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第6話

 二日目も暑い日だった。


 天窓から差し込む直射日光に額が汗ばんだ。


「七瀬、そのポーズは辛そうですね」

「はい、もう倒れそうです」

「熱中症で救急車が来るのは面倒です、ちょっと休みましょう」


 私はベッドの上で大の字になった。するとあの日と同じようにオレンジジュースの缶が目の前にぶら下がった。


「これ、前に飲んでいたでしょう」

「はい」

「一息ついて下さい」


プシュ


 手にした缶は冷たかったが南向きの窓は熱い日差しを連れて来た。のっそりと起き上がった私は陽の当たらない北向きのリビングへと移動した。素足の裏が冷たくて気持ち良かった。


(ーーーーあぁ、生き返る)


 額の汗を拭いて白いブラウスの襟元のボタンを外した。アトリエを振り返ると惣一郎は壁に立て掛けたキャンバスを一枚、一枚前に倒しを確認していた。


「惣一郎、なにか探しているの」

「はい、描きかけの作品をこの辺りに片付けたのですが」

「見つからないの」

「有る筈ですから、待っていて下さい」

「はーい」


 海へと吹き抜ける風が白いカーテンをはためかせた。ベンチに座った私は膝を抱えながら胡桃くるみならの樹の下を眺めたがそこに白い日傘の女性の姿は無かった。


(そうだよね、こんな暑い時間に散歩する人なんて居ないよね)


 ジュースを飲み干すとそれはやがて汗になって噴き出した。額から頬を伝う雫が胸の谷間に流れ込み、背中の毛穴も全開で汗が滲み気持ちが悪い。


(ーーー汗、拭きたいな)


 私は惣一郎が一心不乱でお目当てのキャンバスを探している姿を確認し、タオルを冷たい水に浸してギュッと絞った。ブラウスのボタンを外して上半身をはだけ、背中や脇、首筋の汗を拭き取った。


(ーーーあぁ、気持ちいい)

「涼しいでしょう」

「えっ!」


 気配も無く背後の柱に寄り掛かり腕を組む惣一郎が気怠い表情で私を見ていた。


「前にもお話しましたよね。裸婦のモデルは涼しいですよ」

「や、そっそれは」

「裸婦は芸術作品です、下劣なグラビア写真とは違いますよ」

「そうですが」

「七瀬も美術科の生徒ですから分かるでしょう」


 惣一郎の言い分はもっともだ。


「そうですが」

「それに、七瀬は私にでしょう」

「そ、れは」

「見て欲しいでしょう」

「ーーーーー」

「私に見られたい、違いますか?」

「ーーーは、い」


 私はスカートのホックを外しファスナーを下ろした。顕になる白いパンティ、アトリエへ向かう惣一郎の背中を目で追いながら最後の布切れを剥いだ。


 太陽は北西へと傾き始めアトリエの中は薄暗い。午後の心地良い風が薄い皮膚を覆う産毛うぶげでそよいだ。素裸になった私は惣一郎の視線に絡み取られ微動だに出来ずにいた。


「そ、惣一郎」


 背もたれのない椅子に座った惣一郎はなにも答えず机の上に麻の布地を広げた。


「なにをしているの」


 そして真新しい筆を無言で並べ始めた。全部で八本、平筆、丸筆、面相極細ファン扇形と形は様々だ。


「これは硬い、豚」


 惣一郎は私の膝で円を描いてみせた。


「い、痛い」


「これも硬いですよ、ナイロン、でも滑りは良いです」


 今度は膝で円を描き太腿の付け根まで一気になぞり上げた。


「あっ」

「気持ち良いですか、もう一度」

「あっ」


 内股になった脚の間に惣一郎の膝が割り込んだ。


「これはオックス、牛です」

「は、はい」

「チーズは好きですか」

「はい」

「オックスも好きになると思いますよ」


 その筆は膝裏から臀部までジリジリと上り尻の穴辺りを刺激した。


「あっ、駄目」

「気持ち良かったんでしょう」

「駄目です、やだ」

「こうですか?」


 オックスは尻の穴の周りを上下した。


「あっ」

「それでは次」

「え」

「馬、これはあまり面白くないかもしれませんが許して下さいね」


 それは肩から肘、手首をゆっくりと滑り落ち、手のひらの中で前後し円を描いた。


「あ、あっ」

「手のひらで感じるなんて、七瀬ははしたない子ですね」


 そう歪んだ唇、上目遣いの惣一郎こそ、はしたなく嫌らしかった。


「ここからは最高ですよ、期待して下さい」


 なにが最高なのか想像も付かなかったが、小刻みに震える私の股座またぐらには体液が滴っていた。


「ラクーン、たぬきです。毛先が少し柔らかくなって来たでしょう」

「はい」

「此処にはラクーンが良いと思いますが感想を聞かせて下さい」


 惣一郎は筆の持ち手の先で淫毛を左右に掻き分けた。それだけで声が漏れそうになる、そこに筆先が当てられ前後した。


「あっ」

「感想はそれだけですか」

「あっ、ああっ」

「これではどうですか」


 筆先は私の突起の上で細かく震えた。


「ああっ、あ!」

「大きい声を出しても構いませんよ」

「ああっ、あっつ、あーーー!」

「嫌らしい子ですね。もうこぼれてますよ」


 筆を股座から抜くと体液が糸を引いた。


「や、やめて下さい」

「なぜ、こんなに喜んでいるのに」

「やめて下さい」

「昨夜もんでしょう、知っていますよ」


 やはり私の欲情に気が付いていたのだ。顔が赤らんだ。


「リス、やはりここは優しくしないといけませんね」

「あ、あ」


 リスはヘソ周りで円を描き乳房へと向かって跳ね上げた。


「興奮していますね、斑点が出ていますよ」


 惣一郎が言うには女性が性的興奮を感じると下腹がほんのりと桜色に色付き赤い斑点が浮かび上がる、私はその真っ只中なのだと気怠げに呟いた。それはもう否定しようがなかった。惣一郎の盛り上がった場所に私の体液がたらたらと筋を引いていた。


「此処からはあなたが好きな場所です、セーブル、イタチです」

「ーーーーあっ!」


 それは両方の乳房を無作為に撫で回した。その刺激で乳輪と乳首が膨らみ始め喘ぎ声が絶え間なく続いた。


「あっ、ん、あっああ」

「さて、最後です。コリンスキー、なんの動物だと思いますか」

「わか、わかりません」

「テン、赤テンです、最高に柔らかいですから味わって下さい」


 柔らかな毛先が乳輪と乳首に触れた。跳ね上がる腰を掴んだ惣一郎は執拗にその場所を攻め続けた。


「乳房が大きい人は感度が鈍いと言いますが七瀬は違うようですね」

「あっあ」

「今度はリスで撫でてみましょう」


 程よく柔らかいリスが股座に忍び寄り突起を小刻みに攻め、最上級に柔らかなコリンスキーが乳輪を撫でた。


「ああっ、そ、ああっ、やだ、駄目!」

「喜んでいますよ」

「ああっ」


 私の腰と脚が小刻みに震えリスが前後する度にクチュクチュと淫靡な音がした。


(ーーーーあ)


 惣一郎を見下ろすと彼のハーフパンツを私の体液が濡らしていた。


 私は処女で男性とキス以上の性行為に及んだ事は無い。それにも関わらず今の私は肢体の奥底まで快感に翻弄され、激しく惣一郎を求めた。


「あ、はぁっ」


 コリンスキーが乳首から離れた途端、安堵と物足りなさが押し寄せた。


「七瀬」


 惣一郎はおもむろに立ち上がると私を背中から抱き締めた。股間に熱く硬いものを感じた。惣一郎も私を求めている。然し乍ら、私は驚くべき事実を知った。


「七瀬」

「ーーーはい」


「私には細君さいくんがいます」


「さい、くん」

「妻です、 みどり と言います」

「惣一郎には奥さんがいたの」

「はい」


 肢体を包んでいた炎が一気に鎮まりくすぶって消えた。


「指輪、結婚指輪はどうしたの」

「顔料で傷むので結婚してから一度も嵌めていません」

「そうだったんだ」

「はい」


 道理で惣一郎は私と一線を越え無かったのだ。惣一郎は私の肢体の向きを変えると強く強く抱き締めた。


「私は七瀬のを愛しています」


 それは小さく掠れた声で聞き間違えたのだろう。惣一郎は私の事を愛していると言った。それだけで十分だった。

 そしてまた。惣一郎の肩越しにはためくカーテンの向こう側、胡桃の樹の下でハーフアップに結い上げた黒髪、白い日傘を差した大島紬の着物を着た女性が手招きをしていた。


「さぁ、七瀬、そのままそこに立って下さい」

「ーーーはい」

「右脚は椅子の上に置いて」

「ーーーはい」

「手は、あぁ、左手だけを膝に置いて」

「ーーーはい」

「顔は私の方を向いて下さい」


 私は惣一郎の操り人形の様に手足を動かした。


「動かないで」


 海風がアトリエに充満したテレピンオイルの臭いを攪拌かくはんしクロッキー帳のページをパラパラと捲った。チューブから捻り出されるカドミウムオレンジの油絵具が素裸の私を描いてゆく。


「動かないで」


 気怠い惣一郎の目が私を捉えて離さない。


「そう、良い子だね」


 はためくカーテンの向こうには日傘を差した大島紬の着物を着た女性。蝉時雨が降り注ぐ異空間の様だった。


(ーーー惣一郎からはあの人が見えないのかな)


 惣一郎は筆を取り替える度に背後を向いているが彼女の姿に気が付かない様子だった。そこで珈琲の空き瓶に挿されていたペインティングナイフを取り出しキャンバスに塗り始めた。


「惣一郎」

「なんでしょうか」

「それは洗っていないの」


 使用した筆やペインティングナイフはその都度テレピンオイルで絵具を洗い落とす。そうしなければ絵具が固まってしまう。


「あぁ。これですか」


 そのペインティングナイフには赤い絵具が全体的にこびり付き、先端が盛り上がり実に扱いにくそうだった。惣一郎は目の前でそれを左右に動かして見た。


「これはこのままで良いんですよ」

「そうなんですね」

「このままの方が使い勝手が良い」

「そうなんだ」

「黙って」

「はい」


 キャンバスに向けた惣一郎の目の奥底には鬼気迫るものを感じさせた。


(違う人みたい)


 そしてこの部屋には時計がない、あるものは太陽の翳り具合だけだ。


(今、何時なんだろう)


 私の脚も極限に達し、惣一郎の集中力も途切れたのだろう。


「七瀬、今日はこれまでにしておこうか」


 惣一郎は筆を置き、グローブを脱いだ。張り詰めていた空間が和らぎ私には冷えたオレンジジュースの缶が手渡された。


「晩御飯の準備があるから私が先にシャワーを浴びますよ」

「はい」

「夕ごはんはペペロンチーノ、パスタで良いでしょうか」

「パスタ、好きです!」

「私よりも?」


 惣一郎は私を抱きしめ軽く口付けた。


「惣一郎の方が好き」

「良かった」

「ご褒美に白ワインも開けよう」

「わーーーい!」


 ここに来てからというもの食事の準備は惣一郎がしてくれる上げ膳据え膳状態だ。申し訳ないから「手伝わせて」と言ってみたが「あなたはこのアトリエのゲストだから良いんだよ」と気怠げに微笑んだ。


(ーーーーあれ)


 気が付くと胡桃の樹の下にその女性の姿は無かった。


 今夜も惣一郎は私にキス以上の事を求める事はないだろう。


(私と惣一郎の関係って不倫になるのかな)


 私は何気なくイーゼルに立てかけられたキャンバスを覗き込んだ。


「ーーーーえ、どういう事」


 今日、初めて筆を入れた筈の私の絵はおおかた仕上がっていた。ポーズは右脚を椅子の上に置き、左手を膝に置き、顔は惣一郎の方を向いていた。その目、鼻筋、唇は私によく似ていたが、ただ一箇所異なる点は事だった。


(ーーーあ!)


 浴衣を肩に掛けた裸婦、黒髪をハーフアップに結えた姿は胡桃の樹の下のあの女性だった。


(あの人が碧さん、宗一郎の奥さんかもしれない)


 そう考えた私は顔が赤らみ息が荒くなった。私は宗一郎の奥さんの目の前で激しく口付け合い、裸体を筆先で撫でられ快感に悶え嬌声を上げていた。


(ーーーど、どうしよう)


 もし写真や動画を撮られていたら、不倫の証拠資料として弁護士に提出されたら、裁判になって慰謝料を請求されたらと思うと不安が波のように押し寄せ、如何に自分が軽率であったかと心から悔いた。


(45歳、奥さんが居てもおかしくない)


 ガラス扉に激しく打ち付けていたシャワーの音が止んだ。私がイーゼルを前に呆然と立ち尽くしていると髪の毛を拭きながら廊下を歩いて来た惣一郎が足を止めた。


「あぁ、気が付きましたか」

「この女性が奥さんなんですね」

「そうですみどりです、あなたによく似ているでしょう」


 私はその言葉に引っ掛かりを感じた。


「惣一郎、違うんじゃない?」

「なにがですか」

「私が奥さんに似ているんじゃないの?」


 また気怠い表情になった惣一郎は濡れた髪を掻き上げた。


「意外と鋭いんですね」

「どういう意味なの」

「そうです、初めてあなたと会った時驚きました」

「美術棟の階段で」

「正確には昇降口の階段です」


 私は脚が震えるのを感じた。


「だから声を掛けたの」

「オレンジジュースの缶を開けたのは七瀬ですよ」

「違う、どうして加賀笠間の駅に居たの」

「あぁ、鋭いですね」


 そう言うと惣一郎は私の脇を抱えてベッドルームへと引き摺った。


「そ、惣一郎!」


 私は呆気なくベッドへと押し倒され、両手首はマットレスにめり込んだ。私の動きを制した惣一郎は激しく唇を吸い上げ口腔内を所狭しと舐め回し始めた。


「ん!ん!んん!」


 なにかを誤魔化すような愛撫に抵抗し、私は脚をばたつかせた。


「痛い、そんなに暴れないで下さい」

「誤魔化してる!」

「ーーーー」

「加賀笠間の駅で声を掛けたのは偶然!?」

「七瀬の跡をけました」

「なっ、なんで!」

の続きが描きたかったからです」

「奥さんに頼めば良いじゃない!」


 惣一郎の指先が私の股間へと伸び茂みを掻き分けた。


「やっ!」


 私は初めてのセックスに膝を閉じようとしたが惣一郎の脚がそれを許さなかった。茂みを掻き分けた指先は突起に触れゆっくりと円を描き始めた。


「あ、あ!」

「まだ濡れてますね、続きをしますか」

「嫌!やめて!」

「こんなに口を開いているのに」


 他人に触れられる行為は恐怖が先に立った。けれど筆になぞられた快感が肢体の奥底から滴り落ち、膣は難なく惣一郎の指を受け入れた。惣一郎は私の耳を唇で喰んだ。顔が熱った。


「は、初めてなんです」

「知っていますよ」


 刺激に膨れた突起はこれまで感じた事のない快感を連れて来たが、膣内を前後する指の感覚は異物感を伴った。惣一郎が耳元でささやいた。


「 碧 はもう居ないんです」

「ーーーなに、あっ!」

「だからが必要だったんです」

「あっ!」

「それがあなたです」


 グチュグチュと生温い体液の感触が股間で前後した。


「あ」


 惣一郎の舌が乳輪を舐めあげたその時、玄関の扉をノックする音が聞こえた。


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