「まさか本当に料理が出来ただなんて……」
「もう、何回同じコトを言っているんですか? ……捻り潰すぞ?」
俺にしか聞こえない声量で笑顔で脅迫してくる、お優しい芽衣さま。
時刻は午後7時少し過ぎ。
太陽も西のお空へ『おやすみ』し始めるこの時間、俺は3人の少女を見送るべく玄関までやってきていた。
「センパイ。今日はお招きいただき、ありがとうございました。おかげで中間テストもなんとか乗り越えられそうです」
「そう? だったらよかった! また困ったことがあったら、いつでも先輩を頼ってくれていいんだからね? 困ってなくても頼ってくれていいんだからね? 何もなくても頼ってくれていいんだからねっ!?」
「……まあ教えたのはししょーじゃなくて、ボクなんだけどね」
「こ、古羊センパイも、ありがとうございました!」
慌ててマイ☆エンジェルに向かってペコリと頭を下げる鹿目ちゃん。
おいコラ、よこたんっ!
俺の可愛い後輩をイビるんじゃない!
可哀そうだろうが!?
よこたんに
なんでコイツはこんなに機嫌が悪いの?
お昼のときは、あんなに上機嫌だったのに。
ほんと女心とレディ的なガガ様の服装というものは、よく分からない。
「では長居するのも士狼の邪魔になるでしょうし、そろそろお開きとしましょうか。士狼、鹿目さん、それではまた学校で。行きましょうか洋子」
「あっ、うん。じゃあね、ししょー。バイバイっ! また学校でね。シカメさんも気をつけて帰ってね?」
「ありがとうございます。それではまた、月曜日に」
「おう、お疲れさん」
簡単に別れの挨拶を済ませ、3人の背中を見送る。
鹿目ちゃんが駅前の方へ歩いて行くのに対し、古羊姉妹は反対の高級住宅街の方へと帰っていく。
そんな3人の姿を最後まで見守ろうとした矢先、突然芽衣のヤツがクルリと身を180度回転させ、タッタッタッタ! と我が家の方へと戻ってきた。
「よっ。どったの、そんなに慌てて? 何か忘れもんでもした?」
「はぁ、はぁ……えぇ、忘れ物をしたわ。それはもう大事なことを聞き忘れていたわ」
「聞き忘れていた? 何を?」
鹿目ちゃんも居なくなったということで、いつもの素の口調に戻った芽衣が、肩で息をしながら真っ直ぐと俺を見てきた。
その夜空の星たちにも負けない意志の強そうな光を宿す瞳を前に、思わず後ろへ後退する。
がその分、芽衣が距離を詰め、
――トンッ!
と俺の胸元に、その綺麗な人差し指を軽く突き刺して、
「――アタシと鹿目さん、どっちの料理が美味しかった?」
と聞いてきた。
「料理の面で言えば、おまえ。愛情という面で言えば、鹿目ちゃん」
「そんな生ぬるい回答なんざ聞いてないのよ。ようは『どっちの料理が好みだったか?』って聞いてんの、アタシは!」
ジロリッ! と下から
俺がドMだったら今ごろ膝から崩れ落ちているところだ。
「ほらっ、どっち? どっちが好みだった? はやく言いなさい!」
このスカタンがぁ! と今にも罵倒のデンプシー・ロールをまき散らさんばかりの態度で、俺に詰め寄る会長閣下。
なんなら、このまま胸倉を掴まれそうな勢いさえある。
「お、女の子の手作り料理という点で鹿目ちゃん!」
「おいコラ? アタシも女の子だぞ、コノヤロー?」
「む、胸倉を掴まないで!? 理由ならちゃんとあるから!」
俺の胸倉を掴む芽衣の手を、軽くタップする。
男子高校生の胸倉を掴みあげるって……どんな腕力してんだ、この女?
もう女子校生じゃねぇだろ?
芽衣はフンッ! と鼻を鳴らしながら、しぶしぶといった様子で胸倉から手を離した。
「なら聞いてあげようじゃないの。その理由とやらを」
「お、おまえの料理ってさ、店に出てくるような高品質のヤツばっかだから、イマイチ女の子の手作り料理感が無いんだもん」
「なるほど……そういうこと」
やっと納得がいったと1人頷く芽衣。
その表情は心なしか少しだけ悔しそうに見えた。
「まさか料理スキルの高さが仇になるなんて……。古羊芽衣、一生の不覚だわ」
「あのぅ? 芽衣……さん? アダッ!?」
芽衣の顔を覗きこもうとした瞬間、ピンッ! と鼻先を人差し指で軽く弾かれる。
そのまま再びクルリと身を180度回転させると、器用に首だけ後ろに振り返り。
「じゃあね士狼、おやすみっ!」
んべっ! とその苺のような真っ赤な舌をチロチロッ! と俺に向けて走り出した。
気まぐれに近づいて、気ままに帰っていくその姿は、どことなく猫っぽいなぁと、そんなことを考えてしまった。
「なんだったんだ、アイツ? ……っと、いけねぇ。父ちゃんが帰ってくる前に、居間を片付けねぇと」
3人の姿が見えなくなるのを確認するなり、俺は居間に散らばったブツを片付けるべく、我が大神ハウスへと身を
「さてまずは鹿目ちゃんの座っていた場所に頬ずりをして、この場所を聖域に認定――うん? なんか落ちてるな?」
居間へと引き返し、彼女の座っていた場所に頬を近づけようと膝を折るなり、そのすぐ近くでピンク色のペンケースを発見する。
これは確か……。
「鹿目ちゃんのペンケース……ハッ!?」
瞬間、俺の脳裏に神託としか思えない、素晴らしい名案が思い浮かんできた。
このペンケースを返しに行くという名目で、今から鹿目ちゃんと2人きりになれないだろうか?
刹那、シロウ・オオカミの脳内スーパーコンピューターが、ものすごい勢いで計算を開始し始める。
①鹿目ちゃんのペンケースを今から届けに行く。
↓
②告白の返事をする(もちろんOKで)
↓
③嬉しい、センパイ……抱いてっ!
↓
④ゴートゥホテル♪
↓
⑤超エキサイティングッ!
↓
⑥輝かしい未来
「こ、こうしちゃいられねぇ!」
今夜はファンタスティックに告白して、ロマンティックな雰囲気のまま、エロティックに合体だ!
「愚弟? こんな時間にどこ行く気?」
「女のトコロッ!」
「あぁ元気のところね。あいつによろしく伝えといてねぇ~」
お風呂へ入ろうとしていた姉ちゃんと遭遇し、適当にあしらいながら靴を履く。
呑気な姉は、俺が本当に女のトコロに行くとは思っていないらしい。
……やっぱりまだ『ゲイ』だと思われているのだろうか?
それは実に訂正したいところだが、今はそれどころではないっ!
1分1秒でも早く、彼女のもとへ
「行ってきます!」
と短く姉に告げ、玄関を蹴破らん勢いで我が家を飛び出す。
そのまま猛牛よろしく、鹿目ちゃんが去って行った森実駅の方角へと全力疾走。
それにしても俺という男は、ほんとに恐ろしい男だと常々思うね。
あんな複雑な論理的展開を瞬時に導き出し、同時に行動を開始する類まれなる頭脳と行動力……もしかしたら俺の前世は異世界転生者だったのかもしれない。
そんな自分に戦々恐々している間に、森実駅前の人気のいない公園で鹿目ちゃんの姿を発見する。
「居た居た! お~い鹿目ちゃ――」
「大丈夫だったか窓花? あの男に変なことはされなかったか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、ダイちゃん」
「……はっ?」
彼女に声をかけようと進んでいた足がピタリッ! と止まった。
俺の視線の先、そこには。
鹿目ちゃんが、いつかファミレスで見かけたあの『とっつぁんメガネ』と愛おしそうに抱き合っている姿があった。