目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話 母と息子の仁義なき戦い 〜ラウンド1〜

 俺とママンの拳が、お互いの頬を完全に捉える。


 瞬間、「パパスッ!?」という謎の奇声と共に、磁石が反発するかの如く、左右反対方向に仲良く吹き飛ぶ母と息子。


 家具やら何やらを巻き込みながら、ドンッ! と壁に激しく背中をぶつける俺。




「ブハッ!? あ、相変わらずなんて重いパンチをしてんだ母ちゃん。中年の放つ拳じゃねぇよ……。顔が消し飛んだかと思ったぜ」




 切れた唇の端から流れ出る血を、乱暴に手の甲で擦る。


 口の中が芳醇な鉄の香りでいっぱいになる。


 ドアに背中をぶつけた母ちゃんが、ゆっくりと起き上がった。




「当然だ。『母は強し』って言葉を知らねぇのか? これはな、お母ちゃんが世界で1番強いって意味なんだよ」

「なら今日で2番目に格下げだな」

「フッ、抜かしおる」




 嬉しそうに口角を引きあげる母ちゃん。


 それにしても、現役男子高校生の本気の一撃を喰らってもなおピンピンッ! しているだなんて……本当に2児の母親か?


 我が母親ながら、どうかしているとしか思えない。




「行くぞシロウ! 我が一撃を持ってほふりさってくれる!」

「来いよクソババァ! 返り討ちにしてやるわ!」




 全身の細胞が「駆け抜けろ!」と命令を下す。


 瞬間、床を蹴り上げ母ちゃんの懐に潜りこむ。


 そのまま荒れ狂う感情と共に、母ちゃんの顎めがけて掌底を叩きこんだ。


 ――はずが俺の掌底は軽く体をのけ反らし、最小限の動きで躱されてしまう。


 そしてのけ反った反動を使い、無防備になった俺の顔面へとヘッドバッドを繰り出してくる。


 ゴンッ! という鈍い音と共に、目の前が白黒にチカチカと点滅する。




「ブフッ!? く、くそったれめ!」

「これで終わりだ、シロウ!」




 視力が回復した俺の瞳がまず捉えたのは、迫りくる母ちゃんの拳。


 それは無慈悲なまでの『力』の結晶。


 暴力の権化。


 ソレが無防備な俺の顔面へと、吸い込まれるように迫ってくる。


 ヤバいッ!?


 コレは避けられない!? 


 意識が飛ぶ! と瞳を閉じて諦めかけた、そのとき。




 ――まだだ! まだ諦めるな! 




 と耳の奥で、誰かがささやいた。


 俺はこの声を知っている。


 これは……魂の声。


 俺の体に宿った絶対の命令。


 諦めるなっ!


 諦めることはいつでも出来る。


 でも目指すことは、今しかできない!




「ッ! そうだ、絶望している時間は俺にはねぇんだよぉぉぉぉっ!」




 折れそうになっていた心を奮起させ、瞳を見開く。


 眼前へと迫る母親の拳。


 もう避けることは出来ない。


 なら顔面の1つくらいくれてやる。


 その代わり俺は……2人の入浴シーンを貰うぞ!


 俺は顔面を守ることを止め、渾身の一撃を母親の側頭部に叩きこむべく、右足を振り上げた。


「なに!?」と驚愕する母ちゃんの顔を、最大火力で蹴り抜く。


 と同時に母ちゃんの拳が俺の顔面を捉えた。


 刹那、目の前が突然真っ暗になる衝撃と謎の浮遊感が身体を襲う。


 次の瞬間、俺は放り出された人形のように背後にあったソファーへとぶつかっていた。


 俺は霧散むさんしそうになる意識の手綱を慌てて握り締めつつ、素早く顔を上げた。


 母ちゃんは左手で俺の蹴りをガードしたようで、悠然ゆうぜんと俺を見下ろしながら。




「……やるじゃないか、シロウ。まさか、このお母ちゃんに一撃を入れるなんてな」




 ツツーと唇の端から血を流す。




「知らなかったのか、母ちゃん? 人は『おっぱい』のためなら……本気になれるんだぜ?」


 にやっ! と挑発するような笑みを無理やり顔に張り付ける。


 そうだっ! 脱衣麻雀しかり、野球拳しかり、人は『おっぱい』のためならば限界なんて――軽く超えていけるんだ!




「シロウ……我が息子よ。大神の名を受けつぎし、大いなる息子よ。お母ちゃんの屍を踏み越えて行く覚悟は、出来ているか?」

「出来てるよ」

「上等。ならば次の一撃を持って、すべての決着をつけてやろうぞ!」




 望むところだ! と吠え、脚に力をこめる。


 いよいよ親子喧嘩もクライマックス。


 泣いても笑っても、次が最後の一撃だ。


 やることは至極ハッキリしている。


 最大速力で、俺が持てる最高火力の右足を、母ちゃんに叩きこむ。


 ただそれだけだ。




「行くぜ、母ちゃん!」

「来い、バカ息子!」




 全神経を右足に集中させる。


 今の俺の力じゃ、きっと足りない。


 母ちゃんには届かない。




 ――それがどうした?




 俺は弱い。


 だから最高だ。


 弱いから、簡単に打ち倒せる。


 簡単に乗り越えられる!


 今日も明日も明後日も、未来の【俺】は今の【俺】を笑って軽く超えていける!


 そうだ、俺は――ッ!




「『おっぱい』のためならば、限界なんて……何度だって超えてみせるっ!」




 脳裏に古羊姉妹の女体を思い描く。


 あの柔らかそうな肌を、きめ細かい肌を、火照った肌を思い描く。


 あの推定Fカップを、自己申告のBカップ(おそらくAカップ)を思い描く。


 ぷるん♪ とよこたんの乳が揺れ、揺れるほどない芽衣のAカップ(確信)を鮮やかに思い描く。


 それだけで身体中から力が湧いてくる。


 ……だが足りない。


 これじゃまだ、足りない。




「俺の性欲よ、もっとだ。もっと力を寄こせ! 俺を性欲の権化にしろっ!」




 ありったけの性欲をエネルギーに変換する。


 気が狂いそうになるほどの莫大なエネルギーを、全て右足に注ぎ込む。


 すべての準備は今……整った。


 そして俺は――




「蓮季さん、お先にお風呂いただきました。ありがとうございます」

「き、気持ちよかったです! あ、ありがとうございまふっ!」

「……う、嘘だろ?」




 居間へと帰ってきた2人と遭遇し、膝から崩れ落ちた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?