数日後。
「あの……確かに私は護衛を付けてほしいとお願いしました。でも……どうして、アランさんとサラさんがここにいらっしゃるのでしょうか?」
一緒についてきた二人に向かって、私は困惑気味に声をかける。
「ああ、言いませんでしたっけ? 私、こう見えて結構腕っぷしは強いんですよ。普段は家令を務めていますが、これでも昔は騎士団に所属していたので」
「え!? そうだったんですか?」
「とはいえ、ほんの短い間だけですけれどね」
そう答えたのは、アランではなくサラだった。そんな彼女に、アランは鋭い視線を向ける。
「ちょっと、サラさん。余計なことを言わないでください」
「ちなみに、私もそれなりに武術の心得はありますので、どうぞ安心して身を委ねてくださいね」
「そ、そうでしたか……」
まさか、こんな形で二人が同行することになるとは思わなかったため、戸惑いを隠せない。
そんなわけで、私たちは馬車で一時間ほどの距離にあるメルカ鉱山へとやって来た。
坑道内から流れてくる瘴気に、思わず顔を顰めてしまう。私はごくりと喉を鳴らすと、心を落ち着かせるように身につけているタリスマンをぎゅっと握りしめた。
メルカ鉱山は、他の鉱山よりも魔蛍石が多く採れるらしい。
だが、現在は他の鉱山と同様に瘴気の影響もあって採掘は滞っており、例に漏れず一部の鉱夫しか働いていないのだという。
このままでは廃鉱になるのも時間の問題で、領民の生活を豊かにするどころか、衰退の一途を辿るだけだ。
(でも……あのランプが普及すれば、きっと今よりも採掘が楽になるはずよね)
そんな期待を込めて、早速鉱山へと足を踏み入れる。
坑道内は薄暗くひんやりとしていた。今日はそれほど瘴気が濃くないため一応照明はついているようだが、あまり明るくないので視界が悪い。
私はロケットペンダントから魔蛍石を取り出すと、足元を照らしながら先へ進むことにした。
しばらく歩いているうちに、人の声が聞こえてきた。恐らく、ここで働いている作業員たちの声だろう。そのまま歩き進めていると、やがて開けた場所に出た。
「ここが採掘場……?」
そこでは、十数名ほどの作業員たちが働いていた。
その中の一人──リーダーと思しき男性は、私たちの存在に気づくなり慌てて駆け寄ってくる。
「もしかして、コーデリア様ですか? 公爵様から、お話は伺っています」
どうやら、ジェイドから既に話が通っていたらしい。
経緯を説明をする手間が省けたことに安堵しつつ、私は笑顔を浮かべた。
「はい。本日はよろしくお願いします」
「ああ、俺はブレットっていいます。以後お見知りおきを」
彼は快活そうな笑みを見せると、帽子を取って頭を下げてくる。
それにつられて、私も軽く会釈をした。
「ええと……それで、魔蛍石でしたっけ? なんでまた、そんなものを採取したいんですか? 照明として利用するには、ちっとばかし使い勝手の悪い鉱石ですけどねぇ……」
ブレットは首を傾げつつ、不思議そうに尋ねてきた。
「実は、そうでもないんです。やりようによっては、強く発光するというか……まあ、実際にお見せしたほうが早いかもしれませんね」
そう言いながら、私はロケットペンダントから自身の魔力を流し込んだ魔蛍石を取り外す。そして、それを手のひらに乗せると、ブレットの目の前に差し出した。
「うおっ!? なんだこれ! めちゃくちゃ明るいじゃねえか!」
その光景を目の当たりにしたブレットは目を丸くし、「すげぇなぁ……」としきりに関心している様子だ。
ブレットの声に反応したのか、作業に集中していた他の鉱夫たちも一斉にこちらを振り向いた。
目を見張っている彼らに向かって、私はさらに言葉を続ける。
「この魔蛍石を使えば、夜でも昼間のように周囲を照らすことができますよ」
「ど、どうやったらこんなに明るくなるんですか?」
ブレットがそう尋ねてきたので、私は手順を説明する。
すると、途端に彼らの顔つきが変わった。
「もしかして、コーデリア様は魔力が高い家系のご出身なんですか?」
そう尋ねられ、私は言葉に詰まる。
一族の中で唯一の落ちこぼれであること──それが、私が家族から虐げられていた主な理由だ。
とはいえ、そのことを説明するのは憚られるため、曖昧に返事をして誤魔化しておくことにする。
「え? ええ、まあ……」
「なるほど、道理で凄いわけだ。俺たちのような庶民は、魔力を持っている者ですら精々火をつけるのが精一杯で……現に、ここで働いている連中も魔法を使えない奴らばかりなんですよ」
そう言うと、ブレットは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「でも……確かにこれなら、採掘が捗りそうだ」
ブレットは納得したようにうんうんと頷く。
「ただ、欠点もあるんです。この強い発光は最長でも二ヶ月程度しか持続しないんですよ」
「えぇ! そうなんですか?」
「はい。なので、定期的に交換する必要があるんです」
「つまり、今持っている魔蛍石の効果が切れそうだから新しいものを採取しに来たってことですかね?」
「ええ。勿論、それもあるのですが……。実は、まだ試作段階なのですが、発光の強い魔蛍石を使ったランプを流通させることを考えていまして……」
「なるほど……そういうことだったんですね。コーデリア様は、俺たち領民のことを考えてくださっていたわけか。本当にありがたいことです」
ブレットは感極まったような表情を浮かべている。
「いえ、とんでもないです。私は、自分のできることをしているだけですから。それに……こんな状況ですから、皆で助け合わないといけませんよね」
私は慌てて首を横に振ると、謙遜するように苦笑した。
「それで、あの……もしお邪魔でなければ、魔蛍石を採取させていただけませんか?」
遠慮がちにそう尋ねると、ブレットは快く了承してくれた。
「ええ、構いませんよ。それにしても……失礼かもしれませんが、公爵家の奥方様ともなればもっと気難しい方なのかと思っていました。全く、噂とは当てにならないものですね。まさか、こんなに可愛らしくて聡明な方だったとは」
「え!? い、いえ……そんなことは……」
(また、可愛いと言われてしまった……。でも、社交辞令よね……)
そんなことを考えていると、隣にいるサラが耳打ちしてきた。
「ほら、やっぱり他の方から見てもコーデリア様は可愛いんですよ。私も、鼻が高いです」
「うっ……」
どうやら、彼女は本気で言っているようだ。満面の笑みを浮かべている彼女を見ているうちに、気恥ずかしさが込み上げてくる。
頬を紅潮させながら押し黙っていると、ブレットは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「何にせよ、わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
狼狽している私に向かって、ブレットは恭しくそう言った。
「とりあえず……今から魔蛍石を採取されるんですよね?」
そう言いながら、ブレットは採掘に必要な器具一式を手渡してきた。