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第8話 お母さんとトゥギャザーッ!

 ――チャンスは突然やってきた。


 それはかの有名な『キュ●ピー3分クッキング』でもお目にかかれないような母ちゃんの前衛的な手料理を、古羊姉妹と共に堪能した食後のことだった。 


 母ちゃんがニコニコと満面の笑みを浮かべながら、サラリと2人にこう尋ねたのだ。




「もう時間も時間だし、よかったら2人とも今日は我が家に泊まっていかないかい?」

「えっ? さ、さすがにそこまでしてもらうのは悪いですよ。ねっ、洋子?」

「う、うん。それに着替えも持ってきてないし……」

「着替えならウチにいくらでもあるわさ。それにこんな時間に女の子を2人、外に出すのも保護者として気が退けるわけだわさ。お母ちゃんの精神衛生上のために、ぜひとも我が家に泊まって行ってくれないかい?」




 双子姫はお互いに顔を見合わせ、すこしだけ逡巡しゅんじゅんしたあと「そこまで言うのでしたら……」と我が家に泊まることを了承した。


 その瞬間、俺は何食わぬ顔のまま机の下でグッ! と小さくガッツポーズをとった。


 やったぜママァンッ!


 同級生の女の子が我が家へお泊り、しかも親公認である。


 これは間違いなく夜はサービスシーンに突入だ!


 はやくCG回収しないと!




「よし、決まりだね! じゃあ2人とも、チャチャッとお風呂にでも入っていらっしゃいな。あっ! 着替えは洗面所に置いてあるから、安心してちょうだい」




 そう言って2人の背中を押しながら、我が家の風呂場へと消えていく母ちゃん。


 この手際の良さ……もしかして母ちゃん、初めから2人を我が家に泊めるつもりで行動していたな?


 実母のその無駄な行動力に、心の中で賞賛の拍手を送る。


 俺はなんて素晴らしい母親を持ったんだ、この家に生まれてきて初めてよかったと思えたよ!


 ありがとう母ちゃんっ!


 ふふふっ♪ これで古羊姉妹は一糸まとわぬ姿で我が家のお風呂場という名の武道館デビューが決まったわけだ。


 男の家でお風呂に入る……これはもう逆に覗かなければ彼女たちに失礼というもの。


 そう俺は今、彼女たちに男として試されていると言ってもいい! 


 試される男子、俺。


 なぁに問題ない! 何食わぬ顔でお風呂に突貫し「あれ? 2人ともお風呂に入ってたんだぁ? ちょうどいいし、3人で一緒に入っちゃおっか♪」とかとぼけて見せれば2人も「ま、いっか」となるハズだ! 間違いない!


 そう間違いないハズ……なのだが、




「どこへ行くシロウ? 貴様はここでお母ちゃんと2人で待機だ」

「か、母ちゃん……」




 古羊姉妹がお風呂という名の社交パーティーに旅だった5分後のリビングにて。


 桃源郷とうげんきょうへと続く扉の前で、1匹の鬼が仁王立ちで俺の行く手を阻んでいた。




「ちょっ、ちょっとトイレに……」

「そうか。じゃあコレにしろ」




 ポンッ! と俺の足下に無造作に投げられた謎のプラスチック。


 なにこれ?




「???」




 確認するべく拾い上げてみると……それは500ミリリットルの空のペットボトルであった。


 どうやら意地でもココは通さないらしい。


 クソッたれめ!?


 なんだこの言いようのない、やるせない気持ちは!?


 手を伸ばせば届くのに手を伸ばせない、このもどかしい気持ちは!?


 例えるならアレだ、電車通学中に対面に座った女性が短いスカートでやや足を開き気味に座っているので、男のロマンを絶賛大公開中にも関わらず、左右のふとももの圧倒的な肉の壁によって完全にガードされているときの気持ち、と言えば分かりやすいだろうか。


 これには未来の英霊にして稀代きだいの英傑と男たちの間で慕われている我が残念な友人、三橋みつはし倫太郎りんたろうことアマゾンが世に解き放った、




『見えると思ったワケじゃない。しかし、見たいと思った自分の心は裏切れなかった』




 という名言まで飛び出してくる始末だ。


 もちろん俺個人としてはスカートの奥に広がるワンダーランドを楽しみたい気持ちもあるにはあるが、椅子に座ったときの太ももが『むちっ♪』となる瞬間もまたたまらなく大好きなので、充分満足であったことをココに記しておこうと思う。 




「ご、ごめん母ちゃん。実はトイレじゃなくて脱衣所に忘れ物をしちゃってさ、自前の手――」

「ちなみにさっき脱衣所の中をざっと見渡したが、シロウの手鏡も櫛も着替えも何もなかったのは確認済みだ」

「…………」

「それで何を忘れたって?」




 不敵な微笑みを浮かべ、我が子を射抜くマイマザー。


 おまえの考えていることは全て御見通しなんだよ! と目が語っていた。


 なんで俺の周りにいる女は、俺の心の中が読める奴らばかりなんだろう?


 テレパシー少女的なアレなのかな?


 蘭なのかな?


 いや、少女って歳じゃねぇよ母ちゃん。


 なんなら熟女だよ。


 魔法熟女中年だよ……。




「『て』何を忘れたって? ん?」

「て、て、て……ティクビちくびを忘れちゃった♪」

「……ん~? おかしいなぁ? バッチリ乳首がついているなぁ? これはお母ちゃんの目の錯覚か、シロウ?」


 乱暴に制服の裾を持ち上げ、俺のB地区ボタンを凝視する母ちゃん。


 まさか俺の人生において実の母親に、こんなにマジマジとポッチを観察される日がくるなんて夢にも思っていなかったわ。




「わかった、もう小細工はしねぇ。そこをどいてくれ、母ちゃん。俺は自分の運命力を試しに、風呂場へ行く。そしてラッキースケベをこの手で掴む!」

「ほほぅ、堂々とした覗き宣言か。男らしいじゃないか、実にお母ちゃん好みだ。……だが2人をお風呂に誘った張本人として、なによりも1人の保護者として、この場を通すわけにはいかないねぇ」




 ピリッ! と部屋の空気が引き締まり、尋常ではない緊張感が場を支配する。


 お互い、間合いから1歩離れた距離で軽く腰を下ろした。




「……やるっていうのかい、シロウ? このお母ちゃんと?」

「母ちゃんが教えてくれたんだろ? 男だったら、己の信念のために拳を振るえってさ」

「違ぇねぇ」




 クックックッと喉を鳴らす母ちゃん。


 自分の教えが息子に息づいているのが確認できて、嬉しいらしい。


 ほんと物好きな母親である。




「それで? テメェの信念はなんだ? なんのために拳を握る?」

「決まってんだろ。ライトノベルにおいて、ヒロインのお風呂を覗き見るのは絶対の法則。そしてお風呂を覗けるのは……主人公だけ」




 かつての偉い人はこう言っていた。


『自分の人生の主役は自分自身である』と。


 つまり。




「今こそ自分の人生の『主役』が自分であることを証明するときっ!」

「言うじゃねぇか。それで? 覗きが成功しなかったら、どうなる?」

「知れたこと。俺の器がそこまでだっただけだ」




 後悔はない、とばかりにバッサリと母ちゃんの言葉を切り捨てる。


 そんな息子の姿に、母ちゃんは満足そうに笑みを深めて言った。




「シロウ、あんたちょっと会わないうちにイイ男になったじゃないか」

「へへっ、よしてくれよ母ちゃん。恥ずかしいだろ……?」




 人差し指で鼻下を擦りながら母ちゃんから視線を切る。


 再び視線を母ちゃんに戻したときには、もうすでに目と鼻の先まで近づいていた。




「シロウ……」

「母ちゃん……」




 俺と母ちゃんはニッコリと微笑みあい――お互いの頬に固い拳を叩きこんだ。

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