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第9話 喫茶店とタバコ


 あれから数日経った。

 俺が童貞じゃなかったのが、よっぽど悔しかったのか。

 航太は怒って、俺の家に近寄るどころか、アパートの廊下にさえ現れない。


 一体なにが悪かったのだろうか?

 やはり、あれか。中学生ぐらいだと劣等感から、非童貞の俺がムカつくのかな。



 何度かコンビニで肉まんを購入し、アプリで当たったという噓で、彼の機嫌を取ろうとしたが。

 家から全然出て来ない。

 仕方ないので、自ら肉まんを頬張っていると、スマホが鳴り響く。

 誰かと思ったら、編集部の高砂たかさご 美羽みうさんだ。

 たぶん、この前の原稿の件だろう。


「もしもし?」

『あ、今よろしいでしょうか? SYOショウ先生』


 SYOという名前は、俺のペンネームだ。

 本名の翔を、ローマ字に変えただけだが。


「いいですよ」

『前回の原稿について、ちょっとお話したいのですが、1時間後にいつもの“ライム”でいかがですか?』

「大丈夫です」


 電話を切った瞬間、腹がぐぅっと音を鳴らす。

 ライムという名前を聞いただけで、例のメニューが頭に浮かんできた。

 学生時代から利用している喫茶店。

 あそこはナポリタンが美味いんだよな……。


  ※


 約束した時間より早く、現地に着いてしまった。

 喫茶店、ライム。オープンしてかれこれ30年以上経つと聞く。

 学生時代から通っているが、昔ながらの喫茶店というスタイルが好きだ。


 今のご時世、喫煙者はどこも嫌われる。

 自分が住んでいるアパートでさえ、ベランダでタバコを吸っていたら、一斉に窓を閉められるし……。

 喫煙所も少ない。コンビニの駐車場か、このライムぐらいでしか落ち着けない。


 店のドアを開けると、鈴の音が鳴り響く。

 カウンターに立っていた初老の男性が、俺の顔を見てニコリと笑う。


「あ、翔ちゃん。久しぶりだね」

「ういっす。マスター」

「全く、まだそんな格好をして……”未来みくる”ちゃんが見たら怒るよぉ~」

「この半纏はんてんが一番、暖かいんすよ。あと、“あいつ”とは別れたって言ってるじゃないっすか」

「そうだった。ごめんごめん……好きな席いいよ」

「ちっす……」


 あいつの名前を出されて、つい動揺してしまった。

 もう別れて、3年近く経つのに……。



 店の中は俺以外、客が3人ほど。

 平日だし、午前だものな。

 マスターが持ってきた灰皿を受け取ると、一服させてもらう。

 天井に浮かぶ白い煙を眺めながら、ふとこの街に引っ越してきた頃を思い出す。



 俺の住んでいる区域、藤の丸ふじのまる町は、主に単身者向けのアパートやマンションが多い。

 それは、近くに大きなキャンパスがあるから。

 大勢の学生が、大学近くの寮やアパートを探す。

 俺は県外から引っ越して下宿する学生たちとは違う。実家は同じ福岡市内だし、頑張れば通える範囲だ。


 しかし、偏差値の高い国立大学への受験に失敗し、適当に受けた私立大学に入学すると両親に報告したら、猛反対された……。

 面倒くさくて逃げるように、この街で一人暮らしを始めた。

 それが約10年前のこと。


 卒業したら、さっさと出て行くつもりが、ダラダラとこの街に住み着いてしまった。

 まあ住み始めると、居心地が良いし。


 タバコを一本、吸い終える頃。

 店内の入口から、鈴の音が鳴る。


「あ、SYO先生。お待たせしました!」


 息を切らして店に入ってきた若い女性。

 この人が俺の担当編集、高砂 美羽さんだ。

 まだ出版社に入社して間もない、新人。


 多分、就職活動からそのまま使っているのだろう。

 黒い無地のジャケットに、スカートを履いている。


「お疲れ様です」

「いえいえ! こちらこそ、呼んでおいて遅刻してしまうなんて……」


 眼鏡をかけ直して、大きなトートバッグの中を漁り始める。

 落ち着きの無い人だ。


「俺が早めに来たんすよ。気にしないで下さい」

「そうでしたか……なら、打ち合わせを始めてもいいですか?」

「ええ」


 ここまでは、愛いらしい新人の女性なのだが。

 創作の話になると、性格が激変する。


「実はですね……SYO先生が書いている『ムチムチ、コスプレイヤー』なんですが。今回の連載で、一度休載にしたいのです」

「え、どうしてですか?」

「ちょっと表現し辛いのですが……もっと背徳感を感じられる若い……。いや幼い女の子をめちゃくちゃにするエロマンガが、私的には好ましいのですっ!」

「……」


 高砂さんはゴリゴリのロリコンだった。

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