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第15話

 静かな時間が流れ日付が変わろうとしていた。


「宗介さん」


 宗介の指先が果林の髪にゆっくりと埋められ見つめ合いそっと唇を重ね合った。


「温かいですね」


「温かいです」


 宗介が唇を大きく塞ぐと果林の舌がその中へと忍び込んだ。絡まり合う舌先、何度も何度も飽きる事なくそれは続いた。どちらかともなく背中に腕が周りソファに崩れ落ちた。宗介は濡れた髪を掻き上げ「シャワーを浴びて来ます」床に膝をついた。果林の腕はそれを制し「私も一緒に入ります」そう言ってルームウェアを脱いだ。


「・・・・っ」


 打ち付けるシャワーの中で2人は絡み合った。ボディソープの泡がぬるぬると果林の胸の谷間を流れ、それは宗介の下半身へと伝い落ちた。指先が互いを確かめ合う。言葉は無く激しい吐息がバスルームに響いた。


「果林さん、もう出ましょう。倒れそうです」


 ミネラルウォーターを飲み干した果林と宗介はそのままキングサイズのベッドに倒れ込んだ。ほのかなシダーウッドの香が果林を包み込む。それだけでもう身体の芯が熱をもって宗介を強請ねだった。


「宗介さんっ」


 果林の胸に口付けの雨が降る。


「なんですか」


「今日は着けないで」


「え」


「着けないで」


「良いんですか?」


 果林が小さくうなずくと宗介はその身体を組み敷いた。


「ああつっ」


 宗介は果林の手のひらを頬につけると指を一本、また一本と丁寧に舐めあげた。その目は猛禽類もうきんるいのように鋭かった。


「やだ、そんな目で見ないで」


「駄目です、果林さんの顔が見たい」


 ただ指をしゃぶられているだけなのに電流が腕を伝い尾骶骨びていこつを震わせた。それは執拗しつように続き、気が付けば胸の突起をいじられていた。


「あっ」


 嬌声きょうせいが漏れると宗介はその場所に狙いを定めて離さない。首筋を舐めた舌先は小刻みに震えながら脇の下で円を描き脇腹を伝い降りた。


「そ、宗介さん」


「なんですか?」


「くすぐったい」


「じゃあこれはどうですか?」


 それは突然の痛み、驚いて見遣ると猫が甘噛みをするように宗介の歯が果林を貪っていた。


「や、やだ」


「嘘ですね、喜んでいますよ」


 果林の両脚は痙攣したように小刻みに震え、指先が大きく開いている。


「あぁ、忘れていました」


 おもむろに果林の足首を握った宗介は足の指の間に舌を差し込んだ。前後する舌の動きに果林の身体はのけ反った。


「ああっ」


「こんな場所で感じるなんて、果林さんはいやらしいですね」


 しっとりと落ち着いた言葉で責められる行為に果林は翻弄ほんろうされ、気が付けば宗介の身体は果林に覆い被さっていた。愛おしい人の重みを果林が抱きしめると宗介の指先は果林の中へと溶け込んだ。


「・・・・・!」


「ゆっくり動かしますね」


 果林がうなずくとそれは味わうように前後した。指先の動きにあわせて中が呼吸し、宗介はその感触に興奮を覚えた。


「挿れますね、本当に着けなくても大丈夫なんですか?」


「赤ちゃんが欲しい」


「分かりました」


「宗介さんと私の赤ちゃんが欲しいの」


「はい」


 宗介は果林の腰を両手でつかむと自身へと引き寄せた。


「・・・・・っ」


 ゆっくりとめり込むその温もりに果林は身悶え、自然と脚が開いた。宗介は壊れ物を扱うように前後し、うねる快感に酔いしれた。


「ちょっと動きますね、痛かったら言って下さい」


「良いの」


「・・・え?」


「痛くても良いの、止めないで」


 果林は薄っすらと目を開けると宗介に懇願こんがんするように呟いた。その言葉に宗介の腰の動きは力強く速さを増し、果林の小ぶりな胸が上下した。


「果林さん、好きです」


「・・・・は、い」


「愛しています」


「は、はい」


「果林、愛してるっ」


「・・・・・・っ!」


 名前を呼び捨てられた果林は足の指先から身体の中心へとアルコールが染み渡るような感覚に捉われた。頭に白くもやがかかり全身から力が抜けた。


「んっ!」


 自身を強く吸い上げられた宗介は強烈な快感を味わった後、全てを果林の中へと注ぎ込んだ。


 穏やかな秋の日差しが天窓から果林と宗介に降り注いだ。


「・・・・・・ん」


 果林が目覚めるとそこには愛しい人の寝顔があった。薄っすらと無精髭ぶしょうひげが伸び野生的な面差しをしている。果林がそれを指でなぞるとゆっくりとまぶたが開き「おはよう」と微笑んだ。


「おはようございます」


「おはようございます」


 2人とも髪は伸び放題の雑草のようにボサボサで互いに指を差して笑った。


「昨夜は色々なことがありましたね」


「ごめんなさい」


「本当にびっくりしたんですからね」


「ごめんなさい」




 それから身だしなみを整えた2人は婚姻届を手に宗一郎たちの元を訪れた。


「おや、婚姻届の証人は総務課部長たちがなったと聞いたんだがな」


「それが間違えて破いてしまって」


「誰が破いたの?」


 果林がオズオズと手を上げると佳子は思わず吹き出した。


「私たちもそんなことが有ったわね」


「・・・・・え」


「私もこの人と結婚して良いのかな、と悩んだのよね」


「こ、こらっ!なにを言い出すんだ!」


 佳子は宗一郎の背中を軽く叩いた。


「宗一郎さんったら意気地がなくてね、こんな人が将来社長になれるのかしらって不安になったの」


「こ、こらっ!」


「あらあらあら、本当のことじゃない?」


「父さんと母さんにそんなことが有ったなんて知りませんでした」


 佳子は婚姻届に印鑑を捺しながら微笑んだ。


「果林さん宗介は間違いないわ」


「はい」


「幸せになってね」


「はい」


 こうして婚姻届の欄はすべて埋められた。






「準備は出来ましたか」


「はい」


 仕立ての良い濃灰のスーツに深紅のネクタイを締めた宗介はいつよりも凛々しく見えた。


(うわぁ、かっこいい)


 果林がその姿を惚けて見ていると不意に唇をついばまれた。


「果林さん、ほら襟が曲がっていますよ」


 宗介がさり気ない動きで襟元を整えた。


「ありがとうございます」


 果林は宗介からこの日の為に準備したのだという白い襟に7部袖の黒いジャストウェストのワンピースを手渡された。それは婚姻届提出日にふさわしい上品なジョーゼット生地でボタンをひとつ、またひとつと留めると幸せが込み上げて来た。


「果林さん、婚約指輪はどうしたんですか」


「あんな高価な指輪、恐れ多くてつけられませんよ」


 そう言って何度も断ったが身につけて欲しいとせがまれた。


「今日だけですよ」


「はい」


「無くしたら困りますからね」


「はい」


 降り注ぐ日差しの中で宗介は果林の手を取った。


「果林さん愛しています」


 婚約指輪は左手の薬指できらめいた。


「宗介さん、私も愛しています」


 2人は優しく口づけた。


「さて・・・・そろそろ市役所の開庁時間ですね」


「そうですね」


 宗介は秘書室直通の内線電話を取った。


「車を回してくれ」


 果林と宗介は手を繋いでエレベーターの中でもう一度口づけた。



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