生成りのレースカーテンからは柔らかな朝日が差し込んでいる。骨ばった男の指先に抱えられ上下する程よい肉付きの白い太腿。アイアンフレームのベッドが軋む度に埃がキラキラと光を放つ。女の喘ぎ声。
「あ、あ」
熱を帯びた吐息がリビングに充満した。
「どうでしたか?」
「夜勤明けって燃えちゃうよね」
「同意します」
「ふふ」
女はマットレスに肘を突くと緩やかに身を起こし、フローリングに脱ぎ捨てた黒いレースのブラジャーを着け、揃いのパンティに脚を通した。
パチン!
両指でパンティのゴムを伸ばして離す。
トントン!
軽く飛び上がり俯き加減になると脇の肉をブラジャーのカップへと収めた。
「女の人の身体って流動的ですね」
「あら、源次郎の
男は顔を赤らめ、掛け布団で下半身を隠した。
「ふふ。ベッドの中では猛獣なのに、昼間は仔猫ちゃんみたいね」
「そ、そうですか」
「そ、ソコがまた堪らないわ」
その時、インターフォンが鳴った。暫く無視を決め込んだがそれは連打され女のこめかみには青筋が立った。
「また
「あんたこそ、性懲りも無く毎回、毎回、よく来るわね!」
「うるせぇ」
石川県警捜査一課 警部補
細身で身長185センチ、やや白髪混じりの前髪を後ろに撫で付けている。
視力は弱く、常に赤っぽい
井浦結と聞けば、可憐な少女を連想するが中身は獰猛なドーベルマンだ。しかも口が悪い、自分勝手で横暴、人の迷惑も顧みない。
短所しか思い付かない。
井浦は、リビングの方向を黒い革靴で爪先立ちして覗き見た。女がその視線を遮る。
「不法侵入で県警に凸電するわよ!」
「きゃんきゃんウルセェな!」
「あんたも大概、うるさいわよ!」
「チワワみたいな顔しやがって、その早口言葉みたいなテメェの名前、何とかしろ!」
「そんなの私の爺さまに言いなさいよ!」
「爺さん!」
「そうよ、爺さまが名付け親よ!」
「名付けジジィか、妖怪みたいだな!」
「黙れ!」
北陸交通タクシー配車センター勤務
色白で丸顔、髪は漆黒、小さな耳がチラリと覗く顎までの長さのワンレングス、襟足は短く刈り上げられている。
健康的な中肉中背、女性的なライン、特に胸は豊かだ。
ふと井浦は、目の前に立ちはだかる半裸の咲をまじまじと眺めると、腰の手錠に手を掛けた。
「佐々木咲、公然わいせつ罪で逮捕する!」
「彼氏の家で脱いでて何が悪い!」
「脱ぐような事をしたのか!」
「
「事故!」
「耳まで老化したんじゃ無いの!?セックスした後だって言ってるの!」
「セ、セックス」
「赤い顔すんな、キモいな!」
井浦は、理由は分からないが独身である。彼女が居たとか離婚したとか、女性に
「く、くそっ!」
「何、悔しがってんのよ」
井浦は言葉に詰まったが、大きく息を吸い、再び傍迷惑な大声でその名を呼んだ。
「しまじろー!居るんだろ!入るぞ!」
「あ、ちょっと!なに勝手に入ってんのよ!」
井浦は革靴をポイポイと脱ぎ散らかし、咲は仕方ないとため息を吐きながら、それを左右に揃え玄関ドアの鍵を回した。
開け放たれたカーテン。男性は、朝日が差し込むキッチンでコーヒーメーカーのスイッチを入れ、お揃いの三個のコーヒーカップをトレーに並べて微笑んだ。井浦は、ベージュのトレンチコートを脱ぐと焦茶の革のソファーに投げ置いた。咲はそれをむんずと掴むと木製のハンガーに、手際よく掛けた。
「井浦さん、おはようございます」
「おう」
「気持ちの良い朝ですね」
「俺はチワワに吠えられて気分最悪だがな」
井浦の目は、白いワイシャツとグレーのタイトスカートに着替えている咲を一瞥した。
「お前ら、夜勤明けに一発タァ、元気なこって」
「あんた、源次郎の勤務表でも持ってんじゃないの?」
井浦は、焦茶のスーツの胸ポケットから、折り畳んだ白い紙を取り出して咲に見せて寄越した。それを開いた眉間に皺が寄った。
「なんであんたが、これ持ってんのよ!」
「しまじろーが、コピーしてくれたんだ」
「あ、井浦さんが欲しいって言ったので、コピーしました」
「源次郎、バカなの!?」
「え」
「これからもこ、い、つ、はこうやってイチャコラしている所に乱入して来るわよ!」
「ふふん」
「ふふんじゃないわよ!」
リビングに苦みを含んだ香ばしいコーヒーの匂いが広がった。
北陸交通タクシードライバー
佐々木 咲と交際1年、半同棲の付き合いだ。面差しは柔和で全体的にバランスが良い。
井浦とは数年前の自身が起こした交通人身事故の現場検証で出会い、以来
「それで、今度の事件は何ですか?」
「あぁ、偏愛的嗜好か、遺体の一部だけが刺された遺体が埋まってた」
「何処に」
「河北潟の蓮根畑だ」
井浦は度々こうして源次郎に捜査協力の依頼をする。捜査情報漏洩は許されざる行為だが、源次郎は以前起こした人身事故の際に井浦に恩があり、この件に関しては絶対に口外しない。咲は井浦から口止め料を、
そこまで口にした所で胸ポケットからピーピーピーと呼び出し音が鳴った。井浦は眉間に皺を寄せ「チッ!」と舌打ちすると携帯電話を手にソファから立ち上がった。ドーベルマンがガウガウと噛み付いている。ご愁傷さまだ。
スピーカーフォンの向こうで男性が怒鳴っている。井浦はコーヒーカップを握ると、やや温くなったコーヒーをぐいっと飲み干し木製ハンガーからベージュのトレンチコートを剥ぎ取った。
「何か、あったんですか」
「駐車違反」
「は?」
「俺の捜査車両が、駐車違反でしょっ引かれそうなんだと!」
「また、なぜそんな」
「交差点の左折レーンで渋滞起こしてんだと!」
「ばっかじゃないの!なんでそんな所に停めるかな!?」
「うるせぇ、チワワは大人しくベッドの上でキャンキャン言ってろ!」
井浦は「また来る」と言い残して革靴の音もうるさく玄関ドアを後ろ手に閉めた。咲は大きなため息を吐きながら施錠する。
「源次郎、何であんなのと付き合ってんの」
「面白いからです」
「それだけ?」
源次郎はベッドに腰掛け、咲を手招きした。
「僕がドライバーになりたての頃、人身事故を起こした話はしましたよね」
「うん」
「実は相手の男性が当たり屋だったんですよ」
「当たり屋」
「そう、これです」
頬に爪先を当てると上から顎に向かい斜めに筋を走らせた。
「あぁ。それ系の当たり屋」
「はい」
「で、なんでそこに捜査一課がしゃしゃり出て来るのよ。」
「その数日前にその男が傷害事件を起こして井浦さんたちが探していたんです。」
「なるほど。」
「井浦さんの口添えもあって、免停を免れました」
「免許停止」
「はい」
「ドライバーの免許停止は=無職みたいなものです。」
咲は呆れた表情で無邪気な笑顔を見下ろした。
「源次郎、運転技術も猛獣なの?」
「若い頃は結構、色々とやらかしていましたね」
「意外」
「今では落ち着きましたけどね」
「どうだか」
咲は、空になった