中間テストまで残すところあと3日となった土曜日。
俺、大神士狼は『朝、目が覚めると見知らぬ美少女が自分と同じ布団に入って眠っていた』という全男子諸氏の憧れ、妄想の産物、ドM大歓喜、ロマンティックが止まらない状況に置かれていた。
「ちょっと待て。いや待ってくれるか?」
誰に伝えるでもなく、そうつぶやいた俺は軽く両手で顔を覆った。
――もしかしたら俺は、知らず知らずのうちに大人への階段を登ってしまったのかもしれない……。
1度大きく息を吐き出し、自分の姿を見下ろしてみる。
今の俺は半袖短パンという、古き良き虫取り少年スタイルで、やや薄汚れた自分の寝床の上に見知らぬ美少女と共に横たわっている状況だった。
「ふぅ~……。気をしっかり持て、大神士狼。おまえなら昨日、ここで何があったのか思い出せるハズだ」
額に手を当て、瞳を閉じ、己の魂の返答を待った。
並みの男ならここで悲鳴をあげているところだろうが、俺、シロウ・オオカミはそんな無様なマネはしない。ゆっくり息を吐き、瞑想に突入する。
目覚めたばかりで、いまだ本調子ではない頭をフルに回転させながら、昨夜のことを思い出そうと努力した。
だが、
「………駄目だっ!? 残念ながら、まったく思い出せねぇ!」
いや、残念ながらとか言っている場合じゃねぇよっ!?
まだ5月中盤だっていうのに、背筋から嫌な汗が止まらないよねっ!
まるで浮気していた人妻に『しばらくアレ……きてないの』と死刑宣告された間男のように、プチパニックを起こしてしまうナイスガイ、俺。
「お、落ち着け、シロウ・オオカミ。ゆっくりでいい、ゆっくり何があったのかを思い出すんだ。……チクショウ、駄目だっ!? 残念ながら1番いいところの記憶がすっぽり頭から抜け落ちてやがる!?」
ば、バカなっ!?
そんな一昔前の『ドラクエ』のセーブデータのような出来事が、この身に降りかかったというのか?
な、何故だ!?
一体なぜ!?
――ハッ!? ま、まさかっ!?
「もしかして………あまりにも衝撃的な展開すぎて、記憶が飛んじまったのか?」
信じがたいが、そうとしか考えられない。
その証拠に、失われた記憶を妄想で補完しようと脳があることないこと勝手に記憶が改ざんするべく、高速回転しているのが自分でも分かった。
まったく、自分のクリエイティブな脳が嫌になるぜ。
「なにを1人でブツブツ言っているのよ、士狼?」
「うわっ!? って、その声はまさか……芽衣か!?」
「まさかも何も、その通りなんだけど? みんなのアイドル、古羊芽衣さんですよ」
「そのバカっぽい言動……間違いない、芽衣だ!」
「シバくぞ、ポンコツ?」
ベッドから起き上がり、ジロリッ! と俺を睨みつける芽衣。
俺は体中から殺気を発散させる会長閣下に、慌てて言い
「い、いやだってさ! 今日は制服姿じゃなくて私服じゃん? だから分からなかったんだよ!」
「アンタ、これまでにもアタシの私服姿を何度も見てきたじゃないの」
「おっしゃる通りで!」
そう言って、改めて芽衣の私服姿を視界に納める。
白のタンクトップにベージュシャツのワンピース、そして青色のジーンズを組み合わせていて、普段以上に大人っぽく見える。
ぶっちゃっけ好みか好みでないかと言えば……ドストライクだ。
「あ、アンタ……本人を目の前に、よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるわね?」
「おまえ、また俺の心を読んだのかよ……」
「今のは普通に声に出てたのよバカ」
そう言って、珍しく頬を赤くしながらそっぽ向いてしまう芽衣。
何気にコイツの恥ずかしがっているシーンを見るのは、久しぶりかもしれない。
これはまた、レアなところを目撃できたものだ。
と、ちょっとだけ役得気分を味わっているとガチャリッ! と、ノックもナシに部屋のドアが開いた。
「メイちゃん、ししょー起こしてくれた? って、なんだ。もう起きてたんだね、ししょー」
「っ!? なん、だと……っ!?」
そう言って部屋に入ってきた爆乳わん
なんせ今日のよこたんのコーデは、正直に言って……凄かった。
ホルターネックのトップに、デニム生地のミニスカート。
そしてみんな大好き白ニーソという組み合わせだ。
とくにミニスカートから露出している素肌とニーソの境目のぷにっ♪ とした太ももの具合が最高で、もう俺はどうしたらいいか分からなくなる。
ぜひとも、そのデニムミニのまま自転車に乗っていただきたいところだ――ってちょっと待て!?
彼女の
そうっ、よこたんの背中がエロい――違う、えらいことになっているのだ!
皆さんご存知の通り、キャミソールと違ってホルタ―ネックは露出が多くなるモノだが……我が不肖の弟子ヨウコ・コヒツジは、何ら躊躇いなく、全力全開で己の美肌を全世界に
本来ブラジャーの後ろ紐があるような所はもちろん、ウェストの
なんだあの服は!?
一体ブラジャーはどうなっているんだ!?
ノーブラか?
ノーブラなのか!?
「チワさんが『朝ごはん出来たから、はやく下りて来なさい』って……あれ、ししょー? 聞いてる? おーい?」
「ハッ!?」
何かと規制が厳しくなっていく昨今、これからは着エロの時代だな! と俺が確信にも似た予感を
い、イカンッ!?
俺としたことが、どうやら少し
俺は我が愛しの爆乳わん
そのまま心の中で『その服、ブラはどうなってるの?』と口ずさみつつ。
「その服、ブラはどうなってるの?」
と言った。
まさに心と身体は一心同体。
……ねぇ俺? バカなの? 死ぬの?
「ふぇっ!?」
案の定セクハラの火の玉ストレートを受けたマイ☆エンジェルは、目に見えて顔を赤らめる。
それと同時に、隣で静観していた芽衣ちゃんの目からハイライトが消えた。
あ、アカンッ!?
このままじゃ俺の好感度が日経平均株価のごとく大暴落してしまう!?
「ち、違うんだ、よこたんっ!? これは決して程度の低いセクハラとかじゃないんだ!?」
「ほ、ほんとに?」
「ほんと、ほんとっ! 俺はただ、今日のよこたんのファッションを褒めちぎろうとしただけで、他意はないんだっ! いやマジで!?」
「あっ、そうなんだ……、あ、ありがとう」
えへへっ♪ と強ばっていた爆乳わん
どうやらトークの魔術師シロウ・オオカミの類まれなる話術により、最悪の事態は回避できたようだ。
まったく、自分の才能が怖いね♪
「いやぁ、驚いた。よく似合ってるよ、その服」
「よ、よかったぁ~。実はこれ、メイちゃんに見立てて貰ったんだ」
そう言って嬉しそうに目を細めながら自分の姿を見下ろす、よこたん。
そんな彼女の隣で『どやぁっ!』と自慢げな顔をする芽衣。
おいおい、芽衣ちゃんよ?
おまえは、なんていい仕事をするんだ?
もう一生ついて行きますっ!
心の中で会長閣下に感謝の言葉を送っていると、よこたんが恥ずかしそうに身をよじった。
「ただ、ちょっとボクには派手かなって思ったんだけど……」
「そんな事ないわよ。ねぇ、士狼?」
「芽衣の言う通りだ! よこたん、今のおまえは最高だっ!」
「そ、そうっ?」
照れ笑いのような顔を浮かべる爆乳わん
「あぁっ、今日のおまえのファッションは最高だ! 断言していい! デニムのミニスカートから覗く絶対領域は男の視線を掴んで離さないし、なによりその背中がいいっ!」
「背中?」
「おうっ! 背中のブラ紐が見えないから、ノーブラなのかなって! だとしたら最高に素敵……で……あぁ」
たまに思うのだが、俺はバカなんじゃないだろうか?
何故俺は堂々と同級生に向かって『ブラジャーの紐が見えないけど、ノーブラなの? 最高に素敵だね♪』なんてコトを口走っているのだろうか?
変態なのだろうか?
見ると、よこたんが顔を真っ赤にして俯いていて……あぁっ!?
は、早く弁明しないと!?
「相変わらずノーデリカシーの名を欲しいままにしているわね、士狼。男の子の部屋に来るのにノーブラなんて、そんなワケないでしょうが。痴女じゃあるまいし。これは服の中にカップがついてんのよ」
「そ、そうなの?」
そうなのっ! と芽衣にベシッ! と頭を
とりあえず、この話題を広げると俺が変態であるというあらぬ誤解が広がりそうだ。
俺は場の空気を仕切り直すように「そういえばっ!」と声を張り上げた。
「な、なんで、よこたんまで我が家に居んの? 今日、遊ぶ約束とかしてたっけ、俺?」
「もう忘れちゃったの、ししょー? 昨日の放課後、ししょーの家で中間テストの追い込みをしようって話したじゃない」
「あ? ……あぁっ!? そうだった、そうだった! やっと思い出したわ」
そう言えば、そんな話をしたっけ。
昨日も結局、鹿目ちゃんと2人っきりで帰れずテンションがガタ落ちしていたから、聞き流していたわ。
「と、ところで、ししょー? あ、あのね? え~とぉ……」
「うん? なんだよ、急にモジモジしだして? トイレなら1階だぞ」
「そ、そうじゃなくて、そのぅ……」
妙に歯切れの悪い口調で、チラチラと部屋の隅に視線を送るマイ☆エンジェル。
その恥ずかしげな表情に眉をしかめながらも、よこたんの視線を追うべく部屋の隅に意識を向けた。
――そこには妙に肌色成分が多めで、下着という習慣に
はい、エッチな本ですね。
ありがとうございます。
「み、『乱れる白ギャル~生徒指導と秘密の個人授業』……。こ、コレ見たの?」
恥ずかしげに本のタイトルを口にする爆乳わん娘。
さてさて?
本物の妹のように大切に接しきた女の子に、エッチな本が見つかった場合、はたして人にはどれだけの選択肢があるのだろうか?
とりあえず、ざっくりシミュレーションしてみる。
1、慌てて本を見えないところに追いやり、こっそり泣く。
2、それがどうした? とポーカーフェイスを装いながら、心の中で泣く。
3、「おまえが傍に居れば、こんなもの必要ないんだけどな」とさりげなく好意をアピールしながら、スケベな方向に話しを持っていきつつ、泣く。
4、ケケケケケケケッ! と悪魔のような笑い声を発しながら、全裸で踊り狂い、「不思議ちゃんだからしょうがないよね!」と思わせつつ、泣く。
5、この場で彼女を性的に襲い、エロ本のことなどどうでも良くさせ――豚箱で泣く。
6、率直に泣く。
う~ん?
個人的には、2番と6番が狙い目かなぁ。
「まぁ士狼も男の子だし、しょうがないわよね。あっ、見て見て洋子! ここのトコロ、折り目がガッチリついているわよ!」
「うわっ!? み、見せないでよ、メイちゃん!?」
「なるほどねぇ~、士狼はこういうのが好みだったんだぁ~♪」
プフッ♪ と笑いを
……ここは1つ、2番と6番はやめて、5番にいくべきだろうか?
「あ、あのぅ? センパイのお姉さんが『はやく降りて朝ごはん食べろ』って言っているんですが?」
「し、鹿目ちゃんも来てたんだね。おはよう。道には迷わなかった? 大丈夫?」
「大神センパイ、おはようございます。はい、会長たちと一緒に来たので平気です」
「そっか、ならよかった」
なるべく鹿目ちゃんの意識が部屋の隅にあるエッチな本へと向かないように、必死に声をかける。
か、彼女にだけは、この本を見せるわけにはいかない!
とくに『幼児退行プレイ ~よちよちフィニッシュ120分~』だけは絶対にっ! 絶対にだっ!
鹿目ちゃんの情操教育のためにも、なにより俺の株的にも!
「では士狼も起きたことですし、みんなで下へ降りるとしましょうか。ほら士狼、はやく布団から出てください」
「お、俺は後から行くから、先に3人で降りてくれ」
「? 何をモジモジしているんですか? いいから布団から出てください」
鹿目ちゃんがいる手前、いつもの生徒会長モードに切り替えた芽衣が、強引に俺の布団を引っぺがそうとする。
が、俺も負けじと指先をプルプルさせながら、布団を死守しようと力をこめる。
「な、なにをやっているんですか士狼? いいから手を離してください!」
「ちょっ!? 今はダメ! マジでダメだって!」
「ダメじゃありません。ほらっ! はやく朝ごはん食べて、テスト勉強しますよ。立って、立って!」
立てないんだよ、
というウィットに富んだジョークを、寸前のところで飲み込む。
そう、今の俺の下半身は朝の生理現象と相まって、
きっと風の谷的な少女が、今、俺の大神士狼ジュニアを指で弾いたら、キィン! という甲高い音が部屋中に鳴り響いて「いい音♪」なんてうっとりしながら頬ずりしてくるに違いない。って、ちょっ!? おまっ!? 芽衣!? 力強すぎ!?
「いつまでそうしているつもりですか? はやく立ってください士狼」
「ば、バカおまえ!? そ、そんなに引っ張ったらポロる! ポロるよ!?」
「ポロるって何がですか?」
いまだ事の深刻さを理解していない芽衣が、グイグイっ! と布団を引っ張る。
ま、マズイ!
このままでは大神
俺はなんとか布団を取り返そうと、体勢を整えようとして……。
――つるっ。
と足を滑らせてしまった。
「うわっ!?」
「へっ? キャッ!?」
そのまま俺が芽衣をベッドに押し倒すような形で、上に覆いかぶさり。
「うるせぇぞ、ガキども! 今何時だと思って……あっ?」
「あっ……」
バンッ! と勢いよく扉を開けて入ってきた姉ちゃんが、俺たちを見るなり眉をしかめた。
さぁ想像してごらん?
扉を開けたら実の弟が血走った瞳で女の子をベッドに押し倒して、こちらを覗きこんでいる姿を。
しかも最悪なタイミングで男の子特有の朝の生理現象が発生しているときたもんだ。
客観的に今の自分の立場を分析するに『信じて送り出した女の子が、実の弟に性的な意味で食べられそうになっている』という図になるわけだ。
……なるほど、これはもう完全にアレだな。
誰がどう考えたって、重大な性犯罪を犯そうとしているようにしか思えないな。
大の男がこっちを見ながら血走った目で女の子を押し倒しているなんて、凄まじい身の危険を感じるのは
というか普通に怖いわ……
「ぐ、愚弟……。あ、あんた……あんたッ!」
「ち、違うんだ姉ちゃん! 俺の話を聞いて――」
「あんた、女の子に興味があったの?」
「俺はホモじゃないっ!」
言葉がジェットエンジンのごとき勢いで飛び出ていった。
なんとも聞き捨てならない台詞を放つ我が家のリトルボスに、思わず声を荒げてしまう。
ちょっと待ってくれ?
もしかして俺はずっと実の姉に『男色ホモ野郎』だと思われていたってことか!?
逆によくそれで今まで普通に接してきてくれたな、ありがとう!
いや、なんでお礼を言っているんだ俺は?
バカなのか? ……あぁバカなのか。
そんな1人で勝手に混乱している俺を前に、姉ちゃんは「だって」と心底驚いた声音で口をひらいた。
「あんた、高校にあがっても彼女の1人も作らないから、てっきり女の子に興味がないモノかと」
「そ、そうなの、ししょー? 女の子に興味ないの?」
「えっ!? そ、そうなんですか大神センパイ!?」
「士狼、もしかしてあなた……ホモなんですか?」
「あるよ! バリバリ興味あるよ! 俺、変態だよ!?」
なぜ俺は起きて早々、自分の部屋で後輩と同級生、そして実の姉に向かって『変態』宣言しなければならないのだろうか?
ナニコレ?
新手のイジメかな?
「まあこの際、愚弟が変態かどうかなんて今はどうでもいいとして」
「どうでもよくねぇよ!? 俺の名誉に関わる話だよ!」
姉ちゃんは心底どうでもよさそうにため息をこぼすと、クイッ! と親指を廊下に向けて『はやく部屋から出ろ』と合図を送った。
「とりあえず、全員下に降りな。朝ごはんが冷めちまうわ」
「「「……はぁ~い」」」
「いや、『はぁ~い』じゃなくて! ちょっ、おまえら戻ってこい! いや戻ってきてください、お願いします! いやほんと、お願いだから俺の話を聞いてくれぇぇぇぇぇぇっ!?」
こうして俺の祈りにも似た叫びは、澄み渡る青空へと吸い込まれて消えた。