金沢市商工会議所役員の一人娘が結婚相手を探しているとの事で私に白羽の矢が立った。27歳の秋の事だった。
「隼人、あんた頑張んなさいよ」
「な、何故あなたにそんな事を、言われる筋合いはありません」
「あらぁ、清き一票が集まるじゃない」
それは長兄の嫁、私の義姉である金沢市議会議員、久我今日子の鶴の一声だった。商工会議所と太い繋がりが持てればこれは安泰と家族総出で私に新しいスーツを作り、首には似合いもしない真っ赤なネクタイが締められた。
見合いの場は金沢市橋場町の料亭
「風情があって、良いですね」
「は、はぁ」
東山の
「あんた、ちゃんとお嬢さんの相手をして来たんでしょうね!」
自宅に帰ると全身シャネルで着飾った派手な義姉が玄関先で仁王立ちしていて更にうんざりした。疲労困憊で自室のベッドに突っ伏していると携帯電話が忙しなく鳴った。
(誰だ、クソが)
そう、私は見た目は穏やかだが機嫌が悪くなると宜しくない発言をする。取り敢えずクソがと悪態を吐いて電話に出ると先程の女性からだった。
「あの、またお誘い下さい」
「はぁ」
慣れない警察勤務に右往左往している時に女性に構っている暇はないと一ヶ月程放置していた。すると今度はその女性の父親から連絡が入った。
「結婚を前提にお付き合い願えないかな」
「はぁ」
以降、あれよあれよと気が付けば
そして初夜、私は28歳の春に童貞を卒業した。だがその良さが理解出来なかった。
(疲れた)
汗だくになって快楽を得るよりも淡々と自身で済ませた方が効率が良く、また警察勤務時間も不規則で次第にその妻との行為の回数は少なくなった。
「隼人さん!私の事、嫌いなの!?」
「え、なんの事でしょうか」
妻はよく私の頬を叩いた。ドメスティックバイオレンスで訴えてもよい位によく叩かれた。いや、今思えば、私が女性心理を理解していなかったからかもしれない。母親の助言に従って
「これは、なんでしょうか」
「離婚届です」
夜勤明けで帰宅すると妻が座敷に正座し、神妙な顔付きで私を待ち構えていた。
「なんですか、突然」
手にするとそれは向こうが透けて見える程に薄い紙で、緑色の枠の中に彼女の生年月日、住所氏名、本籍、印鑑が押されていた。
(ふむ)
右下を見ると証人欄なるものがあり、そこには結婚式のご祝儀袋に書かれていた名前が連なっていた。
「手際が良いですね」
「ーーーーーーー!」
次の瞬間、これまでにない勢いで頬を叩かれた。私の左手の薬指からプラチナの指輪が消えるまで二年ももたなかった。然し乍ら、憑き物が落ちたような晴々とした気持ちになった。
「私に妻は必要ありませんね」
まさかそれが四年後にひっくり返る事になるとは、人生は分からないものだ。