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第4話 月宮カラスの大誤算

「んぁっ? 月宮はんと相棒の関係について聞きたい?」

「うん、そうなんだ」

「猿野くんは2人と同じ中学出身でしたよね? なら何か知っていませんか?」




 翌日の放課後。


 人気の少ない科学部室にて。


 洋子と芽衣は何かしらの機材をイジっていた猿野元気に、月宮カラス女子の詳細を尋ねていた。


 ちなみに士狼は生徒会庶務の仕事として、1人で花壇の整備を行っている最中だった。




「月宮はんと相棒の関係なぁ~。知っとるちゃ知っとるけど……う~ん?」

「お、お願い、サルノくんっ! どうしても2人の関係が知りたいのっ!」

「謝礼なら後でいくらでも払います。ですからどうか」




 しぶる元気を前に、2人は必死にお願いする。


 やがて2人の熱意に根負けした元気が『しょうがない』とでも言いたげに、小さく溜め息を溢した。




「まぁええか。相棒はともかく、月宮はんに義理立てする義理はないし」




 そう言って元気は彼女の……いや士狼の過去を語り始めた。





「月宮はんは一言で言ってしまえば、相棒の元『恋人』や」

「「……はっ?」」




 時が止まった。




「まぁ正確に言えば、チョイ違うんやけどな」

「「…………」」

「あれ? 2人共、聞いとる? おーい、もしも~し?」

「「――ハッ!?」」




 まったく同時に意識を取り戻りた古羊姉妹が、泡を飛ばしながら元気に激しく詰め寄った。




「こ、こここっ!? こ、恋人ぉ!? ししょーに恋人ぉぉぉっ!?」

「ど、どどど、どういう意味ですかソレ!? なんの冗談ですかソレ!?」

「うわっ!? お、落ち着きぃや、2人とも!? この話には続きがあるんやって!」




 続き? と心臓をバクバク言わせながら、目だけで話の続きを促す古羊姉妹。


 その瞳は手負いの獣のように鋭く、元気はツツーと額に冷や汗を流した。


 これは、下手なコトを言ったら殺されるのでは?


 そんな予感というか確信と共に、ワードチョイスに気をつけながら、そのカッサカサの唇を動かした。




「こ、『恋人』言うても、罰ゲームの恋人やっ!」

「へっ?」

「罰ゲーム、ですか?」




 そうや、と元気は頷いた。




「当時、スクールカースト上位の女子おなごの間で流行はやっとった罰ゲームで、嫌いな男に告白して1週間付き合うっていう悪趣味なヤツや。月宮はんはソレで相棒に告白して、イヤイヤ1週間……いや1カ月付き合ったんや」

「……趣味がわるい罰ゲームですね?」




 そう元気が口にした瞬間、芽衣が不愉快そうに眉根をしかめた。


 昔の自分を思い返しているのか、その表情が酷く苦々しかった。


 そんな姉に代わって、洋子は元気に話の続きを促した。




「でも、ししょーと月宮さんは別れたんだよね?」

「せやで。付き合った1カ月記念にプレゼントを渡そうとしていた相棒に『実は罰ゲームでしたぁ~♪ ざんねぇ~ん☆』って言いながら、クラスメイト達が居る前でこっぴどく振ったんや。月宮はんとつるんどった女子おなごたちがメチャクチャ相棒をバカにしとったから、よう覚えとるわ」

「ば、バカにしたって?」

「う~ん、そうやなぁ……。『お前みたい馬鹿なヤツと付き合う女なんていねぇよ!』って笑いながら相棒をけなした挙句あげく、学校中にその事を言いふらして笑い者にしてたりとか、そんな感じや」

「ひ、酷い……」




 ムッ! とした表情になる洋子。


 人を喰い物にするようなやからが嫌いな彼女にとって、月宮カラスは到底許せる存在ではなかった。




「相棒も本気で月宮はんに惚れてたからのぅ。フラれた当初は、そりゃもうメチャクチャ落ちこんどったわ。まぁただアイツは女子おなごに何度だまされようが、本気で『恨む』ってことはせんからのぅ」




 なんせ、と元気は呆れた調子で口を開いた。




「自分を騙した女を助けに行っちゃうくらいアホやから、アイツ」

「助けにって……えっ? 月宮さんを?」

「なにがあったんですか?」

「ちょっと悪さが過ぎたんやろうなぁ。当時、地元で有名なカラーギャングに月宮はんとそのお仲間たちが目をつけられてのぅ。襲われて、病院送りにされた事があるんや。んで、まぁその敵討ちといいますか、そのカラーギャング共を相棒が壊滅させたんや」




 その件を境に、相棒は『喧嘩狼』なんて呼ばれるようになったワケや。


 と、苦々しい表情で昔のことを語る元気。




「ワイは止めたんやで? 相棒を騙したばちが当たったんや、ほっとけって。でも相棒は――」




 確かに、俺は騙されたよ。


 カラスちゃんが俺に向けてくれた愛情は、嘘っぱちだったかもしれねぇ。


 それでも、この胸に芽生えた気持ちは本物だ。


 今行かなかったら、この気持ちを嘘にしちまう。


 だから行ってくる。




「――言うて、1人で乗り込みに行ってもうたわ」




 元気は「ハァ……」とため息を溢しながら、




「感謝されるワケでもないし、悪評しか広まらん。メリットなんて何もない。それでも相棒は、惚れた女のためなら身体を張ってしまう。そんな男なんや。ほんまバカな男やで」

「……なんか、ししょーらしいね」

「そうですね」




 大神士狼は、中学でも『大神士狼』だったらしい。


 何度騙されようが関係ない。


 何度裏切られようが知ったこっちゃない。


 騙されようが、裏切られようが、自分は絶対に裏切らない。


 例え賢い選択じゃなくとも、大神士狼は迷わずソレを選択してしまう。


 だってソレが『大神士狼』なのだから。




「アタシのときも『そうだった』もんね。ほんとバカな男なんだから……」

「うん? 何か言ったかい、古羊はん?」

「いいえ? なにも」




 ニッコリ♪ と笑みを顔に張り付けながら、小さく首を横に振る芽衣。


 芽衣は胸の内に芽生えた温かい気持ちを知られないように、いつもより強固に笑みを顔を顔に張り付けていると、横から洋子が「そ、それで?」と元気に声をかけた。




「し、ししょーとツキミヤさんは、その後どうなったの?」

「別に? 何も変わらんで? 相変わらず相棒は女子にバカにされるわ、月宮はんは完全完璧に無視するわで、散々な中学生活を謳歌おうかしとったで?」




 まぁ本人は『はっは~ん? さては強めのツンデレだな? デレはどうしたぁ?』って、その状況を楽しんどったけどな。


 と、続ける元気。


 その実に士狼が言いそうなアホな台詞に、ちょっとほっこり♪ してしまった姉妹は、もう末期なのかもしれない。




「やから意外やったわぁ~」

「意外? 何がですか?」

「月宮はんが森実高校に進学したのがや。なんせ当時の月宮はんの成績は、下から数えた方が早いうえに、毛嫌いしとる相棒と同じ高校に進学するんやから。そんなにこの学校に行きたかったんかいのぅ?」




 う~む? と不思議そうに首を傾げる元気。


 どうやら彼は、いまだに士狼とカラスに接点があることを知らないらしい。


 そんな科学部長を尻目に、芽衣と洋子は目を見合わせた。


 間違いない、彼女がこの森実高校を選んだ理由はただ1つ。


 それは――




「まぁ、もうワイらには関係ない話や」




 ガハハハハッ! と笑う元気を前に、芽衣も洋子も上手く笑うことが出来なかった。

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