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第34話 それでも彼は茨の道を突き進む

 人気のいない倉庫の中は、とてもホコリ臭く、正直に言って長居はしたくなかった。


 それでもワタシ、鹿目窓花はここを立ち去るワケにはいかない。




「ま、窓花ぁ~」

「大丈夫だよ、ダイちゃん。ワタシがついているから」




 隣でカチカチッ!? と歯を鳴らし、今にも気絶しそうな彼氏に笑顔を向け安心させる。


 そうだ、大丈夫だ。


 絶対なんとかなるっ! と何度も呪文のように胸の中で連呼する。




「大丈夫……。絶対、大丈夫だから……」




 その言葉はダイちゃんに向けて言ったのか、それとも心が折れそうになる自分に向けて言ったのか、ワタシにはもう分からなかった。


 バクバクと高鳴る心臓を無理やり抑え込み、薄暗い倉庫の中へと足を進める。


 倉庫の中央ではワタシたちと同い年か、それよりも少し上の男の子4人が、楽しそうに談笑していた。




「うん? おぉ、やっときたか大仏だいぶつちゃ~んっ!」




 男の1人がワタシたちの存在に気づき、気さくな感じでダイちゃんの下の名前を呼びながら近づいてくる。


 それに釣られて、他の3人もワタシたちを取り囲むように寄ってきた。


 もう逃げ場はないぞ、と言われているような気がして足が震えそうになる。




「それで? 噂の喧嘩狼ちゃんは、どこに居るのかなぁ? んん~?」

「あ、あの……? きょ、今日は用事があるみたいで、こ、来れないって。は、ははっ!」

「はぁ? 何ヘラヘラしてんだ、テメェ? じゃあ金は? 金は持ってきたんだろうな、あぁん?」

「うぐぅ!? く、首締まる……襟首を握らないで……っ!?」




 グッ! とダイちゃんの身体が宙に浮く。


 そんな事お構いなしに、襟首を掴んでいる男はダイちゃんの身体を強く揺する。




「『うぐっ!?』じゃ分からねぇんだよ! 金はっ!? ちゃんと持ってきてんのか? どうなんだ、おい!?」

「や、やめて!? お金ならあるからっ! ダイちゃんから手を離して!」




 ワタシが叫ぶようにそう言うと、男の蛇のようなヌメッとした視線がワタシを襲った。




「なんだ、おまえ? 誰?」

「お、オレの彼女です……」

「へぇ。おまえ、生意気にも彼女が居たんだ。モテなさそうな容姿ナリしてるクセに……ふぅぅぅん」




 その身体中を舐めまわすような、値踏みされているような不快な視線に、思わず眉根を寄せてしまう。


 こんな場所に1分1秒でも長く居たくない。


 ワタシは鞄から10万円の入った茶封筒を男に渡した。




「ここに10万円入っているから、もうダイちゃんは解放してあげてよ」

「そうだなぁ……いいぜ。解放してやるよ」




 そう言って、あっさりとダイちゃんから手を離す。


 もっと抵抗されるかと思っていただけに、その態度に面を喰らってしまう。


 咳き込むダイちゃんに「大丈夫?」と声をかけつつ、無理やり立たせる。


 目的は果たした、あとは帰るだけ。


 と安心しきっていたところで、




「――代わりに姉ちゃんが俺らの相手をしてくれよ」

「えっ? キャァァァァァァっ!?」

「ま、窓花!?」




 さっきまでダイちゃんの襟首を握り締めていた男に、思いっきり抱きしめられていた。


 そのままその場で押し倒され、強引に制服の上から胸を揉まれる。




「や、やめて! やめてよ! お、お願いします、や、やめてください……」

「や、やめてくれ! ま、窓花から手を離せ!」

「チッ、うるせぇな……おい」




 男の号令で周りに居た3人が、ダイちゃんを羽交い絞めにして口を封じる。


 最初は抵抗しようとしていたダイちゃんも、お腹を1発殴られると、途端に大人しくなってしまった。


 そんなダイちゃんを見て、満足そうに笑みを深める男たち。


 その笑顔がワタシには得体の知れないモノに見えて、ひどく怖かった。




「い、嫌っ! そんなところ揉まないで! や、やめてよ!」

「暴れんなって。すぐ気持ちよくさせてやるからさぁ」

「だ、誰か助けて!」




 もちろん叫んだところで、こんな人気の居ない倉庫。


 助けがくるとは思っていない。


 誰も助けになんか来ない。


 頭では分かっているけど、ワタシは叫ぶのをやめなかった。




「誰か助けて! 助けてください! 誰か、誰かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」




 助けを呼びながら、ふと思う。


 あぁ、きっとバチが当たったんだ。


 センパイの心につけこんで、騙そうとしたから、神様はワタシたちにバチを与えようとしているんだ。


 悔やんだところで、もう遅いのは分かっている。


 だけど、1度だけでも、キチンとセンパイに謝っておくべきだったなぁ。




「さて、俺のゴッドフィンガーでヒィヒィ言わせて――」




 瞬間、ワタシの身体に覆いかぶさっていた男が、何の脈絡もなく、いきなり真横に吹っ飛んでいった。


 全員「はっ?」と声をあげ、何が起きたのか分からないという顔をしていた。


 けど、ワタシだけは理解できた。


 蹴りだ。


 蹴り飛ばされたのだ。


 男の手がワタシのスカートの中をいじろうとした瞬間、目には見えないほどの速い蹴りが、男の顔を捉えたのだ。


 ゴムボールのように吹き飛んでいった男の姿に、誰もが何も言えなくなる。


 静寂がこの場を支配する。


 が、それも長くは続かなかった。




「すいませぇ~ん? 天下一武道会の会場は、ここで合ってますかぁ?」




 その静寂を破ったのは、本来ここに居るハズのない人だった。


 その間の抜けた声の主に全員の視線が集まり、ワタシは息を呑んだ。


 ど、どうして?


 どうして、あなたがここに居るんですか?




「大神センパイ……?」

「よっ、鹿目ちゃん。久しぶり」




 元気だった? と、まるで散歩中に会った知り合いと話すように、気軽に声をかけてくるセンパイ。


 明らかに1人だけ場違いのテンションで、あの人懐っこい笑みを浮かべる。


 久しぶりに見たその笑顔は、涙が出るほどカッコよく見えた。

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