目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第31話 学生時代


 大学に入学して2年経ったころ。

 先輩から参加しているサークルの歓迎会に呼ばれた。

 あんまり人付き合いも上手い方じゃなかったし、新入生とはいえ、初対面の人間と話すのは好きじゃない。

 でも断れば、先輩の顔に泥を塗ることになる。

 だから、仕方なくキャンパスの近くにある居酒屋へと向かった。


 今年、入った新入生はわずか3名。

 しかも全員、男。

 野郎ばかりで飲む酒なんて、どうやっても盛り上がらない。


 何人かの先輩たちが、無理やりテンションを上げようとしていたけど。

 遠い地元から引っ越してきた若者たちから、爆笑を取れるわけもなく。

 引きつった笑顔で、酒を飲んでいた。


 俺は黙ってひとり酒を楽しむ。

 どうせ無料で飲める酒なんだから、飲みまくってやろう。

 昨年の文化祭で俺たちのサークルは、たこ焼きを出店していた。

 けっこう売れてたみたいだから、その時の売り上げで今夜は好き放題できる……。


 と思ったところで、グラスが空になっていることに気がつく。

 おかわりが欲しくなり、すぐに店員を呼ぼうとするが、見当たらない。

 この店は店主である、おばちゃんのワンオペだから、注文するのが面倒で有名だ。


「あのぉ~ 焼酎のお湯割りをお願いしたいんすけど?」

「……」


 ダメだ。

 どうせトイレにも行きたかったし、そのついでに調理しているおばちゃんに声をかけよう。

 そう思い、先輩に声をかけてから席を立つ。


 狭い廊下の奥へと進んでいくと、何やら声が聞こえてくる。


『うおえぇぇ!』

今泉いまいずみさん、気持ち悪いんでしょ。俺が家まで送っていくから」

『だ、大丈夫……です。ひとりで帰れ、うっぷ!』


 トイレの前で来ると、ようやく状況が理解できた。

 この季節……春になれば、よく見る光景。

 各サークルで行われる未成年への飲酒強要。

 そして、酔いつぶれた女子を介抱するという名目で……お持ち帰り。


「今泉さん! 俺、車あるから、送るよ!」


 女子トイレを何度もノックする、先輩らしき男性。

 そして中で嘔吐を繰り返す、若い女性。


『わ、悪いので……良いです』


 見ていて、何とも胸くそ悪い光景だ。

 中に入っている子が、どんな子か知らないけど。

 ここで黙って見過ごすのも、先輩としてどうかと思う。

 仕方ないので助け船を出してやることにした。


「あの、ちょっといいすか?」


 トイレのドアを何度も叩く、男の肩を強めに掴む。

 すると男は興奮した様子でこちらへ振り返る。

 せっかくのチャンスを邪魔されたと、俺を睨みつける。


「んだよっ! 今、忙しいって!」


 相当、溜まってんなこりゃ……。


「すみません。実はその中で吐いてる子……地元の知り合いなんすよ」

「え?」

「その子の親から面倒みろってうるさくて。ちょっとした有名人なんですよね、親父さんが」


 田舎の権力者という設定で、嘘をついてみたが。

 結構、効果はあるようだ。

 先ほどまで強引にお持ち帰ろうとしていた男の顔が、一気に青ざめる。


「ま、マジ?」

「はい、うちの両親なんて未だに頭が上がらないほどで……」

「そうなんだ……悪い、この子のこと。お願いしていいかな?」

「ええ。もちろんですよ」



 と知らない女の子を助けたところまでは良いが……。

 このあと、どうしたらいいのかな?

 俺もまだ酒を飲みたいのに、彼女ずっと吐きっぱなしで出て来ない。


 ~1時間後~


 結局、あれから俺がサークルの飲み会に戻らないからと。

 会計を済ませた先輩たちが俺を見つけて、「先に帰るからな」と酔いつぶれた後輩たちを連れて店を出た。

 参ったな……とひとりトイレの前で、頭を抱えていると。

 ようやく女子トイレの扉が開く。


 中か出てきたのは、真面目そうな女の子。

 口元をハンカチで押さえて、顔面真っ青……こりゃまだ吐きそうだな。

 しかし、先ほどの最低な先輩もよくこんな女の子を誘ったな。

 すごく地味で、田舎から出てきましたって感じ。

 垢ぬけない芋っぽい子……。

 それが第一印象だった。


「あの……すみません。助けてもらったみたいで」

「いいよ。俺んところの歓迎会も終わったみたいだし。君はひとりで帰れそう?」

「はい、大丈夫……うぷっ」


 こりゃダメだ。

 下手したら店の中で、ぶちまけるぞ。

 それは店長のおばちゃんに悪い。

 とりあえず、外へ出して近くのコンビニで吐かせるか。



「うおえぇぇ! ご、ごめんなさい……初対面なのに、家までお借りして。うぷっ!」

「良いから、話すより出しちゃいなよ」


 結局、コンビニよりも近い、我が家であるアパートへ連れて来た。

 成り行きとはいえ、俺がお持ち帰りしてしまった。

 初めて家に入れた女の子だけど、まさかトイレの中で吐かせることになるとは。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?