目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話 迷い狼オーバーラン

 朝から元気に発声練習(?)しつつ、無事『ホモ』疑惑を払拭することに成功した午前10時。


 俺は自室に戻り、寝巻きから私服姿にササッと着替え、勉強道具を持って1階のリビングへと移動した。




「遅いですよ士狼」




 もうすでに勉強道具を机の上に広げていた芽衣から、非難がましい目で見られる。




「月曜日にはもうテストなんですから、時間は無駄には出来ないんですよ?」

「うるせぇ、うるせぇ。おまえは俺の母ちゃんか?」

「へぇ? 勉強を教えて貰っておきながら、その言いぐさですか。そうですか、そうですか。……鹿目さん。ちょっとこの写真を見てもらっても――」

「いやぁっ! いつも勉強を見てくれてありがとう、芽衣さん! 今日も愚かなるわたくしめに、教鞭のほどを、よろしくお願いします!」

「分かればいいんですよ、分かれば」




 そう言って、手に持っていたスマホを大人しくポケットに仕舞い込む腹黒生徒会長。


 チクショウッ!?


 あの芽衣の虚乳を揉みし抱いている写真さえなければ!? と、過去の自分を往復ビンタしてやりたい衝動に駆られる。


 もちろん俺と芽衣の間でそんな高度な情報戦が行われているとは露とも思っていない鹿目しかめちゃんは、頭の上に「?」を浮かべながら俺達を見て首を傾げていた。




「あの会長? 写真って一体なんの――」

「さぁっ! 中間テストまでもう時間がないぞ? みんな、今日も集中して頑張ろう!」

「おーっ!」




 鹿目ちゃんの言葉をぶった切るように、よこたんと共に天高く拳を突き上げる。


 釣られて鹿目ちゃんも慌てて「お、お~っ?」と控えめに拳を上げる。


 ほんとこの子たちはイイ子だなぁ、養子にしたい。




「士狼の言う通り、そろそろ勉強を始めましょうか。今日はわたしが士狼に勉強を教えますから、洋子は鹿目さんの方を見てあげてください」

「うん。それじゃシカメさん、どこから始めようか? 苦手な教科とか分からない所とか、ある?」

「えっと……じゃあ数学Aを教えて貰ってもいいですか?」




 よこたんの「わかったよ」という声を合図に、みなテスト勉強に集中しはじめる。


 だが、どうしても俺だけは思うように勉強に身が入らなかった。


 もちろん、その理由は分かっている。


 そう、俺が鹿目ちゃんに告白されて早(はや)6日。


 俺はまだ、彼女に告白の返事を返していないのだ。


 いや、一刻も早く返事をしてイチャイチャ♪ したいっ! ……とは思ってはいるんだよ?


 でもさ? どうしても返事をしようとすると、今日みたいに2人からの邪魔が入って、告白の返事どころではなくなってしまうんだよね。


 これは由々しき事態である。


 言ってしまえば、俺はあと『出荷』→『納品』されるだけの状態なのだ。


 だというのに受け入れ先に届く前に税関に引っかかってしまって、届くに届かない現状。


 なんとかこの状況を打破したいところなのだが……う~む?


 いかんせん、妙案が思いつかない。




「士狼? 聞いているんですか士狼?」

「ハッ!? わ、ワリィ、ちょっと考えごとしてたわ」

「もう、しっかりしてくださいね。今は大事な時期なんですから」




 ゆっさゆっさ! と芽衣に身体を揺さぶられて、思考の海を漂っていた意識が現実へと帰還する。




「余計なことを考えていたら全教科赤点をとってしまいますよ?」

「全教科赤点って、ブワハハハハハッ! ないない! それだけはない!」

「むっ。それは分かりませんよ? 士狼のことですから、全教科解答欄を1個ずつズラして記入するかもしれないじゃないですか」

「おいおい? いくら俺でもそんなお茶目なマネはしねぇよ。なんだったら神に誓ってもいいね!」




 もし全教科赤点をとろうものなら、教会に行って懺悔してやってもいい。


 そもそも、そんな事態になった暁には我が大神家から俺の名前が抹消、もしくは追放されることは間違いナシだ。


 まぁこんだけ勉強しているし、そんな心配はご無用なんだけどさっ!




「そんなことよりも、告白の返事の方が大切……いやなんでもない」

「……なるほど。先ほどからの集中力散漫は、そういうことでしたか」




 納得がいったとばかりに『にっこり♪』と微笑む芽衣。


 ヤッベ!?


 つい口が滑って余計なことを言っちまった!?


 慌てて口つぐむが……やはりというか当然というか、芽衣にはバッチリ聞こえていたワケで……。




「安心してください士狼。……すぐそんなことが考えられなくなるように、バッチリ教育してあげますから」

「ひぇっ!?」




 そこから先の芽衣の教え方は、もうスパルタそのものだった。


 こちらの学習スピードギリギリを見計らい、どんどんペースアップしていく。


 少しでも理解が遅れれば、言葉の鞭で尻を叩く始末だ。


 ほんと勉強にしろ、身体にしろ、よこたんとは全然スタイルが違う。


 ハッキリ言って超怖い……。


 めっちゃ怖い、あと怖い……。




「また集中力が散漫になってますよ!」

「はいボスッ!」




 鬼コーチの傍らで、必死になって問題集を解く。


 結果、芽衣の目論見通り、告白の返事は俺の頭からポーンと抜け落ちていた。


 いやだってソレどころじゃなかったし。


 今の芽衣、なんか怖いし……。


 そんなこんなで集中すること約2時間。


 時刻はちょうどお昼時。


 俺のお腹のジャイアンがリサイタルを始めたあたりで、ふと芽衣が備えつけられた時計に視線をやった。




「そろそろお昼休憩を挟みましょうか。士狼、キッチンをお借りしてもいいですか?」

「別にいいけど、ナニすんの?」

「なにって、お昼ごはんを作るんですよ。3人とも、お腹空いていますよね?」

「なん、だと……っ!?」




 芽衣のその言葉に、つい目を見開いて驚いてしまう。

 お、お昼ごはんって、おまえまさか……っ!?




「芽衣。おまえ、まさか……料理ができるのか!?」

「……なんでそんなに驚いているんですか?」




 呆れた顔を浮かべる芽衣に、俺は慌てて口をひらいた。




「おまえ、料理って言ってもアレだぞ!? 卵かけご飯とかナシだからな!?」

「安心してください。わたしの中で『卵かけごはん』は料理にカテゴライズされていませんので」

「あ、あと暗黒ダーク・物質マターを作ったりとか、食べたら臨死体験する必殺料理とか、そういうのもナシだからな!?」

「逆にどうやったらそんな料理が作れるんですか……?」




 シロウ、知っているんだからね!


 おまえみたいな美少女の作る料理は、大抵は人を殺すほどのゲロマズだって!


 シロウ知っているんだから!


 情報源ソースはハーレムラノベ。なんでどいつもコイツも、人を殺せるレベルの料理が作れるの? 必殺料理人なの?




「大丈夫だよ、ししょー。メイちゃんの作る料理って、すっごく本格的で美味しいんだから!」

「そ、そうなの?」

「うん! 昨日食べた中華だってね、すごく美味しかったんだよ!」




 そう姉を自慢するように、自信満々に答えるマイ☆エンジェル。


 俺はそんな爆乳わんから目線を切り、改めて芽衣の方に顔を向けた。


 し、信じていいの? という捨てられそうな子犬のような目をした俺に、芽衣は「いいから任せなさい」とアイコンタクトを飛ばしてくる。


 そして俺から視線を切るなり、冷蔵庫の中身を確認して。




「う~ん、そうですねぇ……。では簡単に『オムチャーハン』でも作るとしますか」

「か、会長? オムチャーハンって、なんですか?」

「ざっくり説明するのでしたら、チャーハンを卵でとじたモノですかね」




 そう鹿目ちゃんに解説しながら、テキパキと調理の準備を始める芽衣。


 も、もしかしてコイツ、本当に料理が出来るのか?


 半信半疑で芽衣を見ていると、鹿目ちゃんがスマホをとり出してスクッ! と立ち上がった。




「ごめんなさい。ちょっと着信があったので、電話してきますね?」




 そう言ってリビングから廊下へと姿を消す鹿目ちゃん。


 その間にもキッチンからは小気味よい音が聞こえてくる。


 やがてジュゥ~ッ♪ とフライパンが油とシンフォニーをかなで出すと、機嫌がいいのか芽衣の鼻歌もリビングに居る俺達に届いてきた。




「やったね、ししょーっ! 今日のメイちゃん機嫌がいいから、かなり期待できるよ!」

「ほ、ほんとに? 信じていいの? 爆発しない?」

「……ししょーはメイちゃんに、どんなイメージを抱いているの?」




 怖がり過ぎだよ、と苦笑を浮かべるマイ☆エンジェル。


 その小さな鼻は子犬のようにヒクヒクッ! と動き、キッチンから流れてくる香ばしい匂いかぎ取ろうと必死になっていた。


 にへぇ♪ と顔を破顔させ、今か今かと料理が完成するのをワクワク♪ した様子で待つ爆乳わん娘。


 その姿は俺にどこか飼い主に『待て!』と命令されているワンコを彷彿とさせた。


 あぁ見える、見えるぞ。


 よこたんのお尻のあたりに、架空のシッポがブンブンッ! と振り回されているのが。


 なんだコイツ、可愛いなオイ?


 俺のお嫁さんに――いなっ!


 俺のお嫁さんは鹿目ちゃんだっ!


 異論は認めんっ!




「そろそろ料理が出来上がるので、机の上を片付けて貰えますか?」

「わかったぁ! おっひる~、おっひる~っ! らんらんる~っ♪」




 ウキウキ♪ と机の上に広がっている教科書やノートを片付けていくマイ☆エンジェル。


 よほど芽衣の作る料理が楽しみなのだろう。今にも小躍りせんばかりに、ご機嫌である。




「じゃあ机の方は、よこたんに任せるな。俺は鹿目ちゃんを呼びに行ってくるから」

「うんっ!」




 元気よく返事をする爆乳わんに、俺は内心ほくそ笑んでいた。


 キタキタッ!


 2人っきりになる千載せんざい一隅いちぐうのチャンスがっ!


 芽衣は料理で目が離せないし、よこたんは浮かれて俺から目を離している。


 今この現状こそ、告白の返事をする最高の好機!




「それじゃ、後はよろしく~♪」




 ガチャンッ! と居間の扉を閉め、廊下へ出る。


 さぁっ! 時間もないし、さっさと告白の返事をするぞ!


 待っててね、マイ・スィート☆ハニーッ!




「さてさて、鹿目ちゃんは何処いずこにぃ~?」




 そっと耳を澄ませると、2階から俺の愛しのマイワイフ(確定)の声がかすかに聞こえてきた。


 俺は2階へと続く階段を上がると、すぐに電話をしている鹿目ちゃんを発見。


 ……したのだが、う~ん?


 どうにも彼女の様子が、どこかおかしい?


 電話で話すその声音には、困惑の色が浮かんでいたのだ。




「うん、ごめんね? どうしても邪魔が入って、なかなか落とすに落とせないの」

『――ッ、――――ッ!』

「だ、大丈夫だから! ワタシがなんとかするから! だから、もう少しだけ待っててよ」

『――ッ、――――ッ』

「ち、違うよっ!? そんなワケない! ひ、酷いよ! 誰のためにワタシがここまでっ!?」


「……鹿目ちゃん?」




 俺が声をかけた瞬間、ビクッ! とその場で器用に跳ね上がる彼女。


 そのまま錆びついたブリキの人形のように、ギギギッ! とコチラに首を向ける。




「お、大神センパイ!? い、いつからそこに!?」

「いや、ついさっきだけど……大丈夫? 顔色が悪いよ?」

「だ、大丈夫です! ちょっとお母さんと軽く喧嘩しちゃって。でも、もう解決しましたから!」




 だから平気です! と無理やり笑顔を浮かべる鹿目ちゃん。




「そ、そんなことよりも大神センパイ! 何かワタシに用事があって声をかけたんですよね?」

「あぁ~、そうなんだけどさぁ……」




 さすがにこの雰囲気の中、告白の返事をするのは空気が読めていないにもほどがある。


 というか、普通にMU☆RI♪


 結果。




「……お昼ごはん出来たからさ、呼びに来たんだよ」




 という日和ひよった回答しか出来なかった。


 ほんと『ここぞ!』というときに勇気が出ないチキンな男子高校生、その名も大神士狼を今後ともよろしくお願いします!


 なんて政治家の挨拶みたいなことを内心で呟いていると、通話を切った鹿目ちゃんが。




「わかりました。それじゃリビングへ行きましょうか?」

「……うん」

「な、なんで急に泣きそうな顔になっているんですか!?」




 驚く鹿目ちゃんと共に、お昼を食べるべく1階へと下りる。


 結局、告白の返事は出来なかったなぁ。


 なんてことを考えながら、彼女と共に2階を後にするのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?