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プロローグ② ゲーム端末配布

 逃げ出した土井を派手なジャケット男は、追いかける。

 土井の走る速度は遅かった。生前の速度を再現して遅いのか? それとも、穢れ塗れであるため遅いのか? 天野には分らなかった。

 派手なジャケット男は、それほど遅くないので、すぐに追いつく。そして、よろけて倒れた土井を容赦なく殴った。

 霊体は、土井が一方的に殴られているが、二人に纏わりついている穢れは違う。

 土井に纏わりついている穢れ、土井の足元の地面から生えてきている無数の手が、派手なジャケット男の足元から生えている無数の手を殴る。

 土井の足元にある手が消滅するが、派手なジャケット男の足元の手も消滅する。しかし、土井の足元の手の消滅の数が多い。土井の足元の手はすぐに同じぐらいの数が復活する。派手なジャケット男の足元の手は、土井の復活した手の数と同じぐらいの量が増えた。

 つまり、土井の消滅した穢れの数と派手なジャケット男の消滅した穢れの数の差分、派手なジャケット男の穢れが増えた訳である。

 派手なジャケット男は殴るのを止めようとしないので、どんどん穢れが増えていく。



 その様を天野はじっくり観察している。

 しばらくすると、警備員の姿をした鬼たちが集まって来る。天野と土井達の間に一人の鬼が立ちはだかる。そして、別の鬼三人が土井を殴っている派手なジャケットの霊を取り押さえる。

「邪魔だ。放せ!」

 そう言うと、派手なジャケット男は、鬼を殴る。

「あ!」

 天野は、直感的に派手なジャケット男が地獄に落ちると理解した。

 派手なジャケット男の足元から伸びている手が一気に数が増え、地面の中へ引き摺り込んだ。


 土井は、突然派手なジャケット男が消えたことに戸惑うが、大勢の警備員がいることに安心する。

 その一部始終見ていた天野と土井は目が合う。

「お前のせいで殴られたじゃないか!」

 土井は天野に食って掛かる。

「生前、殴られるだけの事をしたから殴られたのでは?」

 天野は返す。

「俺が何をしたって言うんだ!」

「災害が起きた時の為に国債発行できるように財政余力を残した方が良いと君は生前言っていたじゃないか? その後その発言は間違いであったと訂正でもしたかい?」

 土井は言い返せずに悔しそうにする。

「人々が死んだ後に災害対策をやっても死んだ人は生き返らない。それでも良いと思ったからそう言う発言が出来たんだろ。自分が災害で真っ先に死ぬ側の人間になることを微塵も想像しなかったんだろ」

 天野がそう言うと、土井の足元から伸びている手、穢れがブチブチと音がたてて消滅する。しかし、すぐに地面から大量に手が現れ、土井に絡みつく。

「だが、インフラ整備を怠けたのは政府だろ。怠けたのは俺じゃない」

 土井は居直った。

「確かに怠けたのは政府だが、政府に怠ける口実を作ったのはあなただ」

「そうかもしれないが、それは俺一人だけのせいじゃないだろ」

「たしかに君一人ではなく、複数の人間が言っていた。だが、君の罪が消えるわけじゃない。君にも立派な罪が残っている」

 土井は言われて、天野を睨みつける。



 土井以外にも、一方的に殴られていたり、ケンカしていたりする霊たちが増える。

「ちぃ。今度はあっちでケンカか!」

 そう言うと、天野の傍にいた鬼たちは行ってしまう。



 お花畑を管理している鬼たちを統括している本部。

 一人の鬼が本部へ駆け込んでくる。

「本部長。ケンカが多くて、人手が足りません。応援頼みます」

 また、一人別の鬼がやって来て同じ要請をする。


 応援要請に応えられる状況ではなかった。すでに投入できるだけの人員はすでに投入済みであった。

 三万人までは、対応できるように人員を確保していたが、今お花畑に居る霊は十万人だ。明らかに定員オーバーである。


 管理本部の幹部たちは、話し合う。そして、あっさり合意する。

「カルマプルガチオ計画を実施する」

 本部長が決断した。

 本部長は、マイクか置いてある机の前までくる。そしてマイクの横にあるボタンを押した。



 お花畑の彼方此方にスピーカーが突然現れる。異変に気付いた霊の一部がザワワッと騒ぐ。

 ”お花畑にて待機されている皆さんへ、悪い知らせと良い知らせがあります”

 張りのある男の声、本部長の声が、スピーカーから聞こえてきた。

 霊たちの間に動揺が走り、騒ぎ出す。しかし、しばらくすると大分静かになり、空気を読まない霊を除いて静まる。

 “悪い知らせは、三途の川を渡り、閻魔大王の法廷への案内を相当待たせてしまうことです。

 理由は、言うまでもなく、短時間に大勢の方がお花畑に集中して来られてしまったからです”

 ヤジを飛ばしている霊たちもいたが、大方霊たちは放送を聞き始める。

 ”そして、良い知らせは、運が良ければ、悪しきカルマが浄化され、天国へ行ける可能性を広げるゲームを待機時間中プレイできることです”

 ここまで説明すると、ヤジを飛ばしていた霊たちも静まる。

 ”そのゲームの名は「カルマプルガチオ」と言います。

 ゲームには、二つのステージが準備されており、市街地ステージとダンジョンステージがあります。

 クリア条件は、プレイヤーのカルマと、ステージ、選んだキャラクターの種族、クラスにより、変わります。

 クリア条件を満たすと、マイナスのカルマを持っている場合軽減され、プラスのカルマを持っている場合より良い方へ変化します。

 非常にクリアが難しいですが、異世界転生できるクリア条件もあります。こぞってご参加ください。

 詳しくは、お近くの警備員からゲーム端末を受け取り、ご確認ください”

 お花畑の霊たちは、歓喜の声を上げ、騒然となる。そして、ゲームをプレイしたい霊たちは、参加方法を聞くために、警備員の鬼たちの元へ殺到する。

 鬼たちは、ゲーム端末を配布する旨を説明し、準備が終るまで待つように言う。



 ゲーム端末を持った鬼たちは、霊たちにゲーム端末を配り始める。しかしながら、欲しがる霊に片っ端から配るわけではなく、後回しにされる霊もいた。

「ゲームに参加するための端末が配られ始めたみたいだ。楽しみだな」

 天野は心底楽しみにしていた。

「ゲームなどくだらん」

 土井は吐き捨てるように言った。

「ただのゲームじゃないのに?」

 天野の言葉に顔を顰める。

「ただのゲームじゃないって、どんなゲームなんだ?」

 土井は聞く。

「アナウンスを聞いてなかったのか? どんなゲームかは分からないけど、『プレイをすると、マイナスのカルマは軽減し、プラスのカルマは強化する』そんな感じの事を言って居ただろ」

 土井は顔を顰める。

「そんなモノ、聞いているものか」

 天野は、短く溜息を吐く。

「君はちゃんと聞くべきだ。それとも地獄に落ちたいのか?」

「失敬な。それでは、俺が地獄に落ちるみたいじゃないか」

 天野は、土井が穢れ塗れであるという自覚がないことを理解した。

 普通の霊には、穢れが見えないから、当然土井にも見えていない。


 この穢れ具合で地獄に落ちないわけないだろ。


 天野の思いは、霊界だろうと伝わることは、なかった。



 天野はやることもなく、ゲーム端末が配られるのを待っている。すると、一人の警備員姿の鬼が天野と土井のいる方へ走ってくる。

「あの鬼、こちらに用があるみたいだけど、誰宛てに用事かなぁ~」

 天野は期待を持って言った。

「なんで自分の元へやって来ると思うんだい? 今はあっちの方で配っているだろ。もしかすると誰かのケンカを止めに来たのかもしれないじゃないか?」

 天野は鬼の行動を思い出し始める。

「それになんで、警備員の事を鬼と呼ぶんだ? 警備員に対して失礼じゃないか?」

 土井は警備員が鬼であることを分かっていなかった。正確には土井だけではない。お花畑にいるほとんどの霊たちが、警備員が鬼であることに気付いていない。

 天野は、今度は端末を配っている鬼の様子を観察する。天野には、穢れ塗れの霊に優先して配っているように見えた。

「あの鬼は、土井さんの元に来ようとしているのかも」

「なんで俺が特別扱いされると思うんだい?」

 天野はジト目で土井を見る。

「特別扱いじゃなくて、もちろん差別でもなくて、意図して区別しているんだよ」

 天野は意味ありげに言った。

「その区別とは何だい?」

 疑わしい目つきで土井は聞いた。

「それは……」と言ったところで天野は言葉を飲み込む。

 穢れ塗れの霊がいることは、他の霊に言ってはいけないと鬼に言われていたのを思い出したからである。

「それは何だよ?」

「それは、ほら、さっき彼方此方でケンカが起きていたでしょ。そのケンカの中心にいた人たちを優先して配っているように僕には思える」

 天野は、咄嗟に思いつき言った。その咄嗟に出た言葉も、まんざら間違いではないと思った。実際、土井を殴った霊も穢れに塗れていた。


 ケンカを起こしていた霊もまた穢れに塗れていたかもしれない。


「俺はケンカなんかしていないぞ。一方的に殴られていただけだ」

 土井は憮然とする。



 天野たちの元へやって来た鬼は、天野の予想通り、土井にゲーム端末を渡した。

だけ先で良いのかい?」

 天野がやりたがっていたゲームが先に手に入ったのが嬉しくて嫌味たらしく言った。

「このゲームをプレイすると、ゲームの世界へ疑似転生する仕組みになっています。だから、誰かに因縁をつけられて殴られなくなりますよ」

 鬼がそう言うと、土井は、自分が派手なジャケット男に殴られていたから、先に配られたのだと悟った。天野の予想が当たっていたことが分かり、複雑な気持ちになる。


「僕もゲーム端末が欲しいんだけど」

 天野は鬼に聞いた。

「申し訳ありません。もうしばらくお待ちください」

 鬼は丁寧な口調で言った。

「僕が穢れに塗れていないからかい?」

 鬼は驚いた表情で天野を見る。

「あなたが、噂の穢れを見ることができる霊ですね。そのことは絶対他言無用に願います」

「それはちゃんと守っているよ」

 天野は不満そうに言う。

「それと穢れに塗れていない人にもちゃんとゲーム端末を配りますからご安心ください」

 そう言うと、鬼は行ってしまう。

「配られるのは一体いつになるんだろう」

 ゲーム端末をもらえず、明らかに落胆している天野を見て、土井は俄然ゲームのやる気が湧いてきた。

「それじゃあ、遠慮なくゲームを始めようかな」

 土井は嫌味っぽく言った。

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