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第2話 出会ってしまった『運命』のアイツ

「それでは失礼しました」




 そう言って、古羊芽衣は職員室の扉をゆっくりと閉めた。


 もうすでに北側の廊下は、うっすら闇に包まれている。


 時刻は午後6時少し過ぎ。


 逢魔時おうまがときの校内には、もう生徒の気配はまったく感じられず、なんだか人以外の存在を感じてしまいそうなほど冷え切っていた。


 芽衣は静まり返った廊下を早足で歩きながら、急いで生徒会室に戻ろうとした。




「ちょっと長引いたわね。間に合うかしら?」




 誰も居ないため、猫を被ることもせず、素の古羊芽衣のまま、せかせかと廊下を歩いて行く。


 彼女が急ぐのには理由があった。


 なんせ今日は大神士狼を我が家の夕飯に招待しているのである。


 本当なら今頃、彼女も双子の妹である古羊洋子と共に家に直帰している所なのだが、生徒会関連で山崎先生に呼び止められ、仕方なく後で2人と合流することに。


 おかげで洋子と士狼は2人一緒に帰って行って……正直、気が気ではなかった。




「……何も間違いなんて起こってないでしょうね?」




 なんだか口にしていて不安になってきた。


 芽衣は気持ち急いで、生徒会室に続く階段を駆け上がろうとして――




「――ちょっといいですか、古羊会長?」




 それは突然、斜め上からやって来た。


 声の方向へと顏を向けた芽衣だったが、すぐさまその眩しさに目を細めた。


 彼女の視線の先、階段の上の踊り場、そこには今日最後の夕日が差し込み、キラキラとした輝きが芽衣の目をいた。


 その金色に染めた下品な髪の毛。


 胸元を大胆に着崩した制服。


 下着が見えそうなくらい短いスカート。


 確か彼女の名前は……




「2年D組の、月宮カラスさん……?」




 芽衣が彼女の名前を口にした瞬間、カラスが驚いたように「へぇ……」と声をこぼした。




「あたしの名前、知ってたんだ。そりゃ光栄の至りってヤツですね、古羊会長」




 よく通る声で、何故か敵意に溢れた彼女の声音に、芽衣は戦闘用の笑みを顔に張り付けた。




「それはもちろん。同じ学校の仲間ですから」

「あたしも会長のこと知ってるわよ? 男子からは『女神』と呼ばれている学校1の美人姉妹。どれだけ男子に言い寄られても、絶対になびかない魔性の女」

「魔性の女だなんて、そんな……」




 芽衣は照れた表情を作りながら、心の中で小首を傾げた。


 彼女のこの悪意丸出しの言動は、一体なに?


 アタシ、なにか彼女に不快感を与えるようなコトでもしたかしら?


 芽衣は必死に過去をさかのぼるも……そもそも彼女と接点が何もない。


 むしろ今日初めてお話をするくらいだ。




(理由は分からないけど……もしかしてこの、アタシをシメようとしてる?)




 憶測でしかないが、肌で感じる悪意の質からして、この線が1番濃厚だろう。


 芽衣は内心『めんどくせっ!?』と思いつつも、いつものように笑みを顔に張り付けたまま、カラスに声をかけた。




「ところで月島さん? 部活動をやっていない一般生徒はもう帰宅時間ですよ? この件はわたしの胸の内に留めておきますから、はやく下校してくださいね?」

「そうツレナイ事を言わないでよ会長。せっかく会長に『いい話』を持って来てあげたのにさ」

「いい話、ですか?」

「いい話というより、忠告かな?」




 カラスはにっちゃり♪ と粘着質に微笑みながら、




「会長のような優等生が、あんなブサイクなヤンキーもどきの劣等生と親しくしてたら色々とマズっしょ? 生徒会の風評的に」

「……へっ?」




 底意地の悪そうな笑みを浮かべるカラスを前に、芽衣は呆けた声しか上げられなかった。


 そんな完璧超人な芽衣すらも予想できなかった口撃こうげきを前に、珍しく固まっていると、どこか切羽詰った様子のカラスが追い打ちと言わんばかりに言葉を重ねてきた。




「なんだか最近、妙にシロ……大神士狼と仲が良いみたいですけど、コレ以上は会長の名誉のためにも止めといた方がいいよ? じゃないと、会長の評判に傷がついちゃうかもよ?」




 カラスがそう口にした瞬間。


 ――カチッ。


 芽衣の中でスイッチの切り替わる音がした。




「というか、なんでアイツなのよ? どんな男にも興味なんか示さなかったクセに……なのに、なんで? なんでよりにもよって――」

「お話は、おしまいですか?」

「ッ!?」




 さらに言い募ろうとしていたカラスの口が、ピタリと止まる。


 それほどまでに、今の芽衣が発するプレッシャーは尋常ではなかった。


 顔はニコニコ♪ 笑っているクセに、その雰囲気、声音は、先ほどとは打って変わって、恐ろしく冷たい。


 古羊芽衣、本気の外面戦闘モードの姿だった。




「ごめんなさい、月宮さん。わたし、今、急いでいるので。ここで失礼させて貰いますね?」




 そう言ってカツカツ足音を鳴らしながら、青い顔を浮かべるカラスの横を通り過ぎる芽衣。


 そのまま彼女をその場に置いて立ち去ろうとし、1度だけ笑顔のまま振り返った。




「あっ、そうだ。別にわたしの事をどう思おうが勝手ですが、士狼の悪口は許しませんよ♪」




 上機嫌な声が、逆に怖かった。




「~~~~~っ! な、なんでよっ!? なんであのバカなのよ!? アンタにとってメリットになるどころか、評判をおとしめるだけじゃない!?」




 あのバカだけは止めときなっ! と、どこか必死にすら感じる声音で芽衣に言い寄るカラス。


 そんな彼女を横目に芽衣は、




「周りくどいですね、月宮さん? そんな事をわたしに確かめなくても、ラインで拡散するとか、噂話でも流すとかして、わたしをおとしいれればいいものを」

「……なんか勘違いしてない、会長? 別にあたしは会長を傷つけようとか思ってないから。ただ、お互いに傷が浅いうちに引き返したほうがいいんじゃないの? って忠告しているだけ。……それにアイツ、そんな陰湿な事をする奴が1番嫌いだし……」

「それは、それは。ご忠告ありがとうございます」




 最後の方は小声で聞き取れなかったが、おそらくロクな事は言っていないだろう。


 そう判断した芽衣は、精いっぱいの皮肉と笑顔をこめて、彼女に微笑んだ


 もはや不穏な雰囲気を隠すことなく、2人は静かに睨み合う。


 片方は笑顔のまま、もう片方は焦った様子で。




(コレ以上は時間の無駄ね)




 そう見切りをつけた芽衣は「それでは月宮さん、さようなら」と口にしながら、再び生徒会室へと向かうべくきびすを返した。


 そんな芽衣を尻目に、カラスは今日1番の爆弾発言を彼女に向かって放っていた。




「~~~~~ッ!? 言っておくけど、シロウは絶対に渡さないからっ!」

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