目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
こんな病院は嫌だ!~異世界転生編~
かくはる
文芸・その他ショートショート
2024年10月06日
公開日
3,264文字
連載中
「点滴の濃さ、ベッドの硬さ、トッピングはどうしましょう?」
病院にたどり着いた主人公、そこはまるでラーメン屋であった…!
戦慄の異世界転生コメディ

第1話

カウンターの奥、火にかけられた寸胴すんどうから、もうもうと湯気が立ち上っている。

「へい、いらっしゃい!」

ぬっと突き出た、ねじり鉢巻きの禿げ頭。元気よく挨拶する、笑顔の大将。

驚いた僕は、とっさに、店から出てしまう。

一呼吸おいて振り返り、暖簾のれんに印刷された文字をもう一度、ゆっくり読む。

…内科診療、すこやかクリニック。ふむ。

「内科診療…」

僕はつぶやき、再び暖簾をくぐる。

「へい、いらっしゃい!」

目の前の人物は、まるでラーメン屋の大将である。

「ご注文は券売機で、どうぞ!」

「…ここは、病院ですか?」

「へい、すこやかクリニックです!」

券売機を見ると、ズラリと並んだ押しボタンに、咳、頭痛、腹痛、などと症状が記載してあり、三千円などと値段も一緒に記載してある。

「…高いな」

「ああ、保険証提示で割引、トッピングのサービスありますんで!」

大将が笑顔で告げる。

明らかに病院ではない雰囲気。しかし、僕はその人好きのする笑顔につられ、ここでてもらうことにした。

「僕、実は今さっき、トラックにはねられたんです…」

「えっ…」

大将の顔が青ざめる。

手にした湯切りに使うザルが床に落ちて、乾いた音を立てた。

「お、おばけ…!?」

早合点した大将の全身が、スマホのように震えはじめる。僕は慌てて話をつなぐ。

「ちょっと待って?確かに、トラックにはねられたのね、でも、死んでないから。トラックにはねられて、異世界転生したわけ。わかります?」

大将はハッと僕を見つめた。

「ア~異世界転生!ナルホド…」

急に声が裏返る大将。異世界転生…それは現実世界で命の危機に瀕するなどした主人公が、突然、異世界に転生し、新たな人生を歩むという、ライトノベルの一大ジャンル、である…だった。

「体中が痛いんです。だから病院で診てもらおうと思って。そしたら、目の前に病院さんがあったわけですよ」

大将はポンと両手を鳴らす。

「では、全身打撲はいかがでしょう」

大将がボタンを指さす。五千円とマジックで書いてある。

「高いな~。しかたない…」

僕は尻ポケットから財布を取り出すと、チケットを買った。

「じゃ、これで」

「へい、点滴の濃さと、ベッドの硬さ、トッピングはどうしましょうか」

「えーっと…」

まるでラーメン屋である。しかし、異世界の文化にツッコミを入れても仕方がない。

「じゃあ、点滴濃いめ、ベッドは普通、トッピングってのは…」

「整腸剤、鎮痛剤、解熱げねつ剤、ですね」

「じゃあ、全部入れてください」

「とりあえず、抗生剤こうせいざいも入れときますか?」

大将の軽い言い草に、僕はむっとした。

「とりあえずって、あのね…ビールじゃないんだから!とりあえず抗生剤って、細菌感染が疑われているわけでもないのに。そういう態度が、多剤耐性たざいたいせい菌とかの医療問題を産んでいるんですよ!?」

このラーメン屋の大将みたいな人は、本当に医者なのか?不安に感じた僕は、つい、まくし立ててしまう。大将は明らかにショックを受けていた。僕は慌ててとりなす。

「あ、すいません、言いすぎました…」

言葉を失い、肩を落として、カウンター奥に引き下がる大将。気まずい。空気を変えなければ。

「すごい湯気ですね~。まるでラーメン屋だ!」

誉め言葉かどうかは怪しい。しかし、顔を上げた大将、その表情がパッと明るくなる。

「へい、こだわりの煮沸しゃふつ消毒です!」

大将が大きなオタマで寸胴をかき混ぜると、カチャカチャと医療器具の音がした。

「コイツを極めるまでに、三年かかりましたよ…」

素早くオタマをすくい上げ、中身を湯切りざるに開ける。湯切りざるを右手に持ち替えると、天高く掲げ、スナップを利かせて、一気に振り下ろす!

軽妙な腕の動き。湯は周囲に飛び散ることなく、綺麗にグレーチングに落下する。確かに熟練の技だ!…しかし、これは断じて医療技術ではない。

「秘技、天空落としッ!」

大将がどや顔で僕を見つめている。

「…」

大人として、ここは誉めるべきであろう。しかし、僕は…

「…あまり、衛生的とは言えないなあ」

ああ~言ってしまった。大将は案の定、うなだれてしまう。いい人っぽいけど、めんどくさいな…この人。

その時!数人の男が店に入ってくるではないか。僕は安堵した。

「大将、ニラ定3つ!」

「へい!ニラ定3つね!」

ニラ定!?券売機にはそんな記載はなかった。僕は作業着の3人の男たちに聞く。

「ニラ定って、何ですか?」

「ニラレバ定食だよ」

日焼けしたオジサンが教えてくれた。ニラレバ定食…?ここは病院ではなかったのか!?

ジャーっと、熱した中華鍋の上で油が跳ねる音が響いてくる。ああ、いい音だ。僕は空腹を覚えた。

「裏メニューだよ、にいちゃん」

日焼けしたオジサンは、白い歯を見せてニッと笑う。

僕は油で黄色くなった天井を仰いで、深呼吸をする。落ち着け。一度、状況を整理するんだ…。


僕はトラックにはねられた。全身に衝撃を感じ、気が付くと見慣れぬ場所に倒れていた。衝突のショックで異世界転生してしまったのだ。

目覚めた僕は体中に痛みを感じ、目の前にある建物に近づくと、そこは内科診療のクリニックであった。

そうだ、ここは病院であって、中華料理屋などではない、はずだ。決して!


軽いめまいを覚える。冷汗が噴き出る。僕はぐったりと、となりのおじさんに寄りかかってしまった。

「おい、にいちゃん!大丈夫か!?顔色わりいぞ!?」

「スミマセン、病院に連れて行ってください…」

「安心しな!ここが病院だよ!」

日焼けしたオジサンが、サムズアップしている。満面の笑顔に、僕は凍り付いた。せっかく異世界転生したというのに、ここにいたら死んでしまう!

「大将!スミマセンが、救急車呼んでください!今すぐに!」

僕は最後の力を振り絞って叫ぶ。

「へえ、すみません、うち、出前はやってなくて…」

申し訳なさそうに大将が言う。僕にツッコミを入れる力はもう残っていなかった。

貧血か?天井が回る。目の前が真っ暗になる…。

異世界転生って、もっといいものじゃなかったのか!?スーパーパワーで無双して、女の子にモテて、皆からたたえられて…。僕みたいな、現実では何と言うか、特に取柄のない男を喜ばせてくれる、そんなスカッとする楽しい読み物のはずだ!

何が転生だ!この物語の作者は、歪んでいる…サディストだ!バカで、頭が悪いっ…!


青年の思考が途絶えた。ここは音も届かぬ、漆黒の空間。

突如、スポットライトが点灯。先ほどの哀れな青年が倒れている。

さあ、目覚めよ。立ち上がれ!主人公!

彼は再び意識を取り戻し、むっくりと起き上がった。

やれやれ、創造主たる作者に向かって。ひどい言いようではないかね。

確かに我は、歪んでいる。サディストかもしれない。しかし、バカで頭が悪いという言葉については…認めたくないッ!

…よろしい。そろそろ既定の文字数であるが故、明かそう…よいか、君は異世界転生などしていない!

「な、なんだって…!?」

ふふふ…異世界転生したなどと、我が一言でも君に言ったかね!?

「タイトルに、異世界転生ってあるじゃないですか!?これでは詐欺だ…!応募規定違反!釣りタイトルもいいところだ!」

ふっ、まだ気づかんのか?異世界転生したのは、君ではない。トラックの運転手だ!

「なっ、なにぃぃぃぃ!!!」

今頃、トラックの運ちゃんはスーパーパワーで無双して、女の子にモテて、皆から称えられている事だろう…。

「くっ、馬鹿な!ひき逃げ野郎が、そんなうまうまな異世界ライフを送っているなんて…!断じて ゆ る せ ん !」

君の怒りも、もっともだ。しかし待ってほしい。これは喜劇だ。コメディーなんだよ。つまり、君こそが!この物語の、称えられるべき、無双の役者という訳だ!

「でも僕は、まるきり、はねられ損じゃないですか!?」

左様。だがその方が、おいしいと思わんかね?

「なんてことだ…悪魔の発想だ…皆さん、こんなことが許されていいのですか!?人の心があるならば、どうか僕を憐れんでください!そしてよかったら、笑ってやってください♪」

はい、はい、これ以上のやりとりはお見苦しき故、これで幕とさせていただきます。それでは、ごきげんよう!

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?