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第7話 紅カノン


 今日も一日授業が終わった。

 藍沢さんは、授業中にさっそくスマホでうちの事務所の募集を見つけると、そのまま何の迷いもなく本当にオーディションに応募していたのであった。


 そんな本気な藍沢さんが、本当にうちの事務所からVtuberデビューしたらどうなっちゃうんだろうなとか考えながら、自宅へ帰宅した俺はいつも通りPCの電源を入れた。


 今日の予定は、二十時からカノンとのコラボ配信が予定されている。

 紅カノン――つまりは、藍沢さんの推しVtuberだ。


 紅カノン。

 退屈を理由にこの世界へとやってきた、小柄で赤い髪をした魔王の娘。

 性格はサバサバしており、とにかく歌うことが大好きな女の子だ。

 歌唱力はFIVE ELEMENTSの中でも随一と言われており、その高すぎる歌唱力と見た目のギャップにやられて、気が付けば虜にされているファンも少なくない。


 そんなわけで、アユムに続きカノンも才能の塊みたいな存在なのである。

 ただアユムと違って、カノンと俺とでは少し問題があったりするのであった……。


 俺はPCでチャットツールを立ち上げると、今回も先にカノンからのチャットが届いていた。


『遅い! こっちも暇じゃないんだから、さっさと返事してよね!』

『悪い、さっき帰ってきたところなんだよ』

『こんな時間まで? 他に何かしてたんじゃないの?』

『帰りついでに晩飯を済ませてきただけだよ。いいだろそのぐらい』


 こうして今回も、チャットを開けばカノンからのお小言が届いていたのであった。


 そう、カノンは何故か俺に対してだけ当たりが厳しいのだ。

 他のメンバーにはもうちょっとやわらかい感じなのに、相手が俺となるとこうして厳しくなるのは、もしかしなくても俺のことをあまり良く思っていないからだろう。

 でも、俺とカノンだけコラボしないとなると、世間に不仲説が流れてしまう危険がある。

 だからこうして、定期的にコラボ配信することでバランスを保っているのだ。


 ――まぁ実際、不仲なんだけどな。


 俺はチャットを返しながら、深いため息をつく。

 別に俺は嫌ってはいないのだが、カノンは俺のことがとにかく嫌いみたいだからどうしようもない。


 ただお互いプロだから、配信が始まればこのギスギスが嘘のように、いつも楽しくコラボしているのだ。

 カノンのプロっぷりは凄まじく、いざ配信が始まると楽しそうによく笑い、当事者である俺ですらも本当に楽しそうに思えるぐらい、カノンのプロっぷりには毎回感心させられてしまうのであった。


『じゃあ二十時の五分前集合ね。用意はわたしの方でやっておくから』

『わかった』


 こうして、配信時間ギリギリまで会話することもなく、冷え切ったチャットのやり取りを一旦終えるのであった。


 まぁ、こうなってしまっている原因は何となく分かっているのだ。

 それは、この才能あふれるFIVE ELEMENTSにおいて、俺だけ明らかに見劣りするからだろう。


 要するに、俺が足を引っ張っているのだ。

 俺じゃない、もっと才能のある人がメンバーだったら、きっともっとFIVE ELEMENTSは飛躍していたんじゃないかと考えることがある。


 それでも、だからと言って辞めたいと思ったことはない。

 俺は俺で頑張っているし、最近ではその結果がチャンネル登録者数にも現れてきているから、悲観するのは控えるようにはしているのであった。


 ただ客観的に見て、事実は事実。

 俺も努力はしているのだが、その差は中々埋められないでいるのであった――。



 ◇



「よく集まったわね下僕たち! 今日も我に尽くすがよい! ――というわけで、今日はコラボ配信していくよー! お相手は?」


 配信が始まると、完全にスイッチがオンになるカノン。

 その変わりっぷりには、いつまで経っても慣れないなと思いつつ、俺も気持ちを切り替えてリスナーのみんなへ挨拶する。


 こうして、カノンと俺のコラボ配信が開始された。

 ちなみに今日の配信は、ゲーム配信ではなくリスナーのみんなのお悩みに答える配信だ。

 お便りフォームへ送られてきた沢山の質問に対して、事前にカノンがピックアップした質問に答えていく形となる。


 カノンが仕切りながら繰り広げる雑談は、一緒に配信している俺が聞いていても面白かった。

 リスナーの悩みに対して、時おり笑いを挟みながらスラスラと答えが出てくるところはさすがの一言で、適度にこっちにも話を振ってきてくれるから進行も楽だった。


「えーっと次は……よし、これだ!」


 そしてカノンは、次のお便りを読み出す。


「初めましてこんカノン! わたしは今、Vtuberになることを夢見ている大学一年生の女の子です! 今日、大学の友達との会話の成り行きで、カノンちゃん達と同じ事務所のオーディションに応募してみることにしました! というわけで、もし同僚? 仲間? になることができたら、よろしくねカノンちゃん! ……ってこれ、全然お悩み相談じゃないわよね?」


 カノンのツッコミに、コメント欄に笑いが溢れる。

 きっとこれも、こうなることを読んでカノンはこのお便りを選んだのだろう。


「もう! ちゃんと募集要項読んでるー? でもまぁ、もしこの子も同じ事務所になれたら素敵よね。アーサーもそう思わない?」

「ああ、そうだな。これでもし同じ事務所になれたなら、俺様が面倒みてやろう!」

「いやいや、アンタ何様なのよ。でもそうね、うちはアットホームな職場だから、わたし達が手取り足取り、それから腰取り丁寧に教えてあげるわよ!」


 そんな俺達の会話に、コメント欄は『じゃあ俺もわたしも応募する』と盛り上がりを見せていた。


 配信とは、俺達演者だけでなく、こうしてリスナーのみんなも一緒になって面白さを生み出していくところが一番の醍醐味だと思っている。

 こうしてカノンの狙いどおり、今回の配信も笑いに包まれていることに満足しつつ、一息ついたところで俺はあることに気が付く。


 ――というか、まさかさっきのお便り、藍沢さんが送ったわけじゃない、よな……?


 凄く話が重なる気がするんだけど……。

 まぁいくらなんでも、そんな狭い話があるものかと、俺はすぐに変な考えを振り払い配信に集中した。


 こうして、カノンの上手な進行のおかげもあり、最後まで笑いに包まれたままコラボ配信は無事に終了したのであった。


「――おつかれ、アーサー」

「カノンこそ。色々ありがとな」

「別に、このぐらい構わないわ――それで、アーサーはどうだった?」

「どうだったって?」

「今の配信、楽しかった――?」

「ん? ああ、楽しかったよ?」

「そう、ならいいわ。それじゃね」


 そう言って、カノンはそのまま通話を切った。

 また何か言われるのではないかと思ったが、すんなり通話が終了したことにほっとしている自分がいた。


 とりあえずこれで、今日の配信は終わったなとスマホを手にすると、一件の通知が表示されていた。

 それは藍沢さんからのメッセージだったため、何だろうと思いすぐに開いてみると――、



『ねぇ桐生くん! 聞いて! カノンちゃんが、わたしのお便り拾ってくれたの!』



 藍沢さんから届いた、興奮気味のそのメッセージ――。

 つまり、さっきのあれは本当に藍沢さんからのお便りだったのかと、思わず俺は部屋で一人吹き出してしまったのであった――。



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