目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第20話

 広坂大通り、用水路沿いの桜並木には牡丹雪がハラハラと舞い落ちていた。石造りの教会で、シャンパンゴールドのウェディングドレスを身にまとった真昼さんの姿は美しかった。


「真昼ちゃん、動かないで」

「今日子さん」


 数日前、義姉がウェディングベールを持つベールガールをやってみたいと言い出した。この思い付き具合は竹村さんを彷彿とさせた。


「ガール!ガールという年齢ですか!」

「永遠のガールよ!」

「何処がですか!」


 前代未聞だと断ったが「じゃあお金返して」などと言い出した。


「それに、うちに小さい子なんていないじゃない!」

「それはそうですが!」


 確かに親戚筋に幼児は居らず、百歩譲って派手な出立ちは控えるよう念を押した。


「良い香り、ジャスミンね」

「はい」


 義姉は細やかな心遣いでほつれ髪を整えてくれたらしく、これには驚いた。


「悪阻は大丈夫なの」

「今は、ご飯の匂いが駄目で」

「でもお腹の赤ちゃんは順調なのね」

「はい」

「良かったわ」


 そして真昼さんに手渡された純白のブーケは八重咲きの薔薇、竹村さんの奥さまが結婚式の際に持たれた薔薇と同じだと聞いた。やはり竹村さんはロマンチストだった。


 荘厳なパイプオルガンの音が響いた。


(あ、足が、足が震える)


 この場所に立つのは二度目だが、慣れるどころか足がすくんだ。


(ーーーあ、真昼さん)


 扉が開いた。逆光の中で深々とお辞儀をする二人、色鮮やかなステンドグラスの光が降り注ぐ深紅のバージンロードを静々と歩んで来る姿に尊さを感じたが、実際は違ったらしい。


「一度目となんも変わらんな」

「変わるわよ!」


「まさか三度目はないだろうな」

「縁起でもない事言わないで!」


「久我はあれでも、もってもてなんだぞ」

「ーーーーーえっ!」

「気を付けろよぉ」

「ま、まさか」

「あいつは前科ありだからな」

「ぜ、前科」

「逃げ出すなら今だぞ」

「に、逃げ出さないわよ!」


 ウエディングベールの中の真昼さんは鬼の形相で、義姉は笑いを堪えるのに必死だったという。私が感動の涙を堪えている時にそんな遣り取りがあったとは如何にも竹村家らしかった。




「汝、久我隼人は、この女、竹村真昼を妻とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、妻を思い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


「誓います」


「汝、竹村真昼は、この男、久我隼人を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、夫を思い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻のもとに、誓いますか?」


「誓います」


 私たちは神の御前で誓いの口付けをした。





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?