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第14話 片町

 金沢市片町は、東京都や大阪市、札幌のすすきのとは比べ物にならないが、石川県内では最大の繁華街だ。


 朝はサラリーマンが生真面目な表情で勤務先へと急ぎ、昼の時間帯は品の良いご婦人やご高齢の方々が地元有名百貨店で買い物を楽しむ。

 夕方になれば中学生や高校生が街に繰り出してゲームセンターやマクドナルドハンバーガーで戯けて笑うといった至って健全な街、片町。主だった観光地である金沢城や兼六園、21世紀美術館もすぐ隣に位置し、外国人観光客の姿も多く見られる。


 ところが、日が暮れ、金沢城にカラスの群れが帰り始めると車道には多くの車の白いヘッドライトが点る。連なる赤いテールランプ。満員のバスが昼間の景色を郊外へ連れ去るとその雰囲気は一変する。


 勤務を終えた会社員や大学生で溢れかえる居酒屋では乾杯が繰り返され実に賑やかしい。すっかり酔いが回ったスクランブル交差点の四つ角では、黒いスーツを着た男性が客引きを始める。また、時計が午前0時を過ぎるとホテルのエントランスには黒いミニバンが横付けされ、ごくごく普通の装いのデリヘル嬢が、次のホテルへと向かう。


 やがて白白と夜が朝を連れて来る。そして、店の前に出されたゴミ袋をカラスたちが突く。始発のバスが行き交い、沿道からタクシーの行列が消える。



それが金沢市片町。



 大野和恵が経営していた大野牧場に、五年から六年前、突然現れた。氏名年齢不詳、住民基本台帳に記載なし、無免許、現在分かっている事はだけだ。

 身元が判明すれば任意同行も可能だが、芽来の消息は以前不明。彼女の画像が一枚も無いので聞き込みは難航した。唯一、ガールズバーの集合写真で後ろ姿を確認する事は出来たが、それ以来、この店に顔を出す事は無かった。



「芽来ちゃん?ここのスタッフじゃ無いよ」

「たまたま居ただけだよね」

「うん」


『何処の店で働いているか分かる?』


「えーーーーー、あの子、天然っていうか」

「不思議ちゃんだよね」


『不思議ちゃん?』


「なんか良く分かんない」

「この辺りはフラッと現れるって感じ」

「どこ住みかも知らなーーーい」

「彼氏がいるとか聞いたけど」


『彼?』


「うん。名前は知んない、金持ってるって」

「だよね。いつも新しいドレス着てるよね」


『ドレス?』


「ゴシックロリータ、おじさん、知ってる?」

「知らないんだ、調べなよ」

「調書、調書ーーーーー!」



 調書も何も、目の前で話している相手とは言葉が通じているのか居ないのか、酔いどればかりで一向に的を得ない。似顔絵を描いてもらったが女性の化粧は七変化、芽来の印象は会うたびに違うと言った。ただ、交際相手がいる事は大きな前進だった。


「うーーーーーーーん」


 源次郎に肩を揉まれながら井浦は腕を組むと渋い顔をした。渋い顔をしたが、その指先が肩甲骨と鎖骨あたりをキュと押すと、微妙な笑みを浮かべた。


「井浦、あんたその顔、気持ち悪いからやめな」

「ウルセェ、チワワ黙ってろ」

「井浦さん、気持ちいいですか?」

「あ、あ、最高だ」

「きっも!きも!」


 リビングテーブルの上には片町での聞き取り調査結果が書き記されたA5版の白いコピー用紙があった。



「ふーーーん、芽来ちゃんってイタチね」

「どういう意味だ」

「イタチごっこ」

「スルスルっと」

「うるせえブワーーーーーカ」


「イタチって白いと可愛いよね」

「あいつら茶色じゃねぇか」

「知らないの!?夏と冬じゃ色が違うのよ!」

「そうかよ!」

「そうなの!」


「あ」


「なんだしまじろー」

「源氏名」

「は?」

「水商売なら本名ではなく源氏名を使います、よね」

「源氏名、偽名か」

「偽名というよりお仕事の時のお名前ですけれど」

「なーーる、名前を変えてるかもね!」



 と、ここで急に佐々木咲がつつつつと源次郎に寄り添い、頭を肩に乗せて甘える素振りを見せた。それを見た井浦は手で佐々木咲をしっしっと追い払った。


「なにやってんだ、テメェ」

「咲さんの名前は、でしたね」

「うん♡」

「源次郎」


「なんだそれ」


「僕たち、片町のガールズバーで知り合ったんです」

「初耳だぞ」

「聞かれていませんから」


「チワワもガールズバーって歳じゃねぇだろ!」

「片町は夢と希望の街なんですーーーう」

「クソっ!」

「あんたが片町なんてガサ入れの時くらいでしょ!かっわいそー!出会いが無くてかっわいそー!」

「俺は事故現場で出会いはあったわ!」

「誰と」

「こいつだ!」


 源次郎の左手の薬指には輝く二本のエンゲージリング。今夜も人気者の源次郎であった。



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