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第13話 禄剛崎灯台

 井浦と源次郎は石川県珠洲市、能登半島の突端にある断崖絶壁、見下ろす波間はコバルトブルー、禄剛崎ろくごうさき灯台を見上げていた。タクシーを停めた駐車場の看板には(道の駅 狼煙のろし)とあり、井浦は豆乳ソフトクリーム、源次郎はおからドーナツを頬張っていた。大豆は珠洲の名産品である。


「しまじろー」

「はい」

「それ、美味いか」

「はい、もそもそしますが優しい味がします」


 源次郎が一口頬張ったドーナツの穴から井浦を見た。


「交換してくれ」

「美味しくないんですか」

「寒ぃ」

「こんな風の強いところで、そんな冷たい物を注文するからですよ」


 源次郎は仕方なしにドーナツとソフトクリームを交換した。


「もう、仕方ないですね」

「おう」


 源次郎はソフトクリームの先端をチュパチュパと音を立て吸い込んだ。井浦はその唇を眺めながら違う意味で震え上がった。


「何も収穫なしじゃないですか」

「それで良いんだよ」

「良いんですか」

「おう」


「何もねぇって事は、大野和恵の遠縁話はぜーーーーんぶ虚偽て事だ」

「なし、嘘」

「そうだ」


 石川県警察本部から奥能登まで片道158km、片道乗車運賃は50,000円少々、片道所要時間は約3時間、聞き込みの間や休憩の時間は源次郎の好意によりメーターを止めてはいるが「何も収穫なし」で「往復100,000円」など良いはずが無い。


「井浦さん、いつも思ってたんですが」

「なんだ」

「なんで移動方法がタクシーなんですか」

「そりゃ、いつもしまじろーと一緒に居たいからに決まってるじゃねぇか」


 源次郎はソフトクリームのコーンの尻尾部分をズズズと吸い乍ら、何事も無かったように、口元に付いたドーナツの食べカスを指先で舐める井浦を見た。


「血税ですよ」

「おう、俺も税金は納めてるぞ」

「井浦さん」

「なんだ」

「井浦さん、警察車両覆面パトカー、廃車にしたって本当ですか」

「ん」

「したんですね」

「あーーーー、ちょっと逃走車両にぶつけただけだ」

「だから、警察車両、貸して貰えないんですね」

「さ、帰るか」

「そうなんですね」


 二人は日本海の断崖絶壁を駆け上がる風に凍え乍らタクシーに乗り込んだ。


 井浦は大野牧場の牛舎前で撮影された家族写真を手に、大野和恵と元夫の大野達也の親戚筋をしらみ潰しに訪ねて歩いた。達也の親戚は勿論の事、和恵の血縁関係者は知らぬ存ぜぬで二十年前の事は思い出したくも無いという雰囲気を醸し出していた。その中で唯一の証言は「この男山下五雄が金の無心に来た」というものだった。


「それ以来、大野和恵さんは孤立してしまったんですね」

「みたいだな」

「それじゃ、男の子を預けたというのも、嘘」

「そうだな」


 大野和恵は親類縁者から絶縁され、同居している内縁の夫からは日常的にタバコの火を押し付けられる等のドメスティックバイオレンスを受けていた。彼女は人気ひとけも疎な河北潟干拓地で孤立した暮らしを強いられていたに違いなかった。


「事ある毎にという言葉を使っていますが、能登に帰りたかったのかもしれませんね」

「望郷てやつか」

「はい」


 井浦と源次郎はフロントガラスに広がるアスファルトの一本道を無言で眺めていた。夕日が傾き、日本海へと沈んで行く。


「さて、そうなると」

「さて?」

「もうひとりの遠縁人物の登場だ」

「あ」

「キラキラネームが誰かって事だ」

「芽来さん」

「今、県警と金沢中警察署の連中が片町界隈でキラキラネームを探している」

「それじゃ、すぐに見つかりますね」

「なら良いけどな」


 内灘町、かほく市、津幡町、金沢東警察署管内の住民基本台帳を洗いざらい調べた所、芽来と言う名前は存在したが、二歳、五歳、八歳、九歳で「該当者無し」との報告が上がってきた。今後はその範囲を広げてゆくが膨大な数に上る。




 能登からの帰路、牛丼を食う井浦の携帯電話に、大野牧場から1km離れた酪農家の牧場主が「そうや、思い出したわ」と連絡を寄越した。


「芽来ちゃんな、確か、五年か六年前くらいに和恵さんが連れて来たんや」

「遠縁の娘」

「そうそう、遠縁の子やて言うとった」

(また、遠縁か)


「それで」


「あんた学校行っとらんがかって尋ねたら、いじめられたから学校に行っとらんて言うとったわ」

「何処の、小学校、中学校、高校?」

「あんま、言うとうないみたいやった。ほやから聞かんかった」

「そうですか」

「背は高かったしなぁ、中学生、いや、高校生やと思うわ」

「ありがとうございます」


「またなんか思い出したらあんたんとこ、電話すればいいがけ?」

「お願いします」

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