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第一章 第八話 天野輝のお花畑探索

「それはどういうことだ?」

 土井は思わず問いただすと、鬼は苦笑いを浮かべる。

「先ほどの方に会いました、えーと、あなた様はなんて名前でしたっけ」

「俺は土井だ。後回しにされる理由が分かっているという事は、先に配られる者と、後回しにされる者がいるってことだろ。その基準は何なんだ」

「先程の人に出会いましたら、土井さんが探していると伝えときます」

「探してないよ。配る順番について教えてくれ」

 土井が食い下がったが、警備員姿の鬼は、そそくさと去っていく。




 少し遡って、土井が三回目のチャレンジでお花畑からいなくなった後すぐの頃。

 天野はお花畑を探索しに行った。

 鬼たちから一ヶ所に留まっているように指示されているのは知っているが、うろつき回り注意されれば、あわよくば、ゲーム端末がもらえるかもしれないと思ったからだ。

 しかし、歩き回ったり、別の霊と雑談したりしている霊は大勢いた。いまさら歩き回ったぐらいでは、ゲーム端末をもらえるはずもなかった。


 今、優先的にもらえる者は、穢れ塗れの霊である。


 天野は、穢れていないのだから、当然後回しである。



 しばらく歩いていると、天野は乱闘が起きているところに遭遇する。

 天野が乱闘を詳しく観察すると、穢れ塗れの男が、複数の穢れ塗れの男たちにボコられていた。そして、殴られている男の仲間らしき男たちは、警備員を大声で呼んでいる。

「竹内のせいで俺達氷河期世代が酷い目に遭ったんだぞ」

 殴っている男の内の一人がそう叫ぶ。

 天野がボコらている男をよーく見ると、竹内凹蔵だと分かる。

「生前の恨みをここで解消しているのかな」

 天野は呑気に事の成り行きを眺めている。

 しばらくすると鬼たちがやって来て、竹内と他の霊たちを引きはがす。中には鬼を殴って、そのまま地獄に落ちる者もいた。

 鬼たちは、竹内とその仲間と竹内をボコっていた男たちにゲーム端末を配り始める。そのどさくさに紛れて穢れていない霊も、ゲーム端末をもらおうとしているが、結局後回しにされてもらえない。

「穢れている人優先なんだなぁ」

 天野は愚痴る。


 竹内の乱闘、正確には竹内が一方的にボコられる乱闘に引き寄せられるように、穢れ塗れの一団がやって来る。一番穢れが強烈な男は、周りから先生と呼ばれていた。



 先生? 政治家か? うーん。どこかで見たことあるような。でも政治家じゃないよな。たぶん。



「おい。お前。先生が気になっているから教えろ。その騒ぎはなんだ?」

 天野は突然穢れ塗れの一団の一人に声を掛けられ、思わず引く。

「乱闘があったんだよ。でも警備員によって収まったようだよ。ところで先生って何者?」

「お前。谷野工事先生を知らないのか!」

 天野は、少し驚く。

「あの谷野論文の?」

 天野は思わず聞く。

「知っているのか?」

「読みましたので」

「お前、見所があるじゃないか」

 天野は、『見所のある奴は読まないんじゃないの』とツッコミを入れたいところだが、この穢れ塗れの男たちに襲われてもたまったものではない。ツッコミは入れず飲み込む。

 穢れの本命である、先生と呼ばれている男が天野に近づこうとすると、鬼が谷野と天野間に入る。

 天野は、先生から距離を取ると、間に張った鬼とは別の手近にいた鬼に声を掛ける。

「あの人たちにもゲーム端末渡した方が良いんじゃない」

 天野に指摘され、谷野に気付いた鬼が谷野の方へ近づくと、取り巻き達が近づくのを阻む。

 鬼は増援頼み、谷野を含む穢れ塗れの一団全員にゲーム端末が配られ始める。


 谷野の取巻きたちが、鬼たちともめる為さらに騒ぎが大きくなる。その騒ぎに興味を持った霊が集まってきた。そこに富士薪毅ふじまき たけしと波羅誠が一緒にやって来た。

「これはなんの騒ぎなんだい?」

 富士薪がたまたま近くに居た天野に聞く。

 天野は、また、穢れ塗れの人間に声を掛けられビックリする。

「すまない。驚かすつもりはなかったんだよ」

「こっちこそすまない」

 そう言うとニッコリ作り笑いをする。

 鬼に、自分が穢れが見えることは秘密にするように言われていた。だから、穢れが見えていないことにしないとならない。

「この騒ぎがなんだか教えてくれないか?」

「あちらの集団にゲーム端末を配ろうとしているんだけど、どうも上手く警備員と折り合いがつかないみたいでもめているんだよ」

 天野は富士薪の顔をジッと見る。

「俺の顔に何か付いているか?」

「いや。あなたは富士薪さんですよね?」

 富士薪は口に指を当てて静かにのジェスチャーをする。

 天野は、ゆっくり離れ、鬼に話しかける。

「あちらにもゲーム端末を頼めます?」

 鬼は頷くとゲーム端末を富士薪と波羅にもゲーム端末を渡す。



 これで少しは落ち着くだろう。それにしても、ゲーム端末はどこから持ってきているんだろう?



 天野は、気になり始める。気になり始めると止まらなくなる性格であった。

 ジーと鬼たちの動きを見て、ゲーム端末の補充先を目で追いかける。

 しかし、途中で見失うので、少しずつ移動しながら、見失う地点を特定しようとする。


 実は、お花畑には、一般の霊たちにとっては、警備員が突然見えなくなる場所があった。


 天野がその場所に気付いた。しかしながら、天野には一般の霊とは違う見え方をしていた。

 大きな幕があり、鬼たちはそこを通り抜け、幕の向こう側に行くと、見えにくくなっていた。

 自分には穢れを見ることができるが、一般の霊には見えないことは理解していた。しかし、それが他にも同じようなモノがあるとは本人も分かっていなかった。


 大きな幕は認識阻害の魔法が掛けられており、視覚で見えていても認識できないようになっていた。天野はその認識阻害の魔法が掛かり難いのだ。そもそもほとんどの霊が警備員に扮装した鬼を鬼だと認識できないのに、鬼だと認識している時点で、鬼たちが気付くべきだった。

 実はそう言う体質の霊は、天野だけではなかったのだが、ちゃんとした対策はされていなかった。


 しばらくすると、ゲーム端末を持って幕の向こう側からこっちにやって来て、ゲーム端末を運んで行く鬼を見かける。

 天野は、この幕の向こう側にゲーム端末があると思った。辺りを見回しながら幕の方へ歩いて行く。すると、幕に触ってみると、手ごたえは全くなく素通りする。

 天野はドキドキしながら、中へ入って行く。



 素通りする幕の内側は、ゲーム端末を作っている拠点であった。どれも仮設のようで運動会で使うテントが張られており、その下で鬼たちがゲーム端末の部品を組み立てていた。

 天野はそれを見て興味津々であったが、下手な事するとすぐに見つかって摘み出されるかもしれないと思い、好奇心を封印しながら観察する。


 天野は、鬼たちの行動から、ゲーム端末の完成品が置かれている場所を見つけると、そちらへ向かう。そして、ゲーム端末が置かれている場所の傍まで到着する。

「何をしているんですか! 穢れが見える人」

 天野はギョッとして声の主を見ると、土井と一緒に居た頃、近くに居た鬼である。天野は苦笑いを浮かべる。

「ゲーム端末がもらえそうなところを探していたら、なんか辿り着いたんだ」

 天野は自分でも苦しいと思う言い訳をした。

 鬼は、天野をジト目で見る。

「土井さんが探していましたよ」

 鬼は呆れて言った。

「それはウソでしょ。彼は僕を煙たく思っていた」

 天野は肩を竦めて言った。

 鬼は溜息を吐く。

「ここが偶然、普通の霊が紛れ込むような場所じゃないことはご自分が一番わかっているでしょ」

「でも、あの幕で、この場が見えにくくなっているのはわかる。けど、まったく見えない訳じゃない。それに鬼たちがいなくなり、戻ってきたらゲーム端末を持って出てくる。ここにゲーム端末の保管場所があるのは明らかでしょう」


 天野のセリフで鬼は、天野に幕の認識阻害の効果が弱いことが分かる。穢れが見えるので特別扱いをしていた。しかし、認識阻害が効き辛いのは見落としていた。良く考えてみたら、鬼を警備員と認識するように魔法が使われているのに、警備員を鬼だと分かっていたのだから、気付くべきだったのだ。

 では、なぜ警備員を鬼だと見破っているのに、問題視するのを忘れたのか?

 それは天野は、警備員が鬼だと見破っても、騒いだり、怯えたり、逃げたりせず、フレンドリーに接していたからだ。そもそも、死んで霊界に来た霊が、鬼を怖れないのは普通じゃない。


「たしかあなたは穢れが見えるんですよね?」

 鬼が聞いた。

「あの地面から伸びる黒い手を穢れというのなら、見えているね」

 天野は慎重に答える。

 鬼は、見てきた天野の行動を思い出しだす。

 確かに天野は、穢れを忌避している。

「あなたは穢れが怖いですか?」

 天野は「うーん」と唸り始める。

「怖いって言うのとは違うかな~。例えば、道端に落ちているウンコは触りたくないけど、怖いわけじゃない。そう、バッチィから触りたくないって感じかな」

 そう言うと天野は笑う。

「また、霊が迷い込んだのか?」

 天野たちの元に、偉そうな制服姿の鬼が来て聞いた。

 この偉そうな鬼は、元から話していた鬼の上官鬼である。

「迷い込んだというか、忍び込んだ感じです」

 鬼は上官鬼に答えた。

「自発的に入って来たというのか?」

「はい。彼は、前に説明しましたが、穢れを見ることが出来る霊です」

「ほう。なるほど」

 そう言うと、天野の事をジロジロ見る。

「君は、特別な霊だ。こっちに来なさい」

 嫌な予感がしたが、ついて行く。



 上官鬼に案内された場所には、すでに六人ほどの霊が椅子に座っていた。

 天野も座るように指示されて座る。

「ゲームは本来、地獄に落ちそうな霊から優先的に配布している」

 他の六人の霊にとっては、はじめて知った話である。

「僕には、穢れ塗れの霊を優先して配っているように見えたけど」

 上官鬼は、天野の顔を覗き込む。

「その穢れ塗れの霊は、地獄に落ちそうな霊なんだよ」

 天野は納得する。

「君たち七人は決して地獄に落ちそうではないが、特別ゲーム端末を配ろう。ただし、条件がある」

 そう言うと、上官鬼は、七人の顔を順番に覗き込む。天野を含む七人は固唾をのむ。

「ここ、拠点の存在をバラさないこと。誰にも教えないこと。約束できるか?」

「僕は約束するよ」

 天野はあっさり承諾する。

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