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第16話 ゴシックロリータ

 警察手帳を手に持った井浦は異世界に立ちすくんでいた。金沢市堅町BELSELたてまちべるせる、北陸随一のクールジャパンと銘打ったビルの1階には、片町のガールズバーで芽来が着用していたロリータ、ゴシックロリータとカテゴライズされる洋服が販売されていた。


「なんじゃこりゃ」


 ポリエステルとポリウレタンの独特な肌触り、綿のレース、黒や赤、白、ピンクの生地に苺や花の総柄、その裾には熊や頭に角が突き刺さった馬が背中に羽を生やして飛び回っている。肩紐、キュッと絞られたウエスト、膝あたりまでのスカート丈、着用する人物はな体型を連想させた。


「鳥籠みたいだな」


「分かります!?お客さま、そうなんです!こちらは鳥籠をモチーフにした先週入荷したばかりのお洋服なんです!スカート部分には、ほら!繊細なドット柄のレースを贅沢に重ねていて、薔薇のレースが鳥籠みたいにスカートを包み込むデザインは新作の中でもイチオシ、スカートから垂れ下がったサテンリボンも珍しくて、とーーーーーーっても可愛いです!」


「そうか」


「それに、胸元はレースアップで背中がシャーリングですからどの様な体型の方にもお召しいただけます。ショルダーストラップで丈の長さを調節する事も出来ますから、背の高い方にもおすすめです!」


「おう」

「で、贈り物ですかぁ?」


足の爪先から頭の天辺までお花畑、芽来とよく似たチョココルネパンのような縦ロールの髪、首元には十字架のぶら下がったリボン、頭にはヘッドドレスとやらの蒲鉾の板が乗り、化粧は人相が判別不明なほどに盛った女性店員がそのワンピースをして来た。


「こいつあ幾らするんだ」

「幾ら、とは」

「値段だよ、値段!」

「税込で53,900円となります、お手頃なプライスとなっております」

「どこがだよ!」


 井浦はその値段に辟易しながら顧客台帳をペラペラと捲り、他の警察官は店のバックヤードでパソコンに登録された顧客名簿を閲覧、プリントアウトした。顧客情報はセールや新作商品入荷のハガキやメールを発送する為、住所氏名年齢は実在するものが大多数だと言った。


「こりゃ、いつのもんだかわかるか?」


 芽来の後ろ姿の拡大写真を女性店員に見せるとその顔はパッと明るくなった。


「これ、イチオシの新作です!」

「テメェんとこは、イチオシと新作ばっかりだな」

「はい!この鳥籠ワンピースの色違いです、一着しか入荷しませんでした!」

「で、これを購入した日付、人物、分かるか、どうだ」

「あーーーー、現金支払いでなければクレジットカード決済で日付とお名前、分かるかも知れません」

「おう、じゃあ、上に聞いて探しといてくれ」

「はい」


 アルバイトの女性店員はそう答えると鳥籠ワンピースをマネキンに被せ始めた。なかなか器用で手際が良い。暫し考えた井浦はそれを指差した。


「おう、やっぱりそれ、包んでくれ」

「え」

「プレゼント用だ、ラッピングも頼む」

「支払いはこれで」

「はい!ありがとうございます!」


 井浦は個人名義のクレジットカードを女性店員に手渡した。







 井浦はガサゴソとピンク色のショップバックからピンクのビニール袋を取り出した。王冠がモチーフのシールで封がされていた。


「源次郎、着てみろ」

「なんですか、これ」

「ゴシゴシだ」

「ゴシックロリータ、分かりますけれど。これを着るなら咲さんでしょう」

「背の高い男でも着れるそうだ」

「着れないですよ」

「見りゃ分かる」


 黒い鳥籠ワンピースは源次郎の厚い胸板の辺りで悲鳴を上げていた。ちょうどそこへ買い物から帰ってきた佐々木咲は、目の前に広がる混沌とした空間に驚愕し、エコバッグの中の卵のパックは粉々に砕けた。お陰でその晩、三人は巨大なオムレツを箸で突く羽目になってしまった。


「・・・・で、なんでいきなりワンピースなんですか」

「心臓が止まるかと思ったわよ」

「止まりゃ良かったんだ」

「井浦!あんたに食わせる飯はねぇ!帰れ!今すぐ!」


 井浦はピンク色のショップバッグを指先で摘み上げると左右にぶらぶらと振って見せた。


「これと色違いのイチオシで新作のワンピースを買った男が分かった」

「それがどうしたんですか?」

「そいつが芽来の彼氏だ」

「彼氏」

「彼氏っつーてもパパ活相手だな」

「やっぱり、芽来さんはそうやって暮らしているんですね」

「家も金もねーからな」


「パパ活って事でなかなか任意同行に応じねぇが吐くのも近いだろうよ」

「ようやく芽来さんとご対面ですね」

「おう」


「ジャーン、見て、可愛い?」


 その時、ゴシックロリータのワンピースドレスを身に纏った佐々木咲が源次郎と井浦の周りを腰を振りながら歩いて回った。源次郎は拍手し、井浦は「反吐が出る」と顔を背けた。

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