『緊急放送、緊急放送! ただいま校内に不審者が侵入しております。生徒のみなさんは慌てず、落ち着いて、グラウンドまで避難してください。繰り返します。ただいま校内に――』
ジリリリリリリリッ! とけたたましく鳴り響くベルの音と、校内放送が校舎を包み込む。
そんなうるさい校舎の1階の渡り廊下を、うさみんと俺は全力疾走していた。
「……なんかすごいデジャブを感じるんじゃが?」
「奇遇だな、俺もだ」
まるで昨日に戻ったかのような気分だ。
その証拠に、またもや追い打ちをかけるかのように背後から「居たぞ! 変質者だ!」と男の怒声が聞こえてくる。
それを呼び水に、どんどん男子生徒たちが血走った瞳で俺たちを追いかけてくる。
その数は指数関数的に増えていき、やたらハイテンションで「おぴょぴょぴょぴょぴょっ!」と狂った笑みを顔に張りつけ追いかけてくる野郎共に、俺は驚きというか……ぶっちゃけ恐怖を覚え始めていた。
こいつらは何だ?
バカなのか?
それとも走っている最中に頭のネジが弾け飛んでしまったのか?
今の奴らのテンションは何ていうかもう……明け方近くまでエルデ●リングをやっていた姉ちゃんのようで……今にも女子生徒のパンツを頭から被りそうなくらい様子がおかしかった。
「なんで避難しないんじゃ、コイツらは!? 普通、変質者が出たら逃げるじゃろうに!?」
「や、ヤバいぞ宇佐美! どんどん距離を詰められてる! このままじゃ、捕まるのも時間の問題だぞっ!」
「バカ貴様!? 名字で呼ぶでない! 正体がバレるじゃろうが!」
「わかった。それで? これからどうするよ、こころちゃん?」
「そうそう、やっぱり親しき者には名前で呼んで貰いたい――って、この阿呆が!? そういう意味じゃないわい! フルネームが完成してしもうたではないか!?」
後ろの男共が「犯人は宇佐美こころだ! 至急所属クラスと顔を割り出せ!」なんて口走っていた。
「ツッコミを入れている場合じゃねぇぞ、宇佐美さん
「なんで今フルネームを言った!? ワザとじゃろ、おまえっ!? 絶対ワザと言ったじゃろ!? くぅ、こうなったら……っ! みなさぁ~ん、犯人は大神です! 大神士狼でぇぇぇぇぇぇすっ!」
「バカおまえ!? このタイミングでフルネームを口にするな!」
アンポンタンの極みかテメェはっ!?
こんな場面でフルネームを叫んだら……ほらみろ!
おまえのせいで後ろの男共が「共犯者は大神士狼だ! 至急所属クラスと顔を割り出せ!」なんて口走っているじゃねぇか!
どう落とし前つける気だ、テメェ!?
「ふふっ、死ぬときは一緒と誓ったではないか下僕1号」
「知るか! くたばるなら勝手にくたばれ! 俺を巻き込むんじゃない!」
「まぁそうカッカするでないわい。ほれ後ろを見てみんしゃい。もう1学年の半分近い男どもが追ってきているぞい!」
「うわっ、マジだ!? なんでアイツら、あんなに必死なんだよ!?」
我先にと言わんばかりに、他の男子どもを蹴散らしながら追いかけてくる男衆。
一体なにが彼らをそこまで突き動かしているのか?
ウチの学校、どれだけ正義感の強い男がいるんだよ。
肩を
「……1号、たった今わかったぞい。何故あやつらが必死になってワガハイたちを追いかけて来ているのかが」
「ま、
「あの男たちの目的はキサマの被っている、そのブルマじゃよ」
「原因はコレかっ!?」
ブルマの甘酸っぱい臭いを肺いっぱいに吸い込みながら、モゴモゴと顔を動かす。
心なしか俺が何かを喋るたびに、後ろの野郎共の殺気が膨れ上がっている気がしてならない。
なんでアイツら、そんなにこのブルマが大事なんだよ?
母ちゃんの形見か?
「落ち着いて聞くのじゃ1号。さっきチラっとゴムの部分に名前が書いてあるのが見えたんじゃがな? そのブルマ……あの泥棒猫――司馬葵のブルマじゃよ」
「や、やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
両手で顔を覆いながら、大きく息を吸い込んだ。
あぁ、司馬ちゃんのイイ匂いがするなりぃ♪
そんな俺を見て、後ろにいた男衆が悲鳴に近い絶叫をあげた。
「殺せぇぇぇぇぇぇっ! ヤツを殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「葵たん、葵たん、葵たん、葵たんっ! はぁぁぁぁぁぁっ!」
「そのブルマを渡せぇぇぇぇぇぇぇぇっ! それの僕のだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
もはや校舎の中は、ちょっとした地獄絵図である。
欲望に狂った男達の身体能力は高く、もう人体の限界を超えているとしか思えないスピードで俺たちに接近してくる。
なんだコイツら? 上弦の鬼か?
なんて言ってる場合じゃねぇっ!
こ、このままじゃマジで捕まるぞ!?
あの狂った野郎共に捕まる未来を想像しようとして――やめた。
なんかもう、考えるだけで怖いわ……。
「速度を上げろ、うさみん! 捕まるぞぉぉぉぉッッ!?」
「いやぁぁぁぁぁッッ!? まだ死にとうなぁぁぁぁぁい!?」
「――まったく、しょうがない
うさみんの半泣きの声が校舎を震わせた、その時だった。
突如、俺たちと並走するように1人の男が颯爽と姿を現した。
桃色のパンティーで頭を武装し、ピッチピチのホットパンツに身を包み、上半身裸にサスペンダーという狂った出で立ちをした、その男の名前は――
「へ、変態仮面っ!?」
「生きておったのかキサマ!?」
「フッ、我があの程度の苦境で捕まるワケがなかろう?」
そう言って変態仮面はやたらニヒルな笑みを浮かべると、俺たちと並走する足を止め、そのままクルリッ! と身を
「へ、変態仮面っ!? 一体ナニをっ!?」
「行け、
変態仮面は両手を広げ、迫りくる男の波から俺たちを守るように、その脂ぎった身体で立ち塞がった。
く、食い止めるって、おまえっ!?
「む、無茶だ、変態仮面っ! 死んじまうぞっ!?」
「我が身かわいさに仲間を見捨てたとあっては、紳士の名折れ。人権は捨てても、プライドまでは捨ててはいないさ」
「変態仮面……」
ニヤッ! と不敵に微笑む下着ドロ。
正直ナニ言ってんのか1ミリも理解出来なかったが……凄くカッコよかった。
こんなカッコいい小太りの下着泥棒を、俺は他に知らない。
まるで守護天使が降臨されたかのような神々しさだ。
「行け、
「む、無理じゃ! あれだけの人数を相手に生きて帰ってくるなんぞ――」
「うさみん」
俺は変態仮面を引き留めようとするパツキン巨乳の手を、強く、強く握りしめた。
「漢の覚悟に泥を塗るモノじゃないぜ?」
「1号……じゃが!?」
「信じるんだ。俺たちの信じる、変態仮面を」
「ッ!? ……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ――っっ!?」
雄叫びをあげながら足を前へと踏み出す、うさみん。
前へ、前へ、ひたすら前へ!
「そうだ、それでいい……。勇気の数だけ、踏み出す足に価値がある」
「フッ」と儚げに笑う変態仮面をその場に残し、俺もうさみんの後を追いかけた。
変態仮面の背中が『そうだ振り返るな、自分の信じた道を突き進め!』と俺を、いや俺たちを鼓舞してくる。
気がつくと、俺とうさみんの瞳から、熱い雫が零れ落ちていた。
「うぅ、くぅっ!?」
「泣くな、うさみんっ! 漢の船出に涙は不要だ」
やがて人気の居ない教室に逃げ帰った俺たちは、犠牲となった我が同志のコトを想い、人知れず涙を溢した。
「変態仮面……。キサマの勇姿、ワガハイは一生忘れぬぞ」
そう言って、散っていった仲間の想いを二重螺旋に巻き込んだ俺たちは、彼の勇気に黙礼し――
――ガガッ、ぴんぽんぱんぽーん。
『業務連絡、業務連絡。2年A組、大神士狼くん。同じく2年組D組、宇佐美こころさん。大事なお話しがありますので、至急職員室まで来なさい。繰り返します。2年A組、大神士狼くん。同じく2年D組、宇佐美心さん。大事なお話しがありますので、至急職員室まで来なさい』
「……まあ、そうなるわのぅ」
「……面割れてるしね」
俺たちは2人揃って軽く肩を竦めると、被っていたブルマを外し、男達の怒声が聞こえる廊下を