俺とママンの拳が、お互いの頬を完全に捉える。
瞬間、「パパスッ!?」という謎の奇声と共に、磁石が反発するかの如く、左右反対方向に仲良く吹き飛ぶ母と息子。
家具やら何やらを巻き込みながら、ドンッ! と壁に激しく背中をぶつける俺。
「ブハッ!? あ、相変わらずなんて重いパンチをしてんだ母ちゃん。中年の放つ拳じゃねぇよ……。顔が消し飛んだかと思ったぜ」
切れた唇の端から流れ出る血を、乱暴に手の甲で擦る。
口の中が芳醇な鉄の香りでいっぱいになる。
ドアに背中をぶつけた母ちゃんが、ゆっくりと起き上がった。
「当然だ。『母は強し』って言葉を知らねぇのか? これはな、お母ちゃんが世界で1番強いって意味なんだよ」
「なら今日で2番目に格下げだな」
「フッ、抜かしおる」
嬉しそうに口角を引きあげる母ちゃん。
それにしても、現役男子高校生の本気の一撃を喰らってもなおピンピンッ! しているだなんて……本当に2児の母親か?
我が母親ながら、どうかしているとしか思えない。
「行くぞシロウ! 我が一撃を持って
「来いよクソババァ! 返り討ちにしてやるわ!」
全身の細胞が「駆け抜けろ!」と命令を下す。
瞬間、床を蹴り上げ母ちゃんの懐に潜りこむ。
そのまま荒れ狂う感情と共に、母ちゃんの顎めがけて掌底を叩きこんだ。
――はずが俺の掌底は軽く体をのけ反らし、最小限の動きで躱されてしまう。
そしてのけ反った反動を使い、無防備になった俺の顔面へとヘッドバッドを繰り出してくる。
ゴンッ! という鈍い音と共に、目の前が白黒にチカチカと点滅する。
「ブフッ!? く、くそったれめ!」
「これで終わりだ、シロウ!」
視力が回復した俺の瞳がまず捉えたのは、迫りくる母ちゃんの拳。
それは無慈悲なまでの『力』の結晶。
暴力の権化。
ソレが無防備な俺の顔面へと、吸い込まれるように迫ってくる。
ヤバいッ!?
コレは避けられない!?
意識が飛ぶ! と瞳を閉じて諦めかけた、そのとき。
――まだだ! まだ諦めるな!
と耳の奥で、誰かが
俺はこの声を知っている。
これは……魂の声。
俺の体に宿った絶対の命令。
諦めるなっ!
諦めることはいつでも出来る。
でも目指すことは、今しかできない!
「ッ! そうだ、絶望している時間は俺にはねぇんだよぉぉぉぉっ!」
折れそうになっていた心を奮起させ、瞳を見開く。
眼前へと迫る母親の拳。
もう避けることは出来ない。
なら顔面の1つくらいくれてやる。
その代わり俺は……2人の入浴シーンを貰うぞ!
俺は顔面を守ることを止め、渾身の一撃を母親の側頭部に叩きこむべく、右足を振り上げた。
「なに!?」と驚愕する母ちゃんの顔を、最大火力で蹴り抜く。
と同時に母ちゃんの拳が俺の顔面を捉えた。
刹那、目の前が突然真っ暗になる衝撃と謎の浮遊感が身体を襲う。
次の瞬間、俺は放り出された人形のように背後にあったソファーへとぶつかっていた。
俺は
母ちゃんは左手で俺の蹴りをガードしたようで、
「……やるじゃないか、シロウ。まさか、このお母ちゃんに一撃を入れるなんてな」
ツツーと唇の端から血を流す。
「知らなかったのか、母ちゃん? 人は『おっぱい』のためなら……本気になれるんだぜ?」
にやっ! と挑発するような笑みを無理やり顔に張り付ける。
そうだっ! 脱衣麻雀しかり、野球拳しかり、人は『おっぱい』の
「シロウ……我が息子よ。大神の名を受け
「出来てるよ」
「上等。ならば次の一撃を持って、すべての決着をつけてやろうぞ!」
望むところだ! と吠え、脚に力をこめる。
いよいよ親子喧嘩もクライマックス。
泣いても笑っても、次が最後の一撃だ。
やることは至極ハッキリしている。
最大速力で、俺が持てる最高火力の右足を、母ちゃんに叩きこむ。
ただそれだけだ。
「行くぜ、母ちゃん!」
「来い、バカ息子!」
全神経を右足に集中させる。
今の俺の力じゃ、きっと足りない。
母ちゃんには届かない。
――それがどうした?
俺は弱い。
だから最高だ。
弱いから、簡単に打ち倒せる。
簡単に乗り越えられる!
今日も明日も明後日も、未来の【俺】は今の【俺】を笑って軽く超えていける!
そうだ、俺は――ッ!
「『おっぱい』のためならば、限界なんて……何度だって超えてみせるっ!」
脳裏に古羊姉妹の女体を思い描く。
あの柔らかそうな肌を、きめ細かい肌を、火照った肌を思い描く。
あの推定Fカップを、自己申告のBカップ(おそらくAカップ)を思い描く。
ぷるん♪ とよこたんの乳が揺れ、揺れるほどない芽衣のAカップ(確信)を鮮やかに思い描く。
それだけで身体中から力が湧いてくる。
……だが足りない。
これじゃまだ、足りない。
「俺の性欲よ、もっとだ。もっと力を寄こせ! 俺を性欲の権化にしろっ!」
ありったけの性欲をエネルギーに変換する。
気が狂いそうになるほどの莫大なエネルギーを、全て右足に注ぎ込む。
すべての準備は今……整った。
そして俺は――
「蓮季さん、お先にお風呂いただきました。ありがとうございます」
「き、気持ちよかったです! あ、ありがとうございまふっ!」
「……う、嘘だろ?」
居間へと帰ってきた2人と遭遇し、膝から崩れ落ちた。