カーテンの隙間から差し込む陽光を浴びながら、私はゆっくりと上体を起こす。
(良かった……ちゃんと目が覚めた……)
妙にリアルな夢だったせいか、まだ身体が緊張状態にあり、私は小さく息を吐く。
周りを見渡してみれば、ふと、ここが自分の寝室ではないことに気づく。
(あれ……? 私、なんでソファで寝ているんだろう……?)
しかも、誰かが気遣って毛布をかけてくれたようだ。
首を傾げつつ、昨夜の記憶を辿っていると、少し離れたところから「おはよう」という声が聞こえてくる。
声がしたほうに視線を移してみれば、そこにはジェイドの姿があった。
「ジェ、ジェイド様っ!?」
「随分と気持ちよさそうに眠っていたな」
そう言って、彼は口元に手を当ててくつくつと笑う。
「あの……どうして、私はここで寝ているんでしょうか?」
「覚えていないのか? 昨日、この部屋で読書をしていて、そのまま眠ってしまったんだぞ」
「え?」
彼の言葉を聞いて、ようやく昨夜のことを思い出す。
そういえば……暖炉の前のロッキングチェアに座って本を読んでいたら、うとうとしてそのまま寝てしまったのだ。
「ああ、思い出しました……!」
「やっと、思い出したか」
この部屋は、先代当主──つまり、ジェイドの父親が使っていた書斎だ。
暖炉があるため暖かくて過ごしやすく、読書をするのにちょうど良い。だから、最近はよく入り浸っているのだ。
とはいえ、まさかそのまま眠りに落ちてしまうなんて思わなかった。
いくら暖炉の前で温まりながら読書をするのが心地良いからといっても、長時間いるのは危ない。
だから、ジェイドはこうして私を移動させたのだろう。
そこまで考えが至ったところで、今度はある疑問が浮上する。
(ということは、ジェイド様がソファまで運んでくれたのかしら……?)
そう考えた途端、恥ずかしさがこみ上げてきて頬が熱くなる。
同時に、彼に対する申し訳なさが募っていった。
「あ、あの……ジェイド様。もしかして、私をソファまで運んでくださったんでしょうか?」
恐る恐る尋ねてみると、彼は不思議そうに目を丸くした。
「ああ、そうだが。何かまずかっただろうか?」
「あ、いえ……! その、重かったですよね……すみません!」
自分がジェイドに横抱きされつつ運ばれている姿を想像し、ますます上気してしまう。
そんな私の反応を見て、ジェイドは「いや、寧ろ軽かったよ」と言いながら笑った。
「それにしても……一体、何の本を読んでいたんだ?」
そう問われ、言葉を詰まらせる。
(獣化の病の治療方法について調べていたけれど、これといった収穫がなかった……なんて言ったらジェイド様をがっかりさせてしまうわよね)
「ええと……歴史関連の本を少々……」
「ほう……また、随分と難しそうなものを読んでいるんだな」
「はい。少しでも、知識を増やしたくて」
咄嵯についた嘘だったが、ジェイドは疑うことなく納得してくれたようだ。
「まあ、いい。それよりも、アランから聞いたんだが……鉱山に行きたいそうだな」
「え? は、はい……」
唐突に投げかけられた質問に対しそう答えると、ジェイドは顔を曇らせた。
「魔蛍石を使ったランプを配って、領民たちの生活を豊かにしたいという君の願いはよく分かった。だが、以前も言ったと思うが、今の鉱山は危険すぎる。たとえ護衛付きだとしても、君を行かせるわけにはいかない」
「で、でも……」
確かに彼の言う通りなのだが、それでも私は諦めきれなかった。
「このままだと、彼らの心は荒んでいく一方です。それは、領主である貴方が一番ご存知でしょう? 明かりがない生活というのは、庶民にとっては想像以上に不便なものです」
領民たちの中には、夜勤をしている者も多いと聞いている。月明りや星の瞬きだけでは、足元さえおぼつかないだろう。
そんな中で作業をさせ続ければ、いずれ大きな事故が起こるかもしれない。
「……」
無言のまま俯く彼に、私はさらに言葉を続ける。
「それに、私……ジェイド様のお役に立ちたいんです。ただ邸に籠もってじっとしているだけなんて嫌なんです」
そう訴えると、ジェイドは目を見開いた。
けれど、すぐに目を伏せて言った。
「──もう、二度と家族を失いたくないんだ」
「え……?」
ぽつりと呟かれた言葉の意味がよく分からず首を傾げると、ジェイドは話を続ける。
「俺の両親は、鉱山の事故で死んだんだ」
「……!」
まさか彼が両親のことを口にするとは思わず、私は言葉を失う。
彼の瞳に寂しげな色が浮かんでいることに気づき、胸がぎゅっと締めつけられた。
「四年前のことだ。視察でたまたま鉱山を訪れた時、運悪く土砂崩れに巻き込まれて……」
「そう、なんですか……」
鉱山は地盤が緩くなっている場所も多くあると聞くから、そういった事故があってもおかしくはない。
「君は俺の大切な友人であり、家族でもある。だから、危険な目に遭わせたくないし傷ついてほしくない。ましてや、命に関わるようなことになれば、俺は……」
そこまで言って、ジェイドは口を閉ざした。
彼の気持ちは痛いほど分かる。けれど、私にも譲れないものがあるのだ。
「ジェイド様の仰ることは分かります。でも、やっぱり私は……」
「……君は、本当に他の女性たちとは毛色が違うな」
「え?」
予想外の言葉に戸惑っていると。ジェイドは苦しげに眉根を寄せながらも、やがて観念したかのように言った。
「わかった。俺のほうで何とかしよう」
「本当ですか!?」
思わず声を弾ませると、ジェイドは「ただし」と言った。
「条件がある。護衛がいるからといって、油断しないこと。それから、絶対に一人で行動しないこと。約束できるか?」
「……はい! ありがとうございます!」
嬉しさのあまり笑顔でそう返事をすると、不意に伸びてきた彼の手に頭を撫でられる。
「いい返事だ」
そう言って、ジェイドは笑みを浮かべた。
頭を撫でられた瞬間、私は以前にも感じた不思議な胸のざわめきを覚えた。
しかし、それが何か気づくよりも先に、ジェイドは私に背を向ける。そして、「とりあえず朝食を食べるか」と言いながら部屋を出て行った。
(もっと、撫でてほしかったな……)
部屋から出ていくジェイドの後ろ姿を見てなぜか名残惜しいような気持ちになり、私は自分の胸に手を当てたのだった。