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救世主

百子は段々と足元がおぼつかなくなるのを感じた。自分が熱で体がそもそも限界を迎えてたことをようやく思い出したのだが、ふらふらとしていると、何者かの手が自身の肩に置かれた。


「姉ちゃん、何か具合悪そうだけど、俺らが看病しようか?」


はっと顔を上げると、見知らぬ男が三人百子の周りを取り囲んでいた。具合が悪いのは事実だが、それを口実にナンパをするなんてタチが悪い。百子はぶすくれてどいてくださいとつっけんどんに言って肩に置かれた手を振り払うが、また違う手が乗せられ、ジタバタと抵抗したが、熱のせいで思ったように力が出ない。


「止めてください。私は一人で家に帰れますから! 他をあたってください」


「そんなこと言うなって。ひょっとして具合悪いとかじゃなくてフリとか? 抵抗が弱々しいんだけど?」


百子は思わずカッとなり、口から出まかせがついて出た。


「離して下さい。待ち合わせしてる連れがいるのです」


「まあまあ。その連れよりも俺らが気持ちよくしてやるからさあ」


そう言われて腕を捕まれ、知らない場所に連行されそうになる。こうなったら殴るなり蹴るなりして抵抗しないといけないと思い始めたその時だった。


「おい、その手をどけろ。俺の彼女に何してやがる」


掴まれた腕が自由になり、闖入者に抱きとめられた。霞がかかり始めた脳に、聞いたことのある声が染み渡り、何故かそれは不快感を呼び起こさなかった。


「百子、大丈夫か? 遅くなってごめんな?」


「……うん、だいじょう、ぶ……」


「ガチで連れがいたのかよ……ちっ、逃げんぞ!」


闖入者に睨まれ、三人の男達は脱兎のごとく駆け出す。逃げ足だけは早い輩だとため息をついた彼は腕の中に収まっている百子に声をかけた。


「わりい……咄嗟に嘘ついたけど、お前が絡まれてるのは無視できなかった……すまん。それにしても久しぶりだな、茨城」


百子はただただ首を振る。絡まれて迷惑だったのを助けてくれたのは紛れもない事実だからだ。一人で切り抜けるにはあまりにも百子に分が悪かったので、渡りに船だった。


「久し、ぶり……東雲しののめ、くん……」


東雲陽翔しののめはるとにぐったりと身を預ける彼女はやっとの思いで彼を見上げる。太い眉に切れ長の目は彼のメガネ越しに百子を見ていた。その力強い眼差しは、大学の頃から全く変わっておらず、百子は安堵の息を漏らした。その眉は何故か顰められており、直後にひやりとした彼の手が額に当てられ、思わず小さく百子は声を漏らした。


「おい、茨城……! 熱があるのに繁華街をふらつくな! 家まで送るから場所を教えてくれ」


百子はそれを聞いて強く強く首を振った。今は何としてでもあの家に帰りたくは無かったからだ。


「だめ……! 今日は家に帰り、たくない! 絶対に、嫌……!」


「駄々こねてる場合かよ! 病人なんだから大人しく言うことを聞け!」


「だめ! 家に、は……し、知らない人、がいて……! 今日、は適当、なホテルに、泊まろうかと……」


それを聞いて陽翔の表情が固まった。繁華街に一人でうろつくようなタイプでもない百子がここにいるのをおかしいと思うべきだったのだ。ましてや体調が悪いなら尚更である。


「そうか……逃げてきたんだな……ちゃんと警察には通報したのか? ってそれどころじゃないか……」


百子は首を振った。流石に浮気相手が自分の家に来たことは言いづらかったからだ。東雲はふいと百子から目線を外すと、頬を掻きながらボソボソと言う。


「ホテル決まってないなら俺ん家来るか? 体調悪いのを放置はできないから看病くらいはしてやる。別に何もしねえよ。病人を虐める趣味はないからな」


百子は家に帰れないので彼の提案に首肯した。大学時代は浮いた話をほぼ聞かず、堅実な彼が何か無体を働くことは考えにくかったこともある。


「じゃあ帰るぞ。歩けるか? 歩けないようならおぶって行くが」


「そこ、まで、しんどく、はない、よ。あり、がとう」


陽翔のひやりとした手が百子の熱い手を握る。その冷たさと彼の気遣いにどこか安心した百子は自然と感謝の言葉が口から滑り出た。


「ゆっくり歩くぞ。しんどいならいつでも言えよ」


頷く百子を尻目に、陽翔はゆっくりと彼女の手を引いて、最寄り駅まで歩き出した。

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