「ちょ! 暁美! 待て! 風邪引くぞ!」
「やーだー! あそびたいー!」
陽翔はきゃいきゃいと声を立てながら、ふざけて走り回る暁美を、バスタオルを持ちながら追いかける。陽翔はお風呂上がりに彼女の髪を拭いていたのだが、どうやら暁美はじっとしていられなかったらしく、彼の手をすり抜けてしまったのだ。ろくに拭いていない自分の髪から雫が散っていくため、焦った陽翔はバスタオルを広げて暁美の頭上からすっぽりと被せた。
「捕まえた!」
いやいやと頭を振る暁美を、がっちりと捉えた陽翔は、素早く髪を拭いてドライヤーをかけ、パジャマを着せにかかる。だが今度はパジャマのボタンを最後まで留めさせてはくれず、教育番組で見たダンスを、見様見真似で踊りだしてしまった。暁美がリボンを回す真似をして、ビニール紐を振り回している暁美を観察しながら、陽翔は上手だねと拍手を送る。
それにも関わらず、暁美は手を止めてしまい、ビニール紐を放り出してしまう。陽翔はそれを見て怪訝な表情をしていたが、お風呂場から出てきた百子を認めて、暁美の行動の疑問が氷解した。
「陽翔、暁美のお風呂ありがとう。おかげでゆっくりできたよ」
「かあたん!」
陽翔に感謝の言葉を述べた百子は、駆け寄って来る暁美を抱き上げて、彼女の頬に顔を擦り寄せる。
「百子、髪乾かしてくる。暁美を頼んだ」
陽翔は頷いた百子と、再びビニール紐とダンスを始めた暁美を尻目に、自分の髪を拭きに脱衣場へと向かう。子供とお風呂に入ろうものなら、自分のことは全て後回しになってしまうことも珍しくない。とはいえ、何故かそれが苦になることは殆ど無かった。百子と事前に話し合って、当番制にしているからかもしれないが。
「暁美、もうねんねするよ」
「やだ! まだあそぶの!」
脱衣所のドア越しに、二人の声が細く聞こえるので、陽翔はパジャマを着る手間を惜しんで脱衣所を出る。暁美を宥めすかして寝かせようと意気込んでいた陽翔だったが、暁美が何の前触れもなく布団に倒れ込み、慌てて駆け寄った。
「あ、大丈夫。暁美は寝ちゃっただけ。電池切れみたいでびっくりしたけど」
ビニール紐を持ったまま、静かに寝息を立てている暁美を見て、陽翔はホッと息をついた。確かに2歳児は遊び疲れたり、食べている間に寝落ちしてしまうことは珍しく無いと聞いていたが、遊び疲れて唐突に寝てしまう所は初めて目撃して、動転しかけてしまったのだ。百子はゆっくりと暁美を布団に寝かせ、微笑みながら彼女の頭をなでている。
「暁美はダンスが好きなのね。さっきまでずっと踊ってたのよ。あんな風に寝るとは思わなかったけど……」
百子は暁美を抱き上げ、ベビーベッドにゆっくりと寝かせる。そして暁美のお気に入りのイルカのぬいぐるみを、大の字になって寝てる彼女の腕にそっと置いた。
「暁美は陽翔そっくりね。私、最初は陽翔を産んじゃったって思ってた」
陽翔は思わず吹き出してしまい、自身の膝を叩いた。
「……何言ってんだよ。確かに顔は俺に似てるだろうが、暁美の髪質と肌質と性格は百子そっくりじゃねえか」
陽翔は眠りこけている暁美を、しばらく撫でていたが、不意に百子を後ろから抱きしめた。不埒な彼の両手は、百子の官能を引きずり出そうと、脇腹やデコルテ、太ももを這い回る。百子は全身にかっと血潮が巡り、思わず陽翔を振り返る。驚いた百子の唇を、陽翔はそっとこじ開け、上顎を、歯列を、頬を舌でなぞり、彼女の舌を探り当てて、最初はゆるりと絡めていたが、徐々にその動きは激しくなっていた。百子の太腿に、彼の固い熱が、その存在を強く主張しており、さらに彼女の体温が上昇する。
「んっ……やだ、おきちゃ……」
唇が離れた隙をとらえ、百子は潤む瞳をして首を横に振る。暁美が産まれてからは、いつもは別室で陽翔と愛を深めているのに、自身がくったりする程のキスを、我が子の前でされるとは思わなかったのだ。
「……すまん。移動するか」
陽翔は百子を横抱きにして、タオルと枕を引っ掴み、そろりそろりと寝室を出る。そして以前二人で寝ていた、シングルベッドのある部屋に移動し、百子をベッドに下ろすや否や、陽翔は彼女の唇に再び噛み付く。そしてその間も、陽翔の大きな手は、彼女のカカオ色の蕾を弾いたり、軽くそれを口に含む。
「百子のここ、まだちょっと甘いな」
膨らんだ蕾を、陽翔の舌がぞろりと覆って、すぐにまた離され、息をふっと吹きかけられ、百子の体が跳ねる。そのまま脇腹や腹、太ももを撫で回され、百子の喉は高い声しか出てこない。
(暁美が産まれてから、そこばっかり……)
嬌声をタオルの白に溶かしながら、百子は去年のことを思い出す。当時は陽翔に吸われても母乳がよく出ており、陽翔が興味本位で飲んだことがあったのだが、翌日になって腹痛を起こし、腹を下したという、不名誉な事件があったのだ。それ以来、陽翔は胸の愛撫を口でする事をほぼ断念し、代わりに百子の全身をどろどろになるまで舐め回すようになっていた。
ベッドでの陽翔は、以前にも増して淫らな獣に成り果ててしまい、身も心も蕩けて、百子は陽翔に身を任せていた。
「陽翔、気持ちよかった……」
百子のうっとりとしたこえが陽翔の鼓膜を撫で、唇に柔らかく湿った物が触れ、舌がするりと口腔に侵入する。優しく頬や上顎をなぞり、陽翔はそれに答えた。
「俺もだ……激しくしたつもりは無かったが、あんまり手加減できなくてごめん」
百子はころころと笑って首を横に振り、陽翔の唇を啄むようにキスをした。
「ううん。陽翔と繋がれて幸せだもん。大好きよ」
陽翔は返事の代わりに、百子の唇を舌を奪い尽くし、彼女の唾液を飲み込んだ。
「百子、俺も百子を愛してる。ずっと離さないから、覚悟しろよ?」
このままずっと抱き合っていたかったが、陽翔は百子を再び横抱きにして、忍び足で夫婦の寝室に戻り、百子を寝かせてパジャマを寄越す。いそいそと着替えた二人は、幾度となくキスを交わした。
「今度産まれるのは男の子かもしれんな」
百子の腹を愛おしげに撫でながら、陽翔はきりっとして囁く。妙に説得力を感じた百子は、目をぱちくりさせた。
「まだできてもないのに。陽翔は男の子がほしいの? 私は陽翔の子供ならどっちでも良いかな」
微笑む百子に、陽翔はニヤリと笑ってみせた。
「俺は男の子を作るつもりで百子を抱いたぞ……知ってるか? 夫婦の営みは激しい方が男の子が産まれやすいらしいぞ?」
百子はわなわなと唇を震わせる。どうやら百子が激しいと感じたのは気のせいでも何でもなく、陽翔が意図していた範疇だったらしい。
「……え? まさか、暁美ができる前は優しくしてたってこと……? それにしては激しかったと思うんだけど。そもそも赤ちゃんの性別って、そんな簡単に決まらないと思うよ?」
「試してみないと分かんないだろ。だから明日からは激しく抱くぞ。百子は優しいだけじゃ物足りなさそうだしな?」
低く艶のある声がぞわりと鼓膜を撫で、瞬時に顔を赤くした百子は、陽翔の胸板を拳でドンドンと叩く。その手を彼に掴まれ、キスを落とされた百子は、彼の流れるようなその行動に歯噛みしていたが、暁美がトイレに行きたいと起きてしまったことで霧散した。陽翔がおまるを用意し、二人を見守っていた百子だが、陽翔に愛された体は気だるさを訴え、徐々に瞼が下がってしまい、戻ってきた陽翔に頭を撫でられながら、いつしか微睡みに飲み込まれてしまった。
そして間もなく百子に愛の結晶が宿り、次の年に百子そっくりな男の子が無事に誕生した。男の子は
『茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜』(終)