次の日。
俺は今日もバッチリ寝不足になりつつも、大学の教室の扉を開ける。
昨日はFPSゲームの調子が良すぎて、つい勢いで夜中まで長時間配信をしてしまったのだ。
おかげで物凄く寝不足なのだが、やる気に満ち溢れていた昨日の俺は完全に輝いていた。
――それも全部、藍沢さんのおかげかもな。
知っている人に応援されるのが、まさかこれほど嬉しいことだとは思いもしなかったな。
そう思いつつ教室を見回すも、まだ教室内に藍沢さんの姿はなかった。
だから俺はいつも通り、一番後ろの列の、一番端の席へと腰掛ける。
そしていつも通りPCを開き、とりあえず次の配信に使うサムネイルでも作ろうかなと作業を開始したのだが、そんな俺の肩を後ろからポンと叩かれる。
「おはよぉー、桐生くん」
その声に驚いて振り向くと、そこには遅れてやってきた藍沢さんの姿があった。
今日もサラサラとした綺麗な金髪を靡かせながら、誰もが振り向いてしまうような美少女の姿がそこには――なかった。
代わりにそこには、寝ぐせをピンと立て、明らかに寝不足のようなゲッソリとした表情を浮かべる藍沢さんの姿があった……。
「あ、藍沢さん? だ、大丈夫?」
「ああ、うん……へーきへーき……たぶん……」
そう言って藍沢さんは、最早当然のように俺の隣の席へ座る。
やっぱり今日も一緒なんだねと思いつつ、これまでずっとボッチだった俺にとって、こうしてまた藍沢さんと一緒に授業を受けられることは正直嬉しかった。
「ちょっとね、昨日は配信を見すぎちゃって……」
「あー、そっか……」
もしかしなくても、それは俺の配信を見ていたせいだろう。
昨日は結局、午前三時までゲームをプレイしてしまったのだ。
つまり、俺が寝不足なら藍沢さんも寝不足。
しかし、今隣にいるのが自分のリスナーさんなのだと思うと、何だか不思議な感じがしてくる。
同じ人が喋っているのだから、声でバレそうな気がしなくもないのだが、俺の声は特徴的な声をしているわけではない。
そもそも、まさかいつも配信を見ているVtuberの中の人が、すぐ隣にいるだなんて誰も思いやしないだろう。
まぁ分かるわけないよなと思いながら、俺は作業に戻るべく自分のPCに目を戻す。
するとそこには、次の配信のサムネイルを作るため、飛竜アーサーのイラストがでかでかと表示されていた――。
「うぉっ!? ちょっ!!」
「うん? どうかした?」
「いやぁ!? なんでもないよぉ!?」
咄嗟に誤魔化す俺――。
しかし、完全に挙動不審だった俺に対して、訝しむような視線を向けてくる藍沢さん。
そして、俺のPCに何かあるなと勘付いた様子で、じーっと画面を覗き見ようとしてくる。
だが、俺のPCの画面に表示されているのは、もうただのデスクトップ画面だ。
そう、俺は慌てて全ての表示を最小化させたのだ。
""Windowsキー + M"
これさえ覚えておけば、こういう緊急時に全ての表示を隠すことができるんだぜ!
……なんて俺は、誰に向けるわけでもなく心の内で知識をひけらかしつつ、無事バレなかったことにほっと一息つくのであった。
――もう学校でサムネ作るのはやめよう……。
「何か隠してる?」
「いや、本当違うって。ちょっと誤操作して驚いただけだよ、あはは」
「ふーん、まぁいいけど……ふあぁ~」
どこか納得していない藍沢さんだったけれど、その眠たそうな大きな欠伸により、この件はそのまま流れていくのであった。
◇
「あ、ねぇ聞いてよ! とりあえずこれだけ貯まってるんだ!」
授業中、いきなり藍沢さんから話しかけてきた。
一体何のことかと思えば、藍沢さんの見せてくれるスマホに表示されているのは貯金額だった。
そんな個人情報、俺なんかが知っちゃって大丈夫ですか!? と思ったものの、これはVtuberになるための軍資金報告なことにすぐに気が付く。
「え、もうこれだけ貯まってるの!? これなら、とりあえず始められるんじゃないかな」
「え、マジ?」
「マジ」
その額は、俺の想像を超える金額だった。
これであれば、PCやその他諸々、とりあえずゲーム配信する環境ぐらいは買い揃えられるだろう。
もし今後、藍沢さんがゲームをする環境に拘りたいのであれば、またあとから良いものを買い足して行けばいいのだ。
「じゃあ、環境はこれで揃えられるとして、あとは一番肝心なこと。藍沢さんがどうしたいかだね」
「どうしたいって言うと?」
「まずはそうだね、個人でやっていくか、企業に所属するかじゃない?」
そう、Vtuberの業界は大きく二つに分けられるのだ。
個人勢と、企業勢。
その言葉のとおり、これは個人で活動していくか、企業に属して活動していくかの違いだ。
どっちもメリットとデメリットがあるとは思うが、その辺はVtuberファンの藍沢さんならば何となく想像もつく話だろう。
「うーん、わたしパソコンの知識ないし、誰かにサポートして貰わないと無理そうかなぁ……」
「そうなると、やっぱり企業Vtuberかな」
俺も所謂、企業Vtuberだからよく分かる。
たしかに、運営の人達はテクニカルなサポートからスケジュール調整、更には企業案件なんかの受注も上手くやってくれているから。
そのおかげで、俺はこうして学校に通いながら配信業を続けられていると言っても過言ではないだろう。
だからこそ、同じ学生である藍沢さんなら、同じく企業に所属した方が良いだろうと考える。
――まぁ、他所の企業がどんなやり方かまでは良く知らないけど……。
しかしそうなると、機材云々以前に、まずはオーディションに合格しなければならない。
調べれば沢山募集は出ているし、大きいところなんかでは常設されているところもある。
なんなら、うちの会社だってそうだ。
FIVE ELEMENTSは五人で固定されているが、今はその妹分グループのメンバー募集なんかもしていたはずだ。
個人的な意見ではあるが、この所謂”箱(企業)”選びは就職活動に似ていると思っている。
やはり、大きい会社であればある程度は信用できるし、対して小さいところになると、色々とトラブルが起きている話なんかも耳にすることがある。
もちろん、大きいところでもトラブルはあるだろうし、小さくても優良なところは沢山あるだろう。
だからこれは確率の話で、何も分からないならば大きいところに所属するというのは、就職活動の志望動機と重なるんじゃないかなって話だ。
そういうわけで俺は、藍沢さんが志望する箱が特にないのならば、とりあえず大手の方が良いんじゃないかなとアドバイスしようとすると、藍沢さんは何かに閃いたようにニッと微笑む。
そして――、
「じゃあわたし、FIVE ELEMENTSと同じ事務所へ行きたい! ってことで、さっそく申し込んじゃお~♪」
そう言って、俺が案を提示する前に即決する藍沢さん。
その藍沢さんのあまりの即決っぷりに、俺の思考は完全に置いてけぼりにされてしまうのであった――。