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第4話 意識するおっさん



 航太くん……いや、もう航太だったな。

 彼に肉まんを渡して、俺も家に帰る。


 扉を閉めて、サンダルを脱ぐはずだったのに……。

 どうしても気になって身体が動かない。

 コンビニで買ってきた、酒やつまみの入ったビニール袋を、玄関にそっと置く。


 そして、ゆっくりと扉を開いて、隙間から彼の背中を眺める。


「あむっ……」


 横顔だけしか見えないが、どうやら肉まんを頬張っているようだ。

 良かった。これで少しは身体が暖まるだろう。

 あれ、なんで他人の俺がここまで心配しているんだ?


「アホらし」


 そう呟くと、サンダルを脱ぎ捨てる。

 他人は他人。俺が出しゃばることではない。

 別に、母親の綾さんも悪い人じゃないし、虐待とかそんな風には感じない。

 俺が勝手に航太のことを思って、やったことだ。


  ※


 ちゃぶ台の上に置いているノートパソコンを、敷き布団へと放り投げる。

 テレビをつけて、買ってきた酒とつまみを出すと、晩酌の始まりだ。


「……」


 なんだろう、いつもなら安い芋焼酎でも酔えるし、美味く感じるのに。

 全然酔えない……。

 原稿料が入って、これから楽しめるはずが。


 頭にちらつくのは、あの扉の向こう側。

 隣人の息子。航太が未だにアパートの廊下で、座っているんじゃないかってことだ。

 なんで、赤の他人の俺がここまで心配しているんだ?


 ムシャクシャしてきたので、タバコでも吸おうとしたが、忘れていた。

 切らしていたタバコを、コンビニで買うことを……。

 でもカウンターの前に立ったら、肉まんが目に入ってすっかり忘れてしまった。


「はぁ……なにをやってんだか」


 自分自身を呪いたくなる。

 また寒い中、コンビニへ行くのかと。

 数杯とはいえ、酒を飲んだので外へ出たくない。


 でも、タバコがないと嫌だな……。

 やっぱり買いに行くか。

 寒さに耐えるため、自身の太ももを引っぱたく。


 立ち上がって、玄関に向かうと。

 何やら女性の声が聞こえてきた。


『航太、まだお家に入らないの?』

『いいって! オレは好きでここに座ってんの!』

『も~う、風邪を引いても知らないよ』


 この声、お隣りの綾さんか。

 もう一人は、息子の航太……やはり廊下にいたのか。


「くっ……」


 彼がまだ外に座っていると思うと。寒さなんか忘れて、サンダルを履き外へ飛び出る。

 勢いよく扉を開いたため、バターン! と大きな音を立ててしまった。


「「あ」」


 彼と目が合う。


 相変わらず、廊下の上で体操座りをしている。

 トレーナーワンピースとはいえ、数時間もこんな寒空の中にいれば、冷え込んでしまうだろう。

 俺はと言えば、ボロいけど暖かい半纏はんてんを羽織っている。

 大学時代から使っているものだが、これさえあれば、暖房いらずだ。


「おっさん、また買い物?」


 上目遣いで航太が話しかけてきた。


「あ、そうなんだ。タバコを買い忘れてさ……」

「ふ~ん、おっさん。童貞ニートのくせして、タバコなんか吸うんだ」


 だから勝手に決めつけないでくれ。


「まあね……ところで、寒くないの?」

「うん、もう慣れたし」


 慣れた、という彼の強がりに、胸が痛む。

 無理しやがって。

 そう思った時には、身体が勝手に動いていた。

 羽織っていた半纏を脱いで、彼の細い肩にかけてあげる。


「なっ!? なにすんだよ、おっさん!」


 驚いた航太は、顔を真っ赤にさせる。


「あ、いや……俺はさっき酒を飲んで、身体が暖まってるからさ。航太に貸してやるよ」

「はぁっ!? いらねーって、こんな汚いのっ!」

「まあまあ、嫌だったら。俺ん家のドアノブにでもかけておいてくれよ」

「……」


 俺がそう説得すると、航太は俯いてしまう。

 恥ずかしそうに、半纏の袖に自身の腕を通す。

 やはり強がっていただけで、本当は寒かったようだ。


 半纏を脱いでしまった俺は、スエットだけだから極寒だが。

 それでも心は暖まった気がする。

 彼に背中を向けて、アパートの階段を降りようとした瞬間。

 航太がボソっと呟く。


「ありがと……」


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