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第31話 走れシロウ!

「まさか本当に料理が出来ただなんて……」

「もう、何回同じコトを言っているんですか? ……捻り潰すぞ?」




 俺にしか聞こえない声量で笑顔で脅迫してくる、お優しい芽衣さま。


 時刻は午後7時少し過ぎ。


 太陽も西のお空へ『おやすみ』し始めるこの時間、俺は3人の少女を見送るべく玄関までやってきていた。




「センパイ。今日はお招きいただき、ありがとうございました。おかげで中間テストもなんとか乗り越えられそうです」

「そう? だったらよかった! また困ったことがあったら、いつでも先輩を頼ってくれていいんだからね? 困ってなくても頼ってくれていいんだからね? 何もなくても頼ってくれていいんだからねっ!?」

「……まあ教えたのはししょーじゃなくて、ボクなんだけどね」

「こ、古羊センパイも、ありがとうございました!」




 慌ててマイ☆エンジェルに向かってペコリと頭を下げる鹿目ちゃん。


 おいコラ、よこたんっ!


 俺の可愛い後輩をイビるんじゃない!


 可哀そうだろうが!?


 よこたんにいさめるような視線を送るが、「ふんっ」とそっぽを向かれてしまった。


 なんでコイツはこんなに機嫌が悪いの?


 お昼のときは、あんなに上機嫌だったのに。


 ほんと女心とレディ的なガガ様の服装というものは、よく分からない。




「では長居するのも士狼の邪魔になるでしょうし、そろそろお開きとしましょうか。士狼、鹿目さん、それではまた学校で。行きましょうか洋子」

「あっ、うん。じゃあね、ししょー。バイバイっ! また学校でね。シカメさんも気をつけて帰ってね?」

「ありがとうございます。それではまた、月曜日に」

「おう、お疲れさん」




 簡単に別れの挨拶を済ませ、3人の背中を見送る。


 鹿目ちゃんが駅前の方へ歩いて行くのに対し、古羊姉妹は反対の高級住宅街の方へと帰っていく。


 そんな3人の姿を最後まで見守ろうとした矢先、突然芽衣のヤツがクルリと身を180度回転させ、タッタッタッタ! と我が家の方へと戻ってきた。




「よっ。どったの、そんなに慌てて? 何か忘れもんでもした?」

「はぁ、はぁ……えぇ、忘れ物をしたわ。それはもう大事なことを聞き忘れていたわ」

「聞き忘れていた? 何を?」




 鹿目ちゃんも居なくなったということで、いつもの素の口調に戻った芽衣が、肩で息をしながら真っ直ぐと俺を見てきた。


 その夜空の星たちにも負けない意志の強そうな光を宿す瞳を前に、思わず後ろへ後退する。


 がその分、芽衣が距離を詰め、


 ――トンッ! 


 と俺の胸元に、その綺麗な人差し指を軽く突き刺して、




「――アタシと鹿目さん、どっちの料理が美味しかった?」




 と聞いてきた。




「料理の面で言えば、おまえ。愛情という面で言えば、鹿目ちゃん」

「そんな生ぬるい回答なんざ聞いてないのよ。ようは『どっちの料理が好みだったか?』って聞いてんの、アタシは!」




 ジロリッ! と下からめ上げられる。


 俺がドMだったら今ごろ膝から崩れ落ちているところだ。




「ほらっ、どっち? どっちが好みだった? はやく言いなさい!」




 このスカタンがぁ! と今にも罵倒のデンプシー・ロールをまき散らさんばかりの態度で、俺に詰め寄る会長閣下。


 なんなら、このまま胸倉を掴まれそうな勢いさえある。




「お、女の子の手作り料理という点で鹿目ちゃん!」

「おいコラ? アタシも女の子だぞ、コノヤロー?」

「む、胸倉を掴まないで!? 理由ならちゃんとあるから!」




 俺の胸倉を掴む芽衣の手を、軽くタップする。


 男子高校生の胸倉を掴みあげるって……どんな腕力してんだ、この女?


 もう女子校生じゃねぇだろ?


 芽衣はフンッ! と鼻を鳴らしながら、しぶしぶといった様子で胸倉から手を離した。




「なら聞いてあげようじゃないの。その理由とやらを」

「お、おまえの料理ってさ、店に出てくるような高品質のヤツばっかだから、イマイチ女の子の手作り料理感が無いんだもん」

「なるほど……そういうこと」




 やっと納得がいったと1人頷く芽衣。


 その表情は心なしか少しだけ悔しそうに見えた。




「まさか料理スキルの高さが仇になるなんて……。古羊芽衣、一生の不覚だわ」

「あのぅ? 芽衣……さん? アダッ!?」




 芽衣の顔を覗きこもうとした瞬間、ピンッ! と鼻先を人差し指で軽く弾かれる。


 そのまま再びクルリと身を180度回転させると、器用に首だけ後ろに振り返り。




「じゃあね士狼、おやすみっ!」




 んべっ! とその苺のような真っ赤な舌をチロチロッ! と俺に向けて走り出した。


 気まぐれに近づいて、気ままに帰っていくその姿は、どことなく猫っぽいなぁと、そんなことを考えてしまった。




「なんだったんだ、アイツ? ……っと、いけねぇ。父ちゃんが帰ってくる前に、居間を片付けねぇと」




 3人の姿が見えなくなるのを確認するなり、俺は居間に散らばったブツを片付けるべく、我が大神ハウスへと身をひるがえす。




「さてまずは鹿目ちゃんの座っていた場所に頬ずりをして、この場所を聖域に認定――うん? なんか落ちてるな?」




 居間へと引き返し、彼女の座っていた場所に頬を近づけようと膝を折るなり、そのすぐ近くでピンク色のペンケースを発見する。


 これは確か……。




「鹿目ちゃんのペンケース……ハッ!?」




 瞬間、俺の脳裏に神託としか思えない、素晴らしい名案が思い浮かんできた。


 このペンケースを返しに行くという名目で、今から鹿目ちゃんと2人きりになれないだろうか?


 刹那、シロウ・オオカミの脳内スーパーコンピューターが、ものすごい勢いで計算を開始し始める。



 ①鹿目ちゃんのペンケースを今から届けに行く。 

      ↓

 ②告白の返事をする(もちろんOKで)

      ↓

 ③嬉しい、センパイ……抱いてっ!

      ↓

 ④ゴートゥホテル♪

      ↓

 ⑤超エキサイティングッ!

      ↓

 ⑥輝かしい未来



「こ、こうしちゃいられねぇ!」




 今夜はファンタスティックに告白して、ロマンティックな雰囲気のまま、エロティックに合体だ!




「愚弟? こんな時間にどこ行く気?」

「女のトコロッ!」

「あぁ元気のところね。あいつによろしく伝えといてねぇ~」




 お風呂へ入ろうとしていた姉ちゃんと遭遇し、適当にあしらいながら靴を履く。


 呑気な姉は、俺が本当に女のトコロに行くとは思っていないらしい。


 ……やっぱりまだ『ゲイ』だと思われているのだろうか?


 それは実に訂正したいところだが、今はそれどころではないっ!


 1分1秒でも早く、彼女のもとへせ参じなければっ!




「行ってきます!」




 と短く姉に告げ、玄関を蹴破らん勢いで我が家を飛び出す。


 そのまま猛牛よろしく、鹿目ちゃんが去って行った森実駅の方角へと全力疾走。


 それにしても俺という男は、ほんとに恐ろしい男だと常々思うね。


 あんな複雑な論理的展開を瞬時に導き出し、同時に行動を開始する類まれなる頭脳と行動力……もしかしたら俺の前世は異世界転生者だったのかもしれない。


 そんな自分に戦々恐々している間に、森実駅前の人気のいない公園で鹿目ちゃんの姿を発見する。




「居た居た! お~い鹿目ちゃ――」

「大丈夫だったか窓花? あの男に変なことはされなかったか?」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、ダイちゃん」

「……はっ?」




 彼女に声をかけようと進んでいた足がピタリッ! と止まった。


 俺の視線の先、そこには。


 鹿目ちゃんが、いつかファミレスで見かけたあの『とっつぁんメガネ』と愛おしそうに抱き合っている姿があった。

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