突然、転送された洞窟の中のようなゴブリンの巣で、何をしたら良いのかまったく思いつかなかった。
谷野はとりあえず、ここはどこで何ができる場所なのか確認するように指示する。
谷野は床にずっと座って指示するだけで、自分からは何も動こうとしない。
しばらくすると、情報が集まって来る。
ここはゴブリンの巣であること。
物知りゴブリンから、いろいろ情報を得られること。
ゴブリンの巣では模擬戦や戦闘訓練をすることができること。
模擬戦をすると、武器と防具がもらえること。
エサは、巣の外で自分で調達しないといけないこと。
巣の中で他のゴブリンと諍いを起こすと巣から追放されること。
巣の中は、安全であること。
「情報は集まってきたが、何をしたら良いんだ?」
谷野は聞いた。
「食料を自分で確保しないといけませんが、食料を確保するためには、自分たち以外の生き物を戦って倒さないとなりません。しかし、武器がないので、戦えません。つまり戦うための武器を入手する必要があります」
取巻きの一人が言った。
「それじゃあ、武器を手に入れよう。どこでもらえる?」
谷野が言った。
「物知りゴブリンのところへ行って、模擬戦をすると武器をもらえます」
「模擬戦? 戦う練習をしないともらえないのか?」
「はい。その代わり模擬戦をすると経験値がもらえます。経験値が溜まるとレベルが上がって強くなれるそうです」
「この歳で下積みからやり直させられるとは思わなかったぞ」
谷野は愚痴をこぼす。
今は霊なのだから、歳は関係ない。しかも、生前の関係から他人を手足のように使っているだけで、自分はあまり働いていない。下積みとはかなり無理がある。
谷野たちは、早速物知りゴブリンのところへ行く。
「ここで武器がもらえると聞いたのだが」
取巻きの一人、佐藤が言った。
「ああ。その通りだが、ただではやれないな」
「金なんて持っていないぞ」
佐藤がそう言うと、物知りゴブリンは笑う。
「そんなことは分かっている。模擬戦をやってもらい、武器を与えても良いと思えるほど上達したら、武器をやろう」
「そう言う事か。ところで、どんな武器がもらえるんだ」
「そうだな。ショートソードか、ハンドアックスだな」
「どっちがオススメだ?」
「お好きな方を選べと言いたいが、そうだな。初心者ならショートソードだな」
「それじゃあ、人数分ショートソードをくれ」
「そう言うのはダメだ。欲しい奴全員が模擬戦を受けてもらう」
谷野たちは、模擬戦を行う広場に連れて来られる。するとそこでショートソードを渡される。
「今、渡したショートソードは模擬戦用のショートソードだ。だから、この模擬戦用広場の外には持ち出せないぞ」
物知りゴブリンが言った。
当然谷野たちはガッカリする。
いかにもCGと言う感じの青いゴブリンが谷野たち一人に対して一体現れ、戦闘が始まる。
谷野たちの攻撃がCGの青ゴブリンに当たると当たった個所が赤くなる。青ゴブリンの攻撃が谷野に当たると、当たった個所が赤くなる。色が付くだけで痛みはなかった。
五分ほど戦うと、五分間の休憩になる。その休憩中に、「敵の動きをちゃんと見ろ」などの戦闘のアドバイスをされる。
五分間の休憩が終ると、再び青ゴブリンが現れて、再び戦闘が始まる。
三十分ほど、模擬戦をやったが、青いゴブリンには攻撃を受けた印の赤い部分がほとんどなく、谷野たちには、赤い色が大量についていた。
「これでは、武器をやれないな。こう言う奴が一定の割合で現れるのだが、三十一人全員ダメとは驚きだぞ」
物知りゴブリンが言った。
「模擬戦をしたら、武器をくれる約束じゃなかったのかよ」
谷野が怒る。
「そう、怒るな。お前たちは食料を獲るために戦わないとダメなんだぞ。模擬戦で優秀でも実践であっさり殺されたりするんだ。この模擬戦でこんなダメダメなお前らが実践に行ったらどうなるか想像に難くないだろ」
谷野は反論できなかった。
「俺では指導に限界がある。お前たちの為に教官を呼んだ。後は鬼教官先生にお任せする」
すると、竹刀をもったガラの悪そうなゴブリンが現れる。
「お前らのような蛆虫やろうは、俺が鍛えてやる」
鬼教官先生は、気合の入った大声で言った。
こうして地獄の猛特訓が始まった。
青いゴブリンと戦わされ、攻撃がハズレると罵詈雑言が浴びせられたり、竹刀で叩かれたりする。青いゴブリンではなく、鬼教官先生に直接指導されると、竹刀での攻撃となり、竹刀が当たるとかなり痛かった。そのクセ谷野たちの攻撃は鬼教官先生には全く当たらなかった。動きが速く正確なため、避けられたり、竹刀で受けられたりしたからだ。
いつまでも続くかと思った猛特訓であったが、実際は一時間程度で特訓は終わる。
そして、約束通り、全員にショートソードが与えられる。
ついさっきまで、竹刀で叩かれた場所が痛かったが、突然痛みがなくなる。
「今のお前たちでは、まだ不安は残るが、仕方ない。まずは食料を獲って来い。そして生きてここに戻って来い。生き残れるように、また指導してやる」
鬼教官ゴブリンが言った。
鬼教官ゴブリンは、谷野たちを虐めるためにしごいたのではない。ゲーム内で生き残れるように指導していたのだ。
谷野たちは、腹が減っていたので食料を獲りに行く。
「どうすると食料が手に入るんだ?」
谷野が取巻きに聞く。
「モンスターを殺して食べるんだそうです」
取巻きの回答に谷野は顔を顰める。
「なぜ。そんな獣のようなことをしないといけないんだ」
谷野はウンザリしたような口調で言った。
「そうは仰っても、今の我々はモンスターですから」
取巻きの言葉は、身も蓋もない事実であった。
谷野たちは三十一人そろって巣の外、市街地を行く。谷野たちのいるゴブリンの巣の外は、一軒家が建ち並ぶ住宅街と言った感じであった。
三十一人もそろってゾロゾロ歩いていたら、とても目立つ。見た目は住宅街であっても、人が一人も生活していないのだ。だから、家々からは生活音がない。その為、非常に静かなのだ。三十一人も歩いていると、足跡も微かに聞こえたりし、音でもその存在を感じさせてしまう。
当然警戒されて、他のモンスターたちは谷野たちに見つからないように隠れたり、逃げていく。
実は、なんども他のモンスターとニアミスしていたが、谷野たちは全く気付いていなかった。
「あ、あれはなんだ」
取巻きの一人がノームの五人組を見つけた。
ノームたちも谷野たちに気付いたので逃げ出す。しばらく追いかけっこが続くが、ノームたちは行き止まりに逃げ込んでしまう。行き止まりと言っても、そこに一軒家の建物があるので、門を開けて敷地内に入って逃げることは、やろうと思えばできたのだが、このノームたちは初心者であった為、この辺の建物に人が住んでいないことを知らなかった。だから、建物の敷地内に逃げ込めることを知らなかったのだ。
その為、ノームたちは追い詰められてしまった。
「先生。いま追いかけているのは人間です。殺してしまうとペナルティを受けることになりますが……」
ルールを把握していた取り巻きの一人が谷野に言った。
「あんな変な姿の奴が人間なわけないだろう」
谷野は怪訝な顔をする。
「あれはノームと言う生き物で、人間ではないですが、人間とみなす生き物なんです」
取巻きの一人の警告に少し悩む。
「どんなペナルティがあるんだ?」
谷野が聞いた。
「カルマゲージが赤くなるそうです。カルマゲージが真っ赤になるとゲームオーバーになります」
谷野は少し考え込む。
「どのぐらい赤くなるとダメなんだ」
「カルマゲージには、青い部分と赤い部分があって、青い部分がなくなるとゲームオーバーです」
取巻きは、ゲーム端末を取出し、カルマゲージの見方を教える。
「半分ぐらい残っているじゃないか。試しにあいつらを殺して食べて、どのぐらいゲージが悪化するか確かめよう」
取巻きはそれが良いと、谷野のいう事に従う。この取巻きたちは、谷野に絶対服従であり、考えているようであまり考えていなかった。
谷野たちは、数にモノを言わせて、ノームたち五人を取り囲む。ノームたち五人は逃げ場を失い戦うしかなくなる。戦闘の末、谷野たちは、ノーム五人を殺す。そして、五人のノームを三十一人で分けて食べる。残念ながら、一人分は大した量とは言えない。それでも、三十一人で仲良くケンカをすることもなく、分け合って食べた。
この後すぐに、カルマゲージを確認したが、赤ゲージが増えたように見えなかった。実は、ほんの少し赤ゲージが増えているのだが、見た目では分からなかったのだ。
生前のマイナスのカルマが大きすぎると、赤い方へのゲージ変化も、青い方へのゲージ変化もとても小さくなる。しかし、それが落とし穴であった。
見た目で分からなくても、青ゲージより赤ゲージが多いと、赤ゲージ優位と判断され、青ゲージが増え難くなるのだ。青ゲージだけでなく、赤ゲージも増えにくくなるので、ゲームオーバーしにくくなる面もあるが。
その後も、さらに食料を求めて市街地を進む。
しばらく歩いていると、ミノタウロス一体と遭遇する。ミノタウロスは、数的不利に恐れをなして逃げる。
「あいつを倒せ。奴を食うぞ」
谷野が命令する。
ミノタウロスはL字型の通りまで逃げると、道の先ではなく、壁と壁がくっ付いている角の隅に逃げ込む。そして両手用のバトルアックスを構える。
ミノタウロスは自分の背後を取られない狭い場所に退避していたのだ。この角では、二人同時攻撃が限度である。ミノタウロスは、一撃で谷野の取巻きたちを倒していく。そして、あっという間に取巻きたち全員を倒してしまう。
谷野は一人になってしまう。
「わー! こんちくしょう」
ミノタウロスは、谷野を一刀両断する。
谷野たちは、肉体から魂だけ出たような感じであり、自分たちの死体を眺める感じになる。
谷野たちはミノタウロスに罵詈雑言を浴びせるが、当然届かない。
ミノタウロスは、谷野たちの肉を腹いっぱいになるまで食った。三十一体のゴブリンの死体は、一人で食べ切れる量ではない。食べ切れない分は残して立ち去った。
谷野たちは、気が付くとお花畑に戻って来ていた。