それは鷹野翼にとって、あまりにも衝撃的すぎる出会いであった。
忘れもしない中学2年の夏。
まだ彼がその蛮勇を
集会場となった寂れた神社で、いつものように仲間たちと何をするでもなく、ただたむろっていたその時――不意にその男は現れた。
「
赤く染めた髪をリーゼントにし、学ランを身に着けたその男。
歳の頃は自分とそう変わらない14、5歳だろうか。
明らかに時代錯誤のクソダセェ格好をした男子中学生を前に、翼を含めた全員の好奇の視線が鳥居の前に立っている彼の身体を貫いた。
その数、ざっと20はあろうか。
赤髪の少年は、そんな視線の嵐なんぞどこ吹く風と言わんばかりに、もう1度だけハッキリと口をひらいた。
「聞こえなかったか? 常坂ってヤツはどこに居るかって聞いてんだよ」
そのあまりの
鳥居の近くで見張りをしていた1人が、鋭い視線を赤髪に向けながらドスを利かせた声で、
「おい、おまえ。なんだ、その態度は? オレらが誰だか分かって――」
そこから先は言えなかった。
いや、言うことが出来なかった。
なんせ見張りをしていた男の腹部に、目には見えないほどの素早い蹴りがめり込んでいたからだ。
みっともない声をあげながら、
そのあまりにも規格外すぎる蹴りを前に、
な、なんだ今のは……?
背中に冷や汗を流す野郎共を、赤髪の少年はゆっくりと見渡し、
「知るか。いいから常坂って野郎をだせ」
「て、テメェ……っ! こんなことして五体満足でここから帰れると思うなよっ!?」
それが合図となり、次々と血気盛んな仲間たちが赤髪の少年へと殴りかかっていく。
そこから先の光景は、まるで魔法でも見ているかのような気分であった。
円舞のような綺麗な弧を描いた蹴り。
それだけで仲間たちの意識が刈り取られていく。
仲間の1人が赤髪の少年の顔めがけて拳を振るが、もうそこには少年の姿はない。
目標を失った拳は、意図せず他の仲間たちの顔に命中してしまう。
それがさらに場を混沌とさせる。
まるで台風によってなぎ倒された大木のように、自分の仲間たちが、なす術もなく地面へと
気がつくと、20人は居たであろう仲間たちは全員地面に倒れこんでいた。
――バケモノだ。
20人。
20人である。
20人の仲間たちが、たった1人の、それも自分と同い年の男に、手も足も出ず
男達の屍の上で、返り血と月光の光を浴びて、
その現実離れした光景に『自分は今、夢を見ているんじゃないか?』と翼は錯覚しそうになった。
だが、体に走る痛みが「これは現実だ!」と、自分に訴えかけてくる。
翼は1つの生命体として本能的な恐怖を覚えた。
だがそれと同時に、
(う、美しい……)
圧倒的なまでの強さ。
文字通り、流れた血が大地を染め上げ、神社が血と汗の匂いで充満する。
うめき声すらあがらない、不気味なまでの静寂。
何人たりとも入ることが許されない、彼だけの世界。
そこには善も悪も越えた、純粋な美しさがあった。
――欲しい。あの人が……欲しい。
鷹野翼は生まれて初めて、心の底から
後日この1件を境に彼――
そして翼は風の噂で知ることになる。
なぜ喧嘩狼が自分たちのチームを潰したのか。
喧嘩狼が自分たちを狙った理由。それは、
――
であった。
それはあまりにも幼稚で、他人からすれば信じられない理由ではあったが、あの現場を見ていた翼はその理由を聞いて妙に納得してしまった。
それと同時に、鷹野翼に目標が出来た。
喧嘩狼に勝ちたい。
喧嘩狼の横に並びたい。
彼に――認めて貰いたいっ!
そのちっぽけな願いを叶えるために、翼は死にもの狂いで喧嘩の腕を磨き続けた。
腕に覚えのある奴には片っ端から喧嘩を売って、自分の財産に変えていった。
そして自分を磨き続けて2年。
気がつくと、翼は高校1年生にして、あの極悪非道の九頭竜高校の頭を張っていた。
準備は整った。
あとは再戦するのみ。
だが、その頃にはもう喧嘩狼の姿はどこにもなかった。
翼は自分の持てる力をすべて注ぎ込んで喧嘩狼の行方を追った。
しかし、いくら探そうとオオカミのシッポは掴めない。
喧嘩狼の行方を捜して1年が経過し、翼は高校2年に進級した。
この頃にはもう翼の心も折れかけ、絶望が心と身体を覆い始めていた。
そんなときだった、喧嘩狼の情報を手に入れたのは。
「ようやくや……。ようやくまたアンタと会えるで……喧嘩狼。いや、大神士狼っ!」
翼は下っ端に盗撮させた森実高校の制服に身を包む士狼の写真を取り出し、不敵な笑みを浮かべた。
その瞳はオオカミを狩るタカのように鋭く、危ない光を宿していた。