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第37話 おっさんのお手製


 解熱剤を入れて、30分が経った。

 少しずつだが、航太の息づかいは軽くなっている気がする。

 おでこに手を当てたらまだ熱いけど、だいぶ状態は良くなったようだ。


 そう感じた俺は、彼に顔を近づける。


「なあ、航太。お前、なにも食べてないんじゃないのか?」


 冷蔵庫の中を開けたら、缶ビールばかりだったからな。

 子供に感心のない綾さんだ。

 きっと食事も用意していないのではないか? と思ってしまう。


「う、うん……たまにゼリーとかなら、食べていたけど。ここ数日はスポーツドリンクぐらい……」

「そうか」


 やはりな。

 じゃあ、ここは俺が久しぶりに作ってみるとするか。

 彼がこういう状況になったのも、俺のせいだし。


 ~10分後~


 スマホでおかゆの作り方を検索したが、正直よくわからない。

 仕方ないので、こういう時は妹に頼るとしよう。


 久しぶりにあおいへ電話をかけると、開口一番「未来さんとよりを戻したの?」と聞かれてしまった。

 悪いが今は、あいつのことを考える余裕がない。

 即座に「それはない」と否定する。


『ちぇっ、つまんな~い。ところで電話の要件はなんなの?』

「それなんだが……おかゆの作り方を教えてくれるか」

『え? 翔くんが突然、料理の質問!?』


 驚く妹を無視して、説明を続ける。

 以前、会った少年。航太が高熱だということ。

 それでしばらく、何も食べていないから、俺がおかゆを作りたい……が、やり方がわからないと伝えた。


『へぇ~ それは大変だね、あの子。翔くんに懐いていたし、作ってあげた方がいいかもね』

「ああ、だから教えてくれるか?」

『もちろんだよ。でもさ、お隣りの息子さんに対して、そこまでする?』

「……」


 そこは、答えないでおいた。


  ※


 30年近く生きてきたが、自炊なんてほとんどしたことない。

 元カノが一緒に住んでいたけど。彼女が体調を崩しても、何も出来ず。

 精々がレトルトのおかゆを買ってくるぐらい……。


 なのに俺は、今。航太のために生のお米からおかゆを作っている。

 途中、何回もやり方を忘れて、スマホのスピーカー機能を使いながら、妹に教えてもらう。

 どうにか、完成した。


 勝手に人の家のキッチンを使ったけど、まあ良いだろう。

 航太なんか、いつも俺ん家を自由に使ってるから。

 まだ出来立てで熱々だから、小さな茶碗におかゆを入れて冷ます。

 ビールばかりの冷蔵庫だったけど、梅干しのパックがあったから、一つ取ってみる。

 それを茶碗の上にのせたら、完成だ。


 「おっさん……なにしているの?」


 後ろへ振り返ると、パジャマ姿の航太が立っていた。


「お前、起きて大丈夫なのか?」

「うん。薬が効いてきたみたい」

「そうか……なら、俺が作ったおかゆでも、食べるか?」

「え!? おっさんが?」


 心底、驚いた様子でブラウンの瞳を丸くさせる。

 俺ってよっぽど信頼されていないんだな……。

 おかゆぐらい作れると、思うが。


「味の保証はできないけど……。良かったら食うか?」


 すると、航太は満面の笑顔がこう答えた。


「うんっ!」



 テーブルやちゃぶ台らしきものが、家に無かったので。航太に尋ねると。

 綾さんの化粧台と壁の間に、折りたたんだローテーブルが立てかけてあるらしい。

 病人の彼は、居間に座らせて俺はローテーブルを広げる。

 ローテーブルの上に、おかゆの入った茶碗を置くと、航太はブラウンの瞳を輝かせる。


「うわっ! すごい、おっさんのくせに。ちゃんと作れてる!?」

「……くせにか」



 しかし、解熱剤の効果は確かなようで、航太はおかゆをペロリと食べてみせた。

 そしてお鍋に残っていたおかゆを指差して「おかわりをちょうだい!」と叫ぶ。

 これには俺も嬉しくなって、急いでおかわりを用意する。


「おっさん。そう言えばさ、なんでうちに来たの?」

「ん? なんでって、綾さんに言われて……あっ!?」


 航太に言われるまで忘れていた。

 もともと、彼のクラスメイトにプリントを届けるよう、言われて来たんだった……。

 高熱を出している航太を見たら、心配でそれどころではなくなった。

 気がつけば、託されたプリントの束はくしゃくしゃに丸めて、ジーパンの後ろポケットへ突っ込んでいる。


「どうしたの? おっさん?」


 ローテーブルの上で、首をかしげる航太を見て罪悪感が湧く。


「あのな……お前のクラスメイトの女子から、これを渡されたんだ」


 そう言って、航太にプリントの束を渡す。

 原形が無くなっているが。


「あっ! 学校のプリントじゃん! こんなにくしゃくしゃだったら、読めないぜ」

「わ、悪い……」


 と頭を下げながら、おかわりのおかゆをテーブルの上に置く。

 しばらく頬を膨らませていた航太だったが、途中で「プッ」と吹き出す。


「仕方ないなぁ~ おっさんだもん、許してやるよ」

「そうか……」


 なんだか安心したら、俺も腹が減ってきたな。

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