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第3話

 その離婚が原因なのか私は石川県警察本部から金沢市本多町所在の金沢中警察署かなざわなかけいさつしょに異動する事になった。段ボールに書類を束ねて詰め込んでいるとその上役から肩を叩かれた。


(解せぬ)


 そして私はポプラの街路樹が続く本多町、向かい側にコンビニエンスストアとテレビ放送局が並ぶ、煉瓦貼りの警察署の前に立った。


「ここが私の新しい職場」


 真正面には旭日章が鈍く金色に輝き、赤色灯を回転させた警察車両が街へと散らばって行く。階段を二歩、三歩上ると自動扉が左右に開いた。まさかこの瞬間が人生の分岐点になるとは思いもよらなかった。


(ふぅ)


 私は警部に昇進し面白くもないデスクワークが増えた。現場に急行する機会も少なく例え出向いたとしても白いヘアキャップを被り白い靴カバーを履いて数分で脱ぐ。形ばかりの現場検証に立ち会う程度だった。


「印鑑を押すだけとは実に退屈ですね。」


 そして配属先は犯罪者ではないかという強面の警察官が扇子を仰ぐ捜査一課だった。殺人に強盗、性犯罪や傷害罪、そして放火。但し、治安が比較的良いこの街で大きな事件に発展する事例は少ない。


(まぁ、物騒な事件事故が無いに越した事はないのですが)


 ところが自身の身の回りは色々とうるさかった。私の離婚の原因を実しやかに吹聴する人物が現れたのだ。



竹村 誠たけむらまこと警部補



 ノンキャリアの警察官で現場の叩き上げ、事件事故となると我先に駆け付ける。警部補に昇進したばかりであと9年で定年退職だと聞いた。


「おう!おまえが県警から左遷された久我か!」

(さ、左遷、左遷ではない)


「スカしたツラだな!目ん玉あんのか!細っせぇな!」

(目はここに付いています)


 初めて言葉を交わしたのは職員食堂だった。食後のコーヒーを飲んでいると、黒いトレーに銀色の皿を乗せたその人物は私の真向かいの席にガタガタと座った。


「おまえ、離婚したんだって!?」

「はぁ」

「一年たぁ、えれぇ短ぇな!」

「はぁ」

「あれか!あれの不一致か!?」

「はぁ」


 カツカレーをスプーンですくい上げた竹村警部補はガハガハと笑いながら黄色い米粒を口から飛ばし、私が気に入っていた絹リネン混紡のグレーのワイシャツに幾つもの染みを付けた。


「あれだな!」

「なんでしょうか」

「前科ありだな!」

「は?」

「離婚したんだろ、前科あり!気を落とすなよ!」

「ぜ、前科」


 周囲の警察官や事務職員は凍りついていた。

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