんだろうがっ!」




 別に叱ってくれとお願いしたわけじゃないのに……俺はMはじゃないんで。


 というか事情を知っている芽衣が相手なら怒られることもないし、実質無罪じゃんアイツ! 


 俺との扱いの差に、悪意を感じるんですけど?




「もちろん、このお説教の後には反省文も書いて貰うからな」

「えぇ~、またっすかぁ?」

「なんだ、その不満気な声は? おまえ、反省文で済んでよかったと思えよ? 本当なら停学だってありえるところを学校側の温情で、反省文程度で済ませて貰っているんだからな?」

「温情?」

「そうだぞ。もうすぐ森実祭も近いからな。こんなところで停学になって参加できないのは可哀想だと、校長の判断で特別に反省文で済んでいるんだ。だから校長先生にはキチンと感謝しておけよ?」




 俺そういう恩着せがましい台詞、嫌いなんだよなぁ……。


 なんてことを考えていると、やや背の低い机の上に反省文を置くヤマキ先生。


 どうやらコレが今日の分の反省文らしい。


 仕方がない。今日もシロウ・オオカミ先生の新作を書いて、先生の顔を涙と感動で覆い尽くしてやりますかな。




「それから大神、おまえまだ中間テストのペナルティをクリア出来てないんだってなぁ? 追試担当の中田先生がなげいていたぞ?」

「あの諦めないことで有名な熱血教師の中田先生がですか? なんて言ってたんです?」

「『お願いします山崎先生、追試担当を代わってください。あの子の相手は私では無理です……』って。おまえ、どうやったらあの諦めないことで有名な中田先生を屈服させることが出来るんだよ? 初めて見たわ、中田先生の泣き顔なんて」




 呆れたように溜め息をこぼすヤマキ先生。


 どうやら俺はあの中田先生を屈服させた男として、職員室内で名を轟かせたらしい。


 やれやれ、俺も有名になったものだなぁ。




「中田先生も言っていたぞ? 『25年間教職の仕事についているが、あんなバカな生徒は初めて見た』――と」

「その言い方は俺に失礼だろクソジジィ」

「失礼なのはおまえの成績だ、クソガキ」




 聞こえない程度の愚痴りも、バッチリ聞かれていたらしい。


 なんなの?


 ジジィじゃなくてデビ●マンなの?


 デビ●イヤーは地獄耳なの?




「それで? どうやってあの中田先生を泣かせた? 怒らないから言ってみろ」




 ……うっわ、出た。出たよコレ。


 面倒くせぇパターンきたよ。


 そう言って怒らなかったヤツを見たことがねぇよ。


 いかにしてグレートティーチャーヤマキの追及を逃れようかと思考を巡らせた矢先、談話コーナーに1人の女子生徒がやってきた。




「失礼します山崎先生。宇佐美さんの件が終わりましたので、ご報告しに参りました」

「おぉっ、もう終わったのか古羊? 案外早かったな」

「はい。宇佐美さん本人も、しっかりと反省しているみたいでしたので。ところでそのぅ……士狼――大神くんの方はまだ時間がかかりそうですか?」




 古羊さんの芽衣ちゃんが、やや困り顔でヤマキティーチャーを見つめる。


 ヤマキティーチャーは俺と対応するときとは明らかに態度を変え、笑顔で「どうした?」と芽衣に声をかける。


 基本的に、この女は教師受けが最高に良い。


 そのため普段は鬼のように怖いヤマキ大先生も、芽衣にだけはすこぶる甘い顔を見せる淫行教師へと成り下がるのだ。


 ヤダ、エロい催眠術とか使ってきそう……。




「実は生徒会の仕事の方で今すぐ大神くんの力が必要なんですが……彼をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「む、むぅ……。今すぐにか? できればもう少しだけ後にして――」

「ダメ……ですか?」

「まったく問題ない。今すぐ連れて帰るといい」




 芽衣ちゃんの必殺『甘えた声音で上目使い』攻撃に、淫行教師が一撃でKOされる。


 さ、さすがは俺たちの双子姫さまだぜ。


 俺も今度から先生にお願いする時は上目使いでお願いするとし――いや、やっぱ気持ちワリィから止めとこう、うん。




「ありがとうございます! では行きましょうか大神くん? 事は一刻を争います」

「あっ、ちょっと待てって! し、失礼します先生!」




 机の上に置かれていた反省文を手に取り、芽衣と共に職員室を退出する。


 それと同時に「ハァ……」と誰も居なくなった廊下で、生徒会長様の重苦しいため息がコロコロとこぼれ落ちた




「まったく、何をヘマこいているのよ士狼?」

「も、申し訳ない。でも助かったぜ、芽衣。おかげでヤマキティーチャーからのお説教は逃れられた! ……まぁ反省文は提出せにゃならんがな」

「こっちは全然助かってない。むしろ今回の件で状況が悪化したわ」




 優等生の仮面を脱ぎ去った芽衣が、地の口調で俺を責め立てる。


 その声音はどこか疲れを滲ませているように俺には聞こえた。




「悪化したって……なにがだよ?」

「その前に1つ、士狼に伝えておくことがあるわ」

「伝えておくこと?」

「えぇ、これは森実祭の実行に関わる大事な案件よ」




 芽衣は人気の少ない廊下の隅にポツンと置いてあるロッカーに身を隠すように移動するなり、コイコイッ! と俺に向かって手招きしてみせる。




「なんだよ? 人に聞かれたらマズイ話なのかよ?」

「かなりマズイ話ね。実はね士狼……九頭竜高校の連中がアンタを探して、この近辺をうろついているみたいなの」

「はぁ? あのヤンキー高校がどうして俺なんかを?」

「おそらく前回の報復でしょうね」




『前回』という言葉で、数週間前に俺がカツアゲから救ったとっつぁんメガネと鹿目ちゃんの姿が脳裏をよぎった。


 ま、まさか今さら『あのとき』の報復をしに来たっていうのかよ? 




「ウチの生徒にも少なからず被害が出ていてね?『喧嘩狼を知っているか?』って何人か病院送りにされたわ」




 事態は結構深刻なようで、芽衣が難しい顔を浮かべて小さく唸っていた。


 だが、これで俺のやるべきこともハッキリした。




「なるほど。つまり俺は、そいつらを全員ノックアウトして回ればいいわけね。了解」

「んなわけ無いでしょうが。むしろ逆よ、逆」

「逆?」

「そっ。いいこと士狼? 九頭竜高校の生徒を見かけても、絶対にこっちからは手を出しちゃダメよ」

「ハァッ!? どうして!?」




 意味が分からんと突っかかる俺に、芽衣はビシッ! と指先を突きつけて。




「今、ウチから手を出したら森実祭が無くなるかもしれないからよ」




 と言った。




「も、森実祭が無くなる……?」

「そっ。こんな時期にウチの生徒が他校生と問題を起こしたら、確実に今年の森実祭は中止になるわ」

「お、おいおい!? みんなあんなに頑張って準備しているのに、そりゃねぇぜ!?」

「でしょ? だから森実祭が終わるまでの間は、士狼には我慢して貰いたいの」




 が、我慢っておまえ……。


 こうしている間にも、俺のせいで誰かが傷ついているんだろう?


 ソレを見て見ぬフリをしろだなんて……




「……ツライでしょうけど、こらえて士狼。これもみんなのタメなの」

「……分かったよ。俺のせいで皆の頑張りが無駄になるのは嫌だしな」




 開きっぱなしなった窓から生ぬるい風が肌を撫でる。


 不愉快極まりない熱風に余計顔が強ばるのを感じた。




「感傷に浸っているところ申し訳ないけど、もう1つ問題が発生したわ」

「マジかよ、まだ何か問題があるのかよ……。もうお腹いっぱいなんですけど?」

「残念ながら、こればっかりは避けて通ることが出来ないわ。というか、むしろ現在進行形で事態が悪化しているわね」




「落ち着いて聞きなさい士狼」と芽衣は冷や汗をダラダラと流しながら、今1番聞きたくない台詞を口にした。




「――猿野くんにアタシたちがしていたことがバレたわ」

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