土井はゲーム端末を見る。
端末の右側と左側にジョイスティックがついていて、真ん中に画面がついている。今は電源が入っていないので、真っ黒である。
天野に自慢したくてしょうがいところだが、どうやってスタートするのかわからない。
「端末の上の方にスイッチが付いているよ」
天野が言った。
天野は、土井から一メートルぐらい距離を取りながらも端末を見ている。
土井は膨れっ面をしながらも端末の上側を見るとスイッチを見つける。スイッチを入れると電源ランプが点き、真ん中の画面に『カルマプルガチオ』のロゴが表示される。ロゴが消えるとメニューが表示される。
メニューには四つの項目
『プレイヤー登録』
『キャラクターメイキング』
『カルマプルガチオの世界』
『プレイデータ』
があり、『キャラクターメイキング』以外が選べるようになっていた。
「これどうやって始めたら良いんだ?」
土井は、画面を見て戸惑う。
「プレイヤー登録から始めるのが普通だと思うけど。だからメニューの一番上にある」
天野の解説に土井はイラっとする。
「勝手に見るなよ」
プレイヤー登録は、名前と性別と生年月日の登録項目があった。
土井はそのまま入力していく。入力を終えると、確認ボタンを押下すると、入力したデータが表示されるのでそれを確認すると、完了ボタンを押す。すると再びメニュー画面に戻る。
しかし、プレイヤー登録のメニューが消えて、一番下に『プレイヤー情報』が追加されていた。
「次はキャラクターメイキングだね」
天野が言った。
「だから見るなよ」
土井は不機嫌そうに言った。
土井はキャラクターメイキングを選択すると、キャラクターメイキングの画面に切り替わる。
種族メニューになっており、
『人間』
『ニキト』
『エルフ』
『ドワーフ』
『ノーム』
『フェアリー』
『モンスター』
の項目があった。しかし、『ニキト』の項目は無効になっており、選べないようになっていた。
「ニキトとかモンスターって何? 面白そうじゃない」
横で見ている天野が興奮している。
「はぁ。俺は人間なんだから人間を選ぶに決っているだろ」
土井は、怪訝そうな顔で言った。
「いやいや。これは普通にゲームで、どの種族をやりたいかっという事だから。君が今、人間であるかどうかなんて関係ないから」
土井は特に考えもなく、人間を選ぶ。すると新たなメニューが表示される。
『ヒューマン』
『バーバリアン』
『小人』
『巨人』
の項目があった。
「な、なんだこれは!」
土井は思わず驚く。
「この中から選べという事だろ」
天野が当たり前の事を言った。
「見ればわかるわ」
「わかるなら、そんなに驚くことないだろ」
土井はヒューマンを選ぶ。
「少しは考えて選べよ。キャラクターは自分の分身だぞ」
天野は、まだゲーム「カルマプルガチオ」を完全に理解していなかった。
キャラクターは自分の分身ではなく、自分自身であるという事を。
「そんなの俺の勝手だろ」
ゲーム初心者である土井は、さらにキャラクターメイキングの重要性を理解していなかった。
次はクラスメニューが表示された。
『戦士』
『剣士』
『弓兵』
『盗賊』
『魔術師』
『仙人』
の項目があったが、『魔術師』と『仙人』は無効になっていた。そして、すべてのクラスに「スキル補正なし」と書かれている。
土井は大して考えもなく、戦士を選ぶ。
「クラス選びは大事だぞ。クラスによって、ゲーム内での行動パターンが変わるんだから」
天野が親切に警告する。
「そんな事。やってみなければ、どうせわからん」
画面上に「このキャラクターで良いですか?」の確認画面が表示された。土井は、まったく確認することもなく、そのままOKボタンを押してしまう。
「本当にいいのかよ。運動神経鈍そうだけど……」
天野のセリフの後半を土井は聞けなかった。なぜなら、お花畑から霊体が消えたから。正確にはゲーム「カルマプルガチオ」の世界に移動していたからだ。
「あれ、土井さんいなくなっちゃったよ。ゲームをスタートしたからか?」
土井は、地面と天井だけが延々と広がっている、何もない空間に居た。
「カルマプルガチオ」内の亜空間である。
”ゲーム内では、ゲーム内だけの名前を使っても良いですし、本名をそのまま使っても良いですがどうしますか?”
ゲームシステムから問いかけられる。
「本名で……」と、言いかけたが、お花畑で派手なジャケット男に殴られたことを思い出す。そして、ゲーム内だけの名前を使うことに変更する。
「タケオで頼む」
しばらく沈黙が漂う。
”ゲーム名、『タケオ』で登録いたしました”
”あなたは市街地ステージからスタートします”
”市街地にて、ピンチの人を十回助けると市街地ステージはクリアとなります”
「ピンチの人ってどんな人なんだ?」
土井は聞いたが、ゲームシステムは答えない。
”他にもクリア条件がありますので、探してみてください”
”次に注意事項を説明します”
”モンスターは何体殺しても問題ありませんが、人間は殺してはいけません”
”人間を一人殺すごとに、市街地ステージのクリア条件である、ピンチの人を助ける回数が増えて行きます”
「人を殺すなって、殺すようなシチュエーションなんてあるのか?」
ゲームシステムは答えない。
”ゲームをスタートしてもよろしいですか?”
土井は溜息を吐く。
「ああ、スタートしてくれ」
土井がそう言うと、視界が真っ白になり、何も見えなくなる。
土井はゆっくり目を開くと、狭い部屋の中に居た。
テーブルやロッカーなど、その他いろんなものが置かれているが、ほとんどがガラクタであった。
土井がテーブルを見ると『この部屋にある物は自由に使ってもらって構いません』と書かれていた。
「達磨とか、人形が何かの役に立つのか?」
土井は手直にあったロッカーを開ける。中には片手剣、棍棒、片手斧が入っていた。
「剣が良いかな」
他のロッカーを開けると槍と杖が入っていた。もう一つ別のロッカーを開けると、ダガー、小型メイス、メリケンサックが入っていた。
「やっぱり剣だな」
土井は他にも何かないか探す。
すると土井は、棚の中に派手なジャケットが置かれていたのを見つけた。お花畑で土井を殴った男が来ていたジャケットに似ている。触ってみると、空中にウィンドウが開く。ウィンドウには『敵から逃げたいときに、このジャケットを置いて逃げると、逃げやすくなる』と書かれていた。
「囮の代わりに使えるアイテムと言う訳か」
土井は、持って行くことにする。
さらに探すと、ジャケットがあった棚とは別の棚にノートを見つける。
ノートの表紙には『賢者のアドバイス』と書かれていた。
土井はノートの一ページ目を開くと、文字が書かれていく。
『この建物の中には長居をしない方が良い。長居をすると出口にモンスターが集まって来るぞ』
と書かれていた。
「なんだか。このノートイラっとくるな」
土井は、ノートを元に戻した。
実は、このノートはとんでもないチートアイテムであった。ノートを開くと直近に起こり得る災難を回避する方法が記載されるアイテムであった。
つまり、土井は今、この建物からすぐに脱出する必要があったのだ。
土井は、狭い部屋の中を散々物色したが、役に立ちそうなアイテムは無かった。
この部屋の出入り口は一ヶ所であった。土井はそこから外へ出ようと扉を開けると、身長二メートルほどあり、頭は牛、首から下は筋肉質の人間の体のモンスター、ミノタウロスが一体いた。
土井は慌てて扉を閉める。しかし、ミノタウロスに土井の存在が完全に気付かれてしまった。
ミノタウロスは、扉を持っていた斧でガンガン叩く。すると、扉が今にも壊れそうに軋む。扉もそう長く持ちそうになかった。
土井は、隙を見て扉を開けると、派手なジャケットを投げる。ミノタウロスは派手なジャケットに気を取られる。その隙に土井は建物の外へ出て、走る。
土井がいた部屋は小さな小屋の中であった。小屋自体は公園の中にあり、本来は公園の用具入れだった。
土井は公園の中を突っ切って外へ出る。公園の外は住宅街であり、道に沿って住宅が建っていた。
「誰か住んでいるのか?」
そんな事考えていると、先ほどのミノタウロスが追ってきた。
目の前の家のインターフォンを押すがやっぱり返事がない。土井は不法侵入だと分かっていたが、敷地の中へ入りる。そして、玄関へ行き、扉を開けようとするが、カギがかかっており開かなかった。ミノタウロスが迫って来ていたので、家の壁に沿って移動すると、家の裏側へ出る。
途中狭かったため、ミノタウロスはそこで引っかかり、土井をそれ以上追跡できなかった。
土井がしばらく歩いていると、掲示板を見つける。
掲示板には、『人間のプレイヤーは、まず安全地帯を目指しましょう。場所はこちら』と書かれており、丁寧に地図まで描かれていた。
地図を覚えて安全地帯を目指す。土井は住宅街を歩いていると、背丈は人間より低いが腹が出ている肌は深緑の人型のモンスター、ゴブリン一体が現れた。ゴブリンはボロボロの剣を持っている。土井より小さく動きが鈍そうに土井には思えたので、コイツには勝てると思った。しかもゴブリンは、まだ土井の存在に気付いていない。
土井は、剣を構えると、ゴブリンの方へゆっくり静かに近寄る。
すると、ゴブリンは驚きながらも土井に気付く。
土井は慌てて剣で斬り掛ると、ゴブリンは土井の剣をボロボロの剣で受ける。土井は無我夢中に剣を振り回すが、ゴブリンには当たらない。逆にゴブリンの剣が、土井の左腕を掠る。
「痛てっ!」
土井が痛みで怯んだところを、ゴブリンが一気に畳み掛けてくる。
「なんで、ゲームなのに滅茶苦茶痛いんだよ!」
土井は叫んだ。
痛いモノは痛いのだ。
ゴブリンの一撃が決まり、土井の脇腹から血が大量に吹き出す。
土井が一撃を返そうとするが、力が入らず、その場で倒れる。
土井は、魂が肉体から離れたような感じになる。そして、自分の死体を眺める格好になる。
すると、土井を倒したゴブリンは、土井の死体を食べ始めた。
「お、おい。俺の体を食べるのかよ。やめろ!」
土井の言葉は当然ゴブリンには届かず。小さな体にも拘わらず、死んだ土井の体をほとんど食べ尽くした。