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ひとり焼肉 コブクロ9枚目

 真夜中の0時。

 真っ暗な公園のベンチに瑞季を座らせて、近くにあった自販機からペットボトルの飲み物を2本購入した。瑞季はハッと気がついた。ここは、ひったくり犯を捕まえて瀬戸のけがをした手に絆創膏を貼った公園だということを思い出した。目の前にいるのはメガネをしていない男性だ。誰だろうと思い返す。酔っていて、忘れている。


「ほら、水、飲んだほうがいい」

「?」


 ペットボトルを顔の目の前に出されて、誰だっけと疑問符を浮かべる。


「どうしたんですか?」

「え、え。えっと、すいません、お水、ありがとうございます」


 何が何だかわからずにとりあえずお礼を言う。


「いーえ。どういたしまして」


 瀬戸はペットボトルの蓋を開けてグビグビッと飲む。ぷはぁーとため息をついて、ぼんやりした。


「また、夜ですね。真夜中に女性は危ないですよ。全く、考えないで、閉店ギリギリまでいるんだから」

「……はぁ。って、この間のひったくり犯を捕まえてくれた方ですよね?」

「え、なに? どういうこと? タイムスリップでもした? いや、記憶喪失?」

「すいません、気づかなくて」

「酔っ払って、全部記憶吹っ飛んだって言う? 嘘でしょう。

 ウケるんですけど……」


 ツボにハマって笑いがとまらない。瀬戸はお腹を抱えて笑った。目から涙を出した。


「沢村さんって面白いですね」


 指で涙を拭った。


「そんな、いや、ちょっと待ってください。寝てて……。焼肉屋でご飯食べてて……。あれ。ん? 1人だったような気がして……」


 必死で思い出そうとすると目の前に瀬戸の顔が近づいてきた。あまりにも近すぎて、目を思いっきり瞑ると、唇が温かくなるのを感じた。高校生かってくらいに今までないような感触で耳がもの凄く熱くなった。おかしい。男性にはいろんな意味で困ってなかった。でも、大人になってキスなんてされずに事済まされることが多かった。こんな、不意打ちで優しくて温かくてお酒を飲んだはずなのにシトラスの制汗剤が漂ってくる。

背中に天使の羽根が生えたように高揚感に包まれた。


「……せ……瀬戸さん?」


 頬がぽぉーと赤くなる。


「思い出した?」

「……い、今、なんで?」


 両手で口を塞いた。まるで高校生に戻ったみたいにもの凄くドキドキしてる。まだ残っていたこの気持ち。年取っても、ときめいて、緊張する。マンネリ化していた不倫相手の2人にはドキドキなんて全然しなくてただただ、時間が過ぎればいいなって言う感覚でいた。こんな胸打ちつけるような感覚は、高校時代に2歳年上先輩に片想いしていた時以来だった。まだ純粋な心が自分の中にあったんだと気付かされた。


「えっと……したくなったからしてみた。ダメだったかな。だって、沢村さん、可愛かったから」


 瀬戸は、後ろ頭をポリポリとかく。良い大人が何だか、若い学生に見えてくる。さらに顔全体が赤くなる瑞季。ストレートに言われたことがない。純粋に嬉しかった。


「あ、えっと……。ありがとうございます」

「うん。いえ。ど、どういたしまして」


 瀬戸は恥ずかしそうに言う。反射的にありがとうと言われたら、返事はどういたしましてかなと思った。でも、それが面白くなって、2人は笑いが止まらなかった。

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