「……え?」
ようやく思考が追い付いた俺の口から漏れ出た言葉は、「え?」の一言だった――。
でも、その一言に今の俺の感情は全て詰められていると言っても過言ではなかった。
この数多あるVtuberの選択肢の中から、何故うちの箱を希望するのか――。
だが思えば、藍沢さんがVtuberになりたいキッカケを作ったのは紅カノンであり、そのカノンは俺と同じFIVE ELEMENTSのメンバーだ。
それであれば、藍沢さんがカノンと同じ事務所を希望するというのは、むしろ自然なことなのかもしれない。
それでも、さすがに同じ事務所というのは色々と不味い気しかしてこないのであった……。
「だ、大丈夫かな? あそこって、すごく倍率高いんじゃないかな?」
「んー、それはもちろんそうだろうけど、まずは受けてみないことには何も始まらないと思うよ?」
完全なる正論だった……。
倍率が多いから諦めるなんて、そんなものは志のない人間のすることだ。
本気でVtuberになろうとしている藍沢さんにとって、さっきの俺の言葉はまさしく愚問だった。
だから俺は、もう諦めるしかないことを受け入れるしかなかった。
そして、どうせ受けるならば受かってほしいとも思う。
「――分かった。じゃあまずは、そこのオーディションの合格を目指そうか」
「うん! そうする!」
やる気に満ち溢れた様子で、嬉しそうに微笑む藍沢さん。
そんな素敵な微笑みを向けられてしまっては、俺ももう応援するしかなくなってしまうのであった――。
◇
「それにしても、よくあんな額を貯金できたね」
次の教室へ移動しながら、俺は隣を歩く藍沢さんに思ったことを口にする。
そう、何故藍沢さんは、あんな額を貯金できていたのかについてだ。
まだ大学一年生になって間もないわけで、それなのに二桁万円の貯金なんて中々できることじゃないと思う。
――ま、まさか!? いかがわしいバイト、とか……!?
そんな不安が脳裏をよぎった俺に、藍沢さんは「コラ!」と手をグーにして肩を叩いてくる。
「桐生くん、今絶対に変なこと考えてたでしょ?」
「ふぇ!? あー、いや、えっとその……」
「言っておくけど、別に変なバイトとかしてないからね? ――ちょっと情けない話なんだけどね、実家が少しだけお金持ちなのよ。だから、ほとんどがこれまで貯めてきたお小遣いで、元々持っていたお金なの」
「へ、へぇー」
それは意外だった。
見た目がギャルっぽいだけに、藍沢さんには申し訳ないけれどそんな風には正直見えなかった。
でも言われてみれば、藍沢さんの着ている服は他の女子達と違い、いつも仕立てがよくお洒落に思えた。
ブランドとかはよく分からないが、たまに俺でも知っているようなブランドロゴを目にするから、きっとどれもそれなりにするのだろう。
ちなみに俺はというと、いつも大学に通うためだけに揃えた三パターンの服を着回し、美容室には長い間行っていないから髪も伸びきった状態。
つまり、誰もが振り返るような美少女と、髪の毛ボサボサの芋男――。
そんな二人が、今もこうして一緒に歩いているのだ。
だから周囲から、おかしな組み合わせだと見られているのも当然と言えるだろう――。
ただ、これは仕方がないことなのだ。
俺は大学以外は配信で慌ただしくしているため、服を買いに行く暇も髪を切る暇もないのだから。
……なんて、そんなものは一日配信を休めばどうとでもなる話なことぐらい分かっている。
結局俺は、自分のことに時間を使う暇があるのならば、リスナーのために配信している方が楽しいというのが正直なところなのであった。
ちなみに、去年の年末行ったライブステージの前には、俺もちゃんと美容室へ行ったし、服だってお洒落をして行った。
さすがの俺も、メンバーの前でダサい自分を晒したくはなかったのだ。
ただ最近は、メンバーと集まってするダンスレッスンもないし、大学が始まったこともあって、思えば全然出掛けていなかったことに気が付いた。
――まぁ、もうちょっと身嗜みもちゃんとしないとだよなぁ……。
そんな、藍沢さんの話から何故か自分の至らなさに気が付きつつも、俺は藍沢さんの貯金の理由に納得したのであった。
「でもそれだけじゃなくて、ちゃんと自分でもバイトして稼いでるからね! それも足して、この額なんだからね!」
「え、そうなんだ? ちなみにどんなバイトしてるの?」
「えーっと、ちょっと恥ずかしいんだけどさ……」
「うん?」
「……その、メイド喫茶で……」
恥ずかしそうに、バイト先を教えてくれる藍沢さん。
しかし、そのあまりの斜め上過ぎた回答に、俺は思わず固まってしまう――。
――え、藍沢さんがメイド?
じゃあなに? この美少女が、メイド服姿で萌え萌えキュンとか接客をしてくれるお店が、この世に存在するってことですか?
え、なにそれ、神ですか――?
「その……カノンちゃんも、メイド服衣装あるでしょ?」
「あ、ああ、うん……」
「だからわたしも、そういう可愛い服を着てみたいなぁーって、ちょっと憧れてたんだよね」
恥ずかしそうに笑いながら、メイド喫茶でバイトする理由を教えてくれる藍沢さん。
ここでもカノンの影響を受けているのかと、俺は藍沢さんのカノンへの推し魂に感心するしかなかった。
「あ、このことは学校のみんなには秘密だからね?」
「あ、うん。それは絶対に大丈夫、だって俺友達いないから」
「ああ、そ、そっか……」
「なんかごめん……」
そんなわけで、俺は藍沢さんについて色々と知ることができたのと同時に、そのメイド喫茶には是非一度行ってみたいなと思うのであった。