翌朝、いつものように自然に朝食の準備をした。
「今日、行きたいところあるんだけど、いい?」
穏やか休日、碧斗はホットコーヒーを飲みながら聞く。皿にはバタートーストと目玉焼きがあった。
「うん。どこ行くの?」
「待ち合わせしよう? 駅前のステンドグラス」
「待ち合わせ? 一緒に行かないの?」
碧斗は不意に瑞季の指先を触る。
「このくらいか」
「何?」
「何でもない。気にしないで。んじゃ、11時にそこで待ってて。僕、行くとこあるから」
「11時ね。今8時だから……。まだ時間あるね、これ食べたら、洗濯物干しておこうかな」
「手伝うよ。9時くらいに出るから。間に合うし。瑞季はゆっくりでいいから」
「ありがとう。わかった。11時に間に合えばいいのね」
朝食を食べ終わると、2人並んでベランダで洗濯物を干した。それだけで何だか満たされた気持ちになった。幸せすぎて、不安になる。
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駅前のステンドグラスで待ち合わせした。先に着いたのは、瑞季の方だった。ふわふわパーマをかきあげると、ターコイズのピアスがチラリと見え隠れした。待ち合わせ時刻ぴったりになると、
「瑞季! ごめん、お待たせ」
外の出入り口方向から、碧斗が近づいてきた。走ってきたためか、息が上がっている。
「大丈夫、全然待ってないよ。息上がってるけど、落ち着いて」
「うん、ちょっと、遅れると思って、走ってきた。行こうか」
不意に、瑞季の右手を左手で握りしめた。目的地に到着するまでずっと手を繋いでいた。手汗が出ていることを忘れるくらい密着してた。特に何か歩きながら、話すことはなかったが、沈黙が苦痛ではなかった。目が合うたびにはにかんだ。こんな状況、今までに一度もない。心から安心できた。予約していたであろう高層ビルの中にあるレストランに着いた。すごくオシャレで高級そうだった。ホールで働くスタッフもレストランなのにホテルマンのように丁寧で言葉使いも綺麗だった。
「ご予約の瀬戸様でいらっしゃいますね。お席をご用意しております。こちらでございます」
スタッフはメニュー表を抱えて、2人を案内する。席はビルから街を一望できる窓際の席だった。
「わぁ、綺麗」
席よりも何よりも街並みが見えることに興奮する瑞季。外の景色を見るだけで、こんなに嬉しいと思ったことはない。高いところが嫌いなわけじゃない。きっかけがなかっただけ。
碧斗には、びっくりさせられることばかりだ。
「こちらの席は当店の人気の席なんですよ。街並みの景色が綺麗ですよね」
案内してくれたスタッフが声をかけてくれた。碧斗は保護者の目線のように瑞季を温かく見守っていた。
「あ、ごめんなさい。ついつい、興奮して。席に座るね」
「いいよ。好きなだけ景色見て」
瑞季は慌てて座るが、碧斗はそっと席に座った。
「コース料理頼んでたから、飲み物は選んでもらえるかな。ごめんね、ランチコースなんだけど。ディナーの方が雰囲気出たかな」
「全然。十分だよ。えっと、赤ワインで、お願いします」
「ステーキだから、赤だよね。さすが」
肉には赤ワイン。魚には白ワインが合うとよく言われている。テーブルにメニューが並び、赤ワインも同時に注がれた。
「んじゃ、乾杯しようか」
ワイングラス同士が触れるといい音が響いた。一口、飲んだ。お高めのワインは優しい味で喉を潤した。ブドウの酸味もちょうど良く飲みやすかった。おもむろに、碧斗はポケットから、ケースを取り出した。
「僕と結婚してくれますか?」
ケースのふたを開けて、きらりと光る小さなダイヤモンドの指輪を見せた。本当にロマンチックにしてと言ってやってくれるなんて思ってもなかった。嬉しくて涙が出た。ハンカチで涙を拭きながら
「よ、よろしくお願いします」
お辞儀をした。ホールのスタッフが様子伺いながら、パチパチと花火をつけたホールケーキを持ってきた。サプライズ大成功でキッチンではケーキを作っていたスタッフも安心していた。
「ケーキまで用意してくれたんだね。ありがとう」
「うん。そう。もし、プロポーズがダメでも、 瑞季、もうすぐ誕生日だったもんね。どっちでも良いようにやってたんだ。あ、あと、これ、つけていい?」
碧斗は、瑞季の横に立ち、そっと左薬指にそっとダイヤの指輪をはめた。指輪のサイズを教えてなかったのにこんなにぴったりすることってあるのかとびっくりした。思い返すとそっと指の太さを確認したような仕草をしていたのを思い出した。もうこれ以上ないってくらいに心は最上級に満足していた。純粋に嬉しかった。近くにいた碧斗にガシッとしがみついた。
「もう一生、着いていく!]
「本当? 僕から抜け出せなくなるかもよぉ」
「それでもいい!」
独身という孤独トンネルから脱出がやっとできた瞬間だった。これからは2人隣同士でひとり焼肉を満喫できるだろう。
【 完 】