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第32話 例え神様、仏さまが許しても……

 目の前で俺に告白してきた鹿目ちゃんが、見知らぬ男と抱き合っている光景を前に、頭の中が真っ白になった。


 ……な、なんだこれ?


 どういうことだ?


 なんで鹿目ちゃんは、あのとっつぁんメガネと抱き合っているんだ?


 気が付くと、俺はすぐ傍の木陰こかげに身を隠して、2人の行動を見守っていた。




「それで? 喧嘩狼は、言うことを聞きそうか?」

「うん。多少邪魔は入ったけど、もう少しで完全にワタシに惚れると思う。そしたらあいつ、もうワタシたちの言いなりだよ」

「そうか、そうか! よかったぁ~っ! それじゃもうクズ高の奴らに、金を無心されることは無くなるんだな!」

「うん。これで上手く喧嘩狼をそそのかして、ダイちゃんにカツアゲする奴らをボコボコにしてもらえば、万事解決だね」




 ……鹿目ちゃんの言っている意味が、分からなかった。


 俺を唆す?


 カツアゲ?


 ボコボコにする?


 な、なにを言っているんだ、彼女は……?




「けどさ窓花、その後はどうするんだよ?」

「その後って?」

「喧嘩狼とのことだよ。どうするんだ? そのまま付き合うのか?」

「まさかっ!? そんなワケないでしょっ! ダイちゃんがいるのに。適当な理由をつけて振るに決まっているじゃん」




 だから安心して? と、俺には向けたことがない笑みを浮かべる鹿目ちゃん。


 そんな彼女の返答に満足したのか、とっつぁんメガネが『にへらっ!』と緩んだ笑みを頬にたたえた。




「だ、だよなっ! だよなっ! そうだよなっ!」

「そうだよっ! それにこの計画を立てたのは、ダイちゃんでしょ? ほんとは嫌だったけど……ダイちゃんのために、ワタシ頑張ったんだからね?」

「――なるほど。そういうことでしたか」




 笑い合っていた2人の顔が、突如聞こえてきた凛とした声音によって固まった。


 鹿目ちゃんととっつぁんメガネは、弾かれたように声のした方向に視線を向ける。


 そこには……2匹の鬼が居た。




「か、会長!? こ、古羊センパイも!?」




 慌てたように目を見開く鹿目ちゃんの瞳の先には、静かに生徒会長の仮面を被る芽衣と、これでもかと眉根を寄せて2人を睨むよこたんの姿があった。


 突然の2人の登場に呆気あっけとられ、身動きが出来なくなる鹿目ちゃんと、とっつぁんメガネ。


 そんな2人に対して、芽衣はいつもの張り付けた笑顔でゆっくりと語りはじめた。




「おかしいと思ったんですよ。今まで士狼と何の接点もなかった鹿目さんが、いきなり告白だなんて……。どうにも腑に落ちなかったんですが、これでようやく合点がいきました」

「シカメさん……ボクたちを騙してたんだね?」

「だ、騙してたなんてっ!? とんでもないです! ワタシは何も騙してなんてっ!?」




 よこたんの言及に対して、首を激しく左右に振る鹿目ちゃん。


 そんな彼女に芽衣は笑顔で、されど突き放すような冷たい声色で言い放った。




「別に否定しなくてもいいですよ。もう大まかな内容は理解しましたので」

「り、理解って……何を理解したんですか?」

「もちろん、あなたたちの計画ですよ」




 そこからはただ淡々と、事務的に事の詳細を口にした。




「鹿目さんは、そこの彼……確か『ダイちゃん』さんでしたっけ? その方とお付き合いをさせて貰っている。でも彼はここ最近、九頭くずりゅう高校こうこうの生徒相手にカツアゲにあっていた。おそらく日常的に暴力を振るわれていたんでしょうね。その顔の傷が、何よりの証拠です」




 それで困った彼は何とかカツアゲ犯をどうにかしようと、彼女である鹿目さんに『ある計画』の相談をした、と芽衣は続けた。




「その計画というのが喧嘩狼、つまり士狼を使ってカツアゲ犯を撃退しようという案です。確かに士狼なら、そこらへんにいる不良なんか目じゃないでしょう。ここまで分かれば、あとはもう簡単です。あなたは自分の彼女を使って、士狼を色仕掛けで籠絡ろうらくしようとした」




 そして彼女に惚れた士狼に『自分の従兄弟いとこがカツアゲに遭っているの、助けて』とかなんとか適当なお願いで、カツアゲ犯を懲らしめさせて、用が終わればさっさと別れて、再び自分の彼氏とヨリを戻せばいい。




「――といったところですかね。どうですか、合っていますか?」

「「…………」」

「何も言わないところを見るに、正解だったみたいですね」




 ベテラン刑事さながらの推理を披露し終えた芽衣は「ふぅ……」とその場で小さく息を吐き捨てた。


 その吐息は4人の間を駆け抜ける生温かい風によって、どこかへ運ばれていく。




「ただ、どうしても分からない点が1つだけあります。どうして士狼に頼るんですか? 警察に行けばいい話じゃないんですか?」

「け、警察なんかに行ったら、あとでアイツらに殺されちまうよ!」




 叫ぶようにそう口にしたのは、今の今まで沈黙を貫いていた、あのとっつぁんメガネだった。


 とっつぁんメガネはガクガクッ!? と身体を震わせながらも、敵意の籠った視線で芽衣を睨みつける。




「お、おまえはアイツらのっ! クズ高の怖さを知らないから、そんなことが言えるんだ! アイツらに手を出したら、もうこの町じゃ生きていけねぇんだよっ!?」




 だから絡まれた時は大人しく1回だけのつもりで金を払ったんだ、とメガネは言った。




「殴られるのは嫌だから、お金を渡せば大人しくなるだろうって思って。でも、気がついたら毎週たかられるようになって……。それで、なんとかめさせようと、ビビらせるつもりで『オレは喧嘩狼と友達なんだぞ、いい加減にしろよ!』って言ったら『なら連れてこい』って言うんだもん」

「それで、ししょーを……」

「事情は分かりました。けど、そんなあなたの都合に勝手に巻き込まれた士狼には、悪いとは思わないんですか?」

「しょうがないじゃないか!? 来週の水曜日までに3丁目の空き倉庫まで喧嘩狼を連れて行かないと、またオレが殴られるしっ!」

「そ、それじゃアナタの代わりにししょーが殴られても、いいって言うの!?」

「別にいいだろ! 喧嘩強いんだし! ちょっとくらいケガしようが問題ないだろ!?」




 そうとっつぁんメガネが口にした瞬間、よこたんの隣に居た芽衣がツカツカと歩きだした。




「メイちゃん?」

「こ、古羊会長……?」

「な、なんだよアンタ……?」




 芽衣は困惑するとっつぁんメガネの目の前まで、静かに移動するや否や。


 ――パァンッ!


 と乾いた音が、公園内に響き渡った。




「ブッ!?」

「だ、ダイちゃんっ!?」




 いきなり。


 いきなりである。


 芽衣に顔面をビンタされたとっつぁんメガネが、変な声をあげながら、その場で尻もちをついた。


 慌ててそんなメガネの傍に寄り添う鹿目ちゃん。


 最初こそ呆然としていたとっつぁんメガネだったが、自分がナニをされたのか理解し始めると、すぐさま顔を真っ赤にさせ、芽衣を睨みあげ――固まった。




「ふざけんじゃないわよ」




 そこには生徒会長という仮面を脱ぎ捨てた古羊芽衣が、憤怒の形相で、とっつぁんメガネを睨みつけている姿があった。




「アンタが誰と策謀さくぼうしようが、悪いことをしようが、アンタの人生だもん。好きにすればいいわ。でもねっ? そんな私的な理由なんかで、自分勝手なエゴイズムで、誰よりも優しくて温かい、アイツの心をッ! 大神士狼の想いをッ! 気持ちを踏みにじるのだけは許せないッ!」

「メイちゃん……」

「例え『神様』『仏様』『お天道様』が許しても、アタシだけは許さないッ! 絶対に許さないッ!」 




 喉から血を噴き出さんばかりの勢いで、とっつぁんメガネを、鹿目ちゃんを批難する芽衣。


「会長……」と呆然としていた鹿目ちゃんが、烈火の如く怒り狂う芽衣の名前を呼んだ。


 そんな彼女たちに隠れるように、俺は小さく微笑んだ。


 あぁ……俺はなんて幸せ者なんだろうか。


 ありがとう、その一言だけで充分だ。


 まるで今までやってきたことが全て報われたような、そんな気がして、俺はもう1度だけ微笑んだ。




「~~~~っ!? こ、このっ!? 言わせておけばっ!?」




 女の子にたれたのが、よほど腹にえかねたのか、キョトンと目を見開いていたとっつぁんメガネの瞳に敵意の炎が灯った。


 暗闇でも分かるほど『カーッ!』と顏を真っ赤にさせ、今にも芽衣を殴り殺さんばかりの勢いで彼女を睨みつける。


 そのままギリッ! と歯を食いしばって、芽衣に向かって大きく拳を振りかぶり。




「だ、ダイちゃん!? ダメっ!」

「あぶない芽衣ちゃんっ!?」

「ッ!?」




 鹿目ちゃんの制止を無視して、とっつぁんメガネの拳が芽衣の顔にめり込む。


 ――ことなく、芽衣の前に身を滑り込ませた俺の手の中に収まった。




「ごめんな、兄ちゃん? 流石に殴るのだけは勘弁してくれや?」

「士狼っ!?」

「し、ししょーっ!?」

「お、大神センパイッ!?」

「ゲッ!? け、喧嘩狼っ!?」




 青い顔を浮かべる鹿目ちゃんと、とっつぁんメガネ。


「ど……どうして?」と驚いた顔を浮かべる芽衣に苦笑を返しながら、とっつぁんメガネの放った拳をそっと静かに手放した。


「こ、これは違っ!?」と慌てふためくメガネ。


 血の気の失せた顔で俺を見つめる鹿目ちゃん。


 その瞳には明らかに俺に対する恐怖が浮かんでいて、それが余計に俺の心を締めつけた。




「お、大神センパイ……なんでここに?」

「鹿目ちゃん。コレ、我が家に忘れてたぜ?」




 そう言って彼女のペンケースを差し出した。


 鹿目ちゃんは目を丸くしながら、おずおずといった様子で俺からペンケースを受け取った。




「ち、違うんです大神センパイッ!? こ、これには深いワケが……っ!」

「ありがとうな」

「えっ?」




 突然のお礼に、呆けた顔を浮かべる鹿目ちゃん。


 そんな彼女に、俺は精一杯の笑顔を浮かべて、再びお礼の言葉を口にした。




「こんなクソダセェ俺に、一時いっときでも夢を見させてくれて。最高の夢だった。ありがとう」

「お、大神センパイ……」

「彼氏さんによろしく」




 そう言って俺は、芽衣の手をとり、よこたんの居る方へと振り返った。


 そして彼女に背を向け歩き出す。


 愛しき人に背を向け、歩き出す。




「家まで送る。行くぞ、2人とも」

「……いいの士狼?」




 俺を見上げる芽衣とは視線を合わせず、ぶっきら棒に「あぁ」と頷き返す。


 きっと芽衣の言った「いいの?」には、多分な意味が含まれていたんだと思う。


 それでも構わず頷いてみせる。


 そんな俺を見て、芽衣は諦めたように小さくため息をこぼして。




「そう、わかった。……帰るわよ、洋子」

「えっ? 本当にいいの、ししょー? だって……」

「これでいいんだよ」




 その有無を言わさない口調に、なにか言いたげだったよこたんも、静かに口をつぐんで俺に引っ張られるまま歩き出す。


 ぽっかりと胸に空いた喪失感を、夜風がねっとりと通り抜けていく。




 ――さようなら。




 俺はもう何度目になるか分からない恋に別れを告げ、その場を早足で去って行く。


 そんな俺の後ろ姿を、鹿目ちゃんは何を言うでもなく、ただ黙って見送ってくれた。

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