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第7話 ママのいうことを聞きなさい!

 母ちゃんが帰宅したということで、芽衣とようこママ――もといマイエンジェル☆よこたんと共に居間へと下りる。


 俺達3人はダイニングテーブルを挟むように母ちゃんと対面して座ると、母ちゃんはまっすぐ俺を一瞥いちべつして、




「それでシロウ? なにか母ちゃんに言うことがあるだろ?」




 と言った。


 母ちゃんに言うこと?


 ……あぁ、アレのことかな。




「母ちゃん。俺、新しいママが出来たよ」

「実の母親を前にして、よくつぶらな瞳でそんなことが言えたもんだ。生粋のサイコパスかテメェは?」




 こめかみに血管を浮かせながらジロリッ! と我が子を睨みつけるマイマザー。


 その視線は完全にゴミ虫を見るかのようで……あ、あれ? 


 俺、また何かやっちゃいました? 




「お母ちゃんが聞きたいのは、あの赤点についての謝罪だ。だというのに、なんで帰宅早々、自分の息子の幼児退行プレイなんざ見にゃならんのだ? お母ちゃん、もはや恐怖を通り越して殺意が沸いたわ」




 ゾッ! と母ちゃんの身体から尋常ではない殺気が溢れ出る。


 ようこママもといマイ☆エンジェルが、我が家のボスの殺気に当てられ子犬のようにブルブルッ!? と震え始める。


 それどころか、あのナチュラル☆サイコパスの名を欲しいままにしているチャン・メイでさえ冷や汗をかいている始末だ。


 どんな変態を前にしても冷や汗1つかかなかったこの女をここまで緊張させるだなんて……さすがは俺の母ちゃんだ。


 女どころか人間を辞めているとしか思えない。




「シロウ……お母ちゃん言ったよなぁ? 赤点を取るなら死を覚悟しろって」

「ひぃっ!? ご、ごめんよ母ちゃんっ!」




 や、ヤバいっ!?


 母上の鉄拳が飛んでくる!?


 俺は来たるべき災厄から逃げるように、素早く腰を浮かせて――




「――と本来であればここで貴様の顔をサンドバックにしてやるところだが、今日は勘弁しておいてやろう」

「……へっ?」




 泣き土下座に入ろうとしていた俺の身体がピタリと止まる。


 か、母ちゃんが赤点を取った俺を許す……だと?


 い、一体どういう風の吹き回しだ?




「ど、どうしたんだよ母ちゃん? 普段ならここでアンパンチが飛んできて俺の顔面がバイバイキンする流れなのに……」

「なぁに、お母ちゃん今日は機嫌がいいからね。なんせ――」




 母ちゃんはビクビクと震える古羊姉妹に視線を向け、ニンマリと笑みを深めた。




「なんせこの不肖の息子が、またもや我が家に女の子を連れこんで来たんだからね! いやぁ、正直大神の血はお母ちゃんの代で終わりを迎えるとばかり思っていたけど、なんだいっ! アンタもやれば出来るじゃないか! さすがはお母ちゃんの息子だね!」




 ガハハハハッ! と、膝を叩きながら豪快に笑う母上。


 そんな母上を双子姫はポカンと大きく口を開けて眺めていた。


 ごめんね2人とも、驚かせて?


 ウチのママン、デリカシーが行方不明なんだ。




「久しぶりだねぇ! メイちゃん、ヨウコちゃんっ! まだウチのバカ息子と仲良くしてくれてて嬉しいよっ!」

「は、ハスキしゃんっ!? お、お久ぶりでふっ! ですっ! お、お邪魔してまふっ!」

「落ち着きなさい洋子、焦り過ぎです……。お久しぶりです蓮季さん。大阪からコッチに帰って来たんですね?」

「そこの変態息子とバカ娘の監視のために、急遽きゅうきょ引き上げて来たのさね。それよりも2人とも。ちょっと大事な話があるんだけどね、聞いてくれるかい?」

「大事な話……ですか?」

「わたし達は別に構いませんが……難しい話なんですか?」

「いやなに、そう身構えなくても大丈夫っ! 至極簡単な話さねっ!」




 母ちゃんは口が裂けるくらいニンマリと頬を歪ますと、ダイニングテーブルに身を乗り出して、




「――どっちか、この変態息子の嫁さんになる気はあるかい?」




 と俺達の間に爆弾を投下してきた……って、ハァッ!?


 ちょっ!? いきなりナニ言ってんだ、このクソババァ!?


 息子の人間関係を破壊する気か!?




「ちょっ、母ちゃん!? なに突然トチ狂ったこと言ってんだ!? それもうちょっとしたテロリズムだぞっ!?」

「うるさいぞ愚息ぐそく、今はアンタに聞いてない。お母ちゃんはこの2人に聞いているんだ。それで? どうだい? 嫁入りする気はあるかい?」

「あぁぁぁぁっ!? めてくれ母ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」




 実母の戯言たわごとをなんとか打ち消そうと大声を上げるが、やはり古羊姉妹にはバッチリ聞こえていたらしく、2人とも頬を赤らめながら何度もまばたきを繰り返していた。




「えっと……ノーコメントで」

「め、メイちゃんに同じく!」

「あら? 脈アリかと思ったんだけど、お母ちゃんの勘違いだった? いいと思うけどなぁ『大神芽衣』に『大神洋子』。ほら、違和感ナシ! それに3カ月以内なら返品可能だけど、これでもダメ?」

「息子をクーリングオフしないでママンっ!?」




 顔は笑っているが瞳はマジだった。




「そうだ! 2人とも晩御飯はまだだろ? もしよかったら、ウチで食べて行っておくれよ!」

「い、いいんですか? わたし達がご相伴しょうばんにあずかっても?」

「いいの、いいの! どうせ今日はパパもバカ娘も帰ってこないから! この変態息子と2人っきりで食べることになっていただろうし。むしろ食べて行ってくれた方が嬉しいわ!」

「えっ!? 父ちゃんと姉ちゃん、今日帰ってこないの!?」




 それ俺、初耳なんですけど? と驚いた視線を母ちゃんに向けるが、軽くスルーされてしまう。


 う~ん、歳を重ねるごとに息子の扱いが雑になっていく気がする。


 はたして俺は本当に家族に愛されているのだろうか?


 信じていいんだよねママン?




「どうかしら? もちろん2人が嫌じゃなければの話なんだけど?」

「えっと……」

「俺からも頼む。母ちゃんと2人きりの食事なんて……俺、耐えられねぇよ。後生ごしょうだから一緒にメシを食ってくれ」

「おいコラ、クソ息子。それはどういう意味だテメェ?」




 チラッと俺の顔を窺っていた芽衣に頷いてやる。


 それだけで俺の意図を汲んでくれた芽衣が小さく頷き返し、よこたんに視線を送った。


 するとマイ☆エンジェルも「問題ない」とばかりに目で返事を返す。




「わかりました。それではお言葉に甘えて、ご相伴しょうばんにあずからせていただきたいと思います」

「よし! それじゃお母ちゃんが腕によりをかけて作ってあげるわさ!」




 パンッ! と自分の二の腕を軽く叩きながら、ご機嫌な笑みを浮かべる母ちゃん。


 よほど2人と晩御飯が食べられるのが嬉しいのだろう。


 ここ数年、息子には向けたことが無い、弾けんばかりの笑顔を2人に向けていた。




「さぁ晩御飯を作ろうか! ……と言いたいところだが、さっき確認したらロクな材料がなかったんだよねぇ。シロウ、悪いんだけど買い物に行ってきてくれないか? つーか行け」

「あっ、強制なんですね……まぁいいけど」




 どうせ反抗しても無駄ということは長年の付き合いで理解しているので、大人しく買い出しに出かけるべく席を立つ。


 すると大天使よこたんが「あっ」と声をあげて、同じく席を立ち上がった。




「1人じゃ大変だよね? 手伝うよ、ししょー」

「ヨウコちゃん、そんなド変態息子に気ぃ使わなくても大丈夫さね。お母ちゃんたち女の子チームは、コッチでまったりしてればいいんだよ」




 いや母ちゃんよ、もう女の子って歳じゃねぇだろ?


 流石に母ちゃんの歳で、ソレはキチィよ。


 もはや哀れみを通り越して滑稽ですらあるよ。


 バストアップ体操を信じる貧乳並みに滑稽だよ。


 なんて考えていると、母ちゃんと芽衣の2人からギロリッ! と鋭い眼差しが送られてきて……ひぇっ!?




「士狼? 今、なにか言いましたぁ?」

「いえっ! なにもっ!」

「ならさっさと買い物行って来い、愚息カス

「了解ッ! カス、いっきまぁぁぁぁぁぁぁ――っす!」




 しっぽを踏まれた子犬のように、慌ててキッチンへと逃げ込み、エコバックを握り締める。


 そんな俺を見つめながら、どこか残念そうに椅子に座り直すラブリー☆マイエンジェルよこたん。




「さてっ! それじゃ女の子チームはそこの残念な変態息子が帰ってくるまで、暇つぶしに愚息の小さい頃のアルバムでも見てみるかい?」

「し、ししょーの小さい頃のアルバムですか!? み、見たいです!」




 半泣きの息子を尻目に、母ちゃんはどこからともなくB5サイズの分厚いファイルをテーブルの上に取り出した。


 見たい! 見たい! と架空のシッポをブンブンと振りたくる爆乳わん


 その隣で「わたしも興味がありますね」と身を乗り出す会長閣下。


 正直小さい頃の写真を2人に見られるのはかなり恥ずかしいが、まぁ引き留めている側としてはそれ位許容するべきだな。


 俺は無理くり自分を納得させ、3人を置いてリビングを後にした。


 エコバック片手に、靴を履くべく玄関に腰を下ろし――




「それじゃ最初は――シロウが中学3年生のときの生着替えの写真から」

「「………ッ!(ご、ゴクリッ)」」

「おい待て母ちゃん!? 一体いつそんな写真を撮りやがった!?」




 慌てて居間へと引き返す。


 そこには顔を真っ赤にしながらも、食い入るようにアルバムを凝視している2人の姿と、邪悪に顔を歪める母親の姿があった。

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