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釈明

陽翔はそう言って彼女の足元に視線を落とす。


「自分が気にしてるところを誰かに褒めてもらっても複雑な気持ちになるのは俺も同意する。褒められたとて疑いたくなるのも分かる。だがそれは単に自分がその部分を気にしてるだけなんだよな。百子もそんなもんだって思えたらいいなって俺は思う。結構楽になるぞ」


百子は彼の発言の意図をはかりかねて首を捻っていたが、彼は微笑んで再び彼女の左足の甲に唇を落とす。羞恥で頬を染め、口をわななかせる百子にニヤリと口元を歪める陽翔は百子の頭を撫でながら口にした。


「まあ百子が足が嫌いでも俺は好きだがな。例え百子の足がボロボロだったとしても。別にボロボロになってたとて俺は百子を嫌いにならん。百子だって俺の腹がモチモチのタプタプでも気にしないんだろ?」


百子が迷わず顎を引くと、獣の唸るような声が細く長く聞こえてきた。百子は恥じ入って胃の辺りを押さえたが、陽翔は目を細めただけである。百子は己の腹時計の正確さに舌打ちしそうになった。


「さて、晩飯にするか。百子は座ってな」


陽翔が立ち上がろうとしたので、百子は思わず彼の腕を両手で掴み、早口でまくし立てる。


「陽翔! 私も作る! 痛いのはパンプス履いてる時だけだし! 歩いても痛くないもん!」


気まずさを隠すために、百子はぱっと立ち上がって台所へと走る。冷蔵庫から下ごしらえをしてあった鶏もも肉を切ったものを出汁と醤油に漬けてあるものを取り出してシンクの隣に置き、コンロ下の収納から深鍋と調理油のボトルを取り出したところでそれらの重みが百子の手から消えた。


「揚げるのは俺がやる。今日の百子は危なっかしいし」


百子は少しだけムッとしたが、コンロを陽翔に譲る。その後は二人で手分けして唐揚げと焼きナス、そしてオクラと豆腐の味噌汁を作って二人で食卓を囲んだ。


「もうパンプスで走るんじゃないぞ。ただでさえ靴ずれしやすい靴なのに何考えてんだ」


味噌汁を啜ってから陽翔はため息をついた。陽翔はパンプスを履いたことはないが、中高生の時から革靴でよく靴ずれを起こして痛い思いをしてきたため、百子にそんな思いをしてほしくなかったのである。


「仕方ないじゃないの。取引先の会社に遅れそうになったんだし。しかも電車の遅延だから私じゃどうにもできなかったもん」


百子はひったくりの件は伏せて話をした。話してしまうとやれ無茶をしただの、危ないだのガミガミ言われそうだと思ったからである。被害に遭った女性に対してそっけない態度を取ってしまった後ろめたさもあるからだが。


「そういえば昼間はJRが遅延だったな。それなら仕方ないか……取引先の会社に遅れる訳にもいかないしな」


陽翔は納得行かないようで眉間のシワを深くしていたが、背景から考えると致し方ないと言い聞かせて唐揚げを口に放り込んだ。


「間に合ったからいいんだけどね。靴ずれに気づいたのは会社に帰るまでの道だったわ。あの時は急いでて気づかなかったのよ……」


「緊張が解けて痛くなったんだな……でもそれならちゃんと俺に言ってくれ。今日はたまたま俺が気づいたが、そうじゃなければどうするつもりだったんだ」


陽翔に睨まれて百子はビクッとしたが、目を伏せてブツブツと呟きながら焼きナスにかぶりつく。


「別に……自分で手当てするつもりだったし。靴ずれの対処は慣れてるもの。今日は血が出てないし水ぶくれも破裂してなかったから大して痛くなかったし……」


(こいつ……)


陽翔はこめかみを擦りたかったが、箸を持ちながらになって行儀が悪くなってしまうため、彼女への呆れを大きなため息に変換した。


「百子、そうやって自分を蔑ろにするな。痛いなら痛いって言ってくれ。俺に頼ってくれ。百子が痛い思いをしてるのを見てる俺だって辛いんだぞ」


顔を上げた百子は、痛みに耐えるような彼の目の光を感じ取って、ぽつりと思いを吐いた。


「ごめん、なさい……いつも自分で対処してたし、我慢できるって思ったの……でも、やっぱり痛かった……陽翔が私の手を背中に回してくれた時……恥ずかしかったけど凭れられるから足痛いのが少しだけマシになって……嬉しかったの」


完食した空っぽの皿を見つめる百子の言葉に、陽翔は彼女に見えないのをいいことにだらしのない顔つきをしていた。


「そうかよ……役に立ったのならいいけどな。」


「うん。これからはちゃんと言うわ。だから陽翔、陽翔も痛かったりしたら私に言ってね?」


陽翔は頷いて彼女の頭を撫でてた後、ごちそうさまと手を合わせてから立ち上がって自分と彼女の皿を重ねてさっさとシンクへと持っていく。


「ありがとう、陽翔。あの、食器洗いは私がするから、浴槽を洗うのをお願いできる? お風呂沸かすのも」


「ああ、そのつもりだったさ。くれぐれも無理はすんなよ?」


陽翔の過保護に百子はたじたじとなったが、食器洗いを任せてくれることにホッとして百子は首肯した。

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