「あの……サラさん。これ、買っても大丈夫ですか?」
そう尋ねると、サラは微笑んで「いいですよ」と言ってくれた。
魔除けの香水を購入した私は、ふと少し離れたところにある露店に目を向けた。
そこにはポーションやアクセサリー、それに色とりどりの宝石などが所狭しと陳列されていた。
(わあ……綺麗な宝石! あの店は魔導具屋かしら?)
最早『鉱物マニア』と言っても過言ではない私は、目の前の綺麗な石に自然と心を奪われてしまった。
「コーデリア様、何か欲しいものでもあったんですか?」
サラの問い掛けに、私はこくりと首を縦に振った。
「ええと、あの魔導具屋なんですけど……」
そう言いながら、私は魔導具を売っている露店を指差す。
すると、サラは目を輝かせて言った。
「まあ、本当ですね! 行ってみましょうか?」
「はい!」
私たちは、魔導具を売っている露店のそばまで駆け寄った。
すると、店主と思しき三十代ぐらいの眼鏡をかけた男性がすぐに話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。何かご入用ですか?」
そう尋ねられ、サラは笑顔で答えた。
「ええ、ちょっと興味があったので」
「なるほど。お目が高いですね」
そう言うと、店主は嬉々として説明を始めた。
「この店では、様々な種類のアクセサリーを取り扱っているんですよ。例えば、こっちのブレスレットなんかは──」
そう言って、彼は私に視線を向ける。
「お嬢さんによく似合うと思いますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ。試しに、付けてみます?」
そう問われたが、やはりアクセサリーよりも石が気になって仕方がなかった。
宝石として加工されたものばかりかと思いきや、よく見たら未加工の鉱石も置いてある。
(あの石……すごく磨き甲斐がありそうだわ)
そう思いつつ商品を眺めていると、ふと鉱石の隣にタリスマンが置いてあることに気づく。
「そのタリスマンが気になるんですか?」
店主が私の目線を追って問いかけてきた。
「えっと……はい」
私が答えると、店主はニヤリと口の端を吊り上げた。
「これは、特別な魔法がかけられたタリスマンなんですよ」
「一体、どんな効果があるんでしょうか?」
興味津々に尋ねると、店主は得意げに語り始めた。
「悪い気を吸い取るんです。このタリスマンは、実は東洋のとある国で手に入れたものなんですよ」
店主曰く、東洋にはこのような魔法アイテムが数多く存在しているのだという。
(つまり、瘴気から身を守ってくれたりするのかしら……?)
そんなことを考えているうちに、店主の話が続いていたことに気づいて私は慌てて顔を上げた。
「つまり、今問題になっている瘴気に対して効果があるということなんでしょうか?」
質問すると、店主は大きく首を縦に振る。
「勿論です。獣化の病を予防するだけじゃなく、瘴気によって引き起こされる体調不良にも効果があるんですよ」
店主は自信満々に答えた。
「でも……そんなにすごい効果があるのに、どうして皆さん買わないんですか?」
そう疑問を口にすると、店主はやれやれといった様子で肩をすくめた。
「それは、僕がよそ者だからです。つまり、信頼がないんですよ。それに──この街では、奇病に罹って以来変わり果てた自身の姿に絶望しながら暮らしている者も多い。そのせいか、卑屈になったり自暴自棄になったりしている人が多いんです。そういう人にとっては、今更こんなアクセサリーを付けたって無駄でしょう? 先に予防しておかないと、意味がないですからね」
確かに、先ほど見かけた人々は皆どこか暗い表情をしていたような気がした。
「でも、病を発症していない人たちはまだ間に合うのに……」
思わず呟くように言うと、店主は苦笑混じりに言った。
「うーん……さっきも言いましたけど、何しろ信用されていないんですよ。僕は」
「そうですか……」
私は、少し残念な気持ちになりながらそう返した。
「あの……このタリスマン、もっとないんですか? できれば、沢山欲しいんですけど……」
気づけば、そう尋ねていた。というのも、このタリスマンを可能な限り買い取って街の人達に配ろうと考えたからだ。
私自身、外部から来た人間だからこの街の住人たちから信頼を得るのは難しいだろう。でも、ちゃんと効果を説明して信じてもらえるよう努力すれば、分かってもらえるかもしれない。
それが駄目なら、領主であるジェイドに頼んで街の人々を説得してもらえばきっと──。
「あー……申し訳ない。実は、もう在庫がないんですよ。それが最後の一個なんです」
私の期待とは裏腹に、そんな答えが返ってくる。
「そうですか……」
しょんぼりとした声で答えると、隣にいるサラが優しく声をかけてくれた。
「仕方がありませんよ。諦めましょう?」
「……そうですね。とりあえず、それだけください」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
一先ず、私はそのタリスマンを購入したのだった。
「良かったら、また来て下さい! 今度は、他にも良い商品を仕入れておきますよ!」
そう言って、店主はにっこり微笑む。
私たちはその言葉に笑顔で「はい」と返しながら店を離れると、再び通りに沿って歩き始めた。