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第4話 配信

 帰宅した俺は、すぐに家のPCの電源を入れる。

 まずはチャットツールの内容を確認し、それから帰宅報告とともに今日の予定を整理する。


「えっと、今日は十九時からアユム、そのあと二十二時からソロか」


 チャットで諸々の調整を進めつつ、俺はSNSでの宣伝ツイートを済ませる。

 それから帰りに買ってきたご飯を急いで食べたあと、十九時までにお風呂も済ませておくことにした。


 風呂上がりにSNSを確認すると、沢山のいいねやリプがついていた。

 その内容に目を通しつつ、再びチャットで今日の最終確認を行う。


 そうこうしていると、時間はあっという間に十九時を迎える。

 俺は気持ちを切り替えて、マイクに向かって口を開く――。



「どーもー! FIVE ELEMENTS所属の飛竜ひりゅうアーサーでーす! 今日はよろしくお願いしまーす!」



 画面の向こうのリスナー達へ、俺は自己紹介をする。

 既に配信の同接数は三万を超えており、コメント欄も大盛り上がりであった。


 そう、俺――桐生彰は、実は今を時めく人気Vtuberグループ「FIVE ELEMENTS」に所属する「飛竜ひりゅうアーサー」の、所謂中の人なのである。


 飛竜アーサー。

 鋭い目つきをした美男子で、力による破壊に飽きたことで、暇つぶしのため人間界へとやってきたとされる黒髪の竜人りゅうじん

 だが、何故か気が付くと人間界でアイドルになることになってしまっていたという、FIVE ELEMENTSの中でも特にクセの強いキャラクターだ。


 そんなアーサーのキャラデザをしてくれた、所謂ママと呼ばれるイラストレーターは、SNSのフォロワー数が二十万人を超える有名イラストレーターの萌川もえみ先生。

 そのキャラデザの良さから、当初は女性人気が高かったのだが、トークが面白いということで、今では全体の四割近くは男性リスナーとなっている。


 この「飛竜アーサー」、そして藍沢さんの推しの「紅カノン」。

 それから、今日これからアーサーがコラボ配信する「煌木きらめきアユム」に、あとは「鬼龍院きりゅういんハヤト」と「恐山おそれやまネクロ」の五人合わせて「FIVE ELEMENTS」なのである。


 現在アーサーのチャンネル登録者数は、この間ついに百万人を突破した。

 グループ内では一番登録者数が少ないものの、最近は男性人気も獲得をしていることから、グループ内での上昇率は一番高かったりする。


 ただ、俺の目から見ても他の四人は才能の塊のような存在で、自分なんかが同じグループにいて本当に良いのかと不安になってくることがある。

 それぐらい、このFIVE ELEMENTSは選ばれし者達が集う、伸びるべくして伸びたグループだと思っている。


「で? アーサー、今日は何やるんだっけ?」


 配信を通して、アユムがとぼけて声をかけてくる。

 青色の髪の女の子で、三度の飯よりゲームが大好きな活発系の女の子だ。

 そのプロフィールのとおり、人気FPSゲームでは最高ランクまで到達しており、女の子ながらプロゲーマー顔負けの実力を誇っているFIVE ELEMENTSきってのゲーマーだ。


 そんなアユムのチャンネルではゲーム配信が中心で、長時間配信もよく行うことから家からはほとんど出ることがないらしい。

 それでいて、ステージの上に立てば完璧な歌とダンスを披露するのだから、ゲームファンを中心に高い人気を誇っているのである。


「何って、もう画面に映ってるだろ」


 俺はアユムの質問に、笑って答える。

 これから一緒にするゲームは、FPSではなくただのバカゲー。


 既に配信に映るゲーム画面には、ヘンテコなキャラがうにょうにょと動いている。

 ゴリゴリのFPSプレーヤーであるアユムが、これからFPSではなくこのバカゲーで俺と対戦するというギャップが、リスナー達の笑いを誘っていた。


 そんなわけで、俺は配信とは言いつつも、一時間みっちりアユムとそのバカゲーを楽しんだ。

 好き放題に言い合えるアユムとは相性もよく、『今日も腹抱えて笑った』というコメントの数々が、無事今回のコラボも成功に終わったことを実感させてくれるのであった。


 こうして、配信の切断を確認したところで、アユムから声をかけてくる。


「ふぅ、おつかれアーサー」

「おう、アユムもな」

「アーサー、このあとソロ配信するんでしょ?」

「ん? ああ、俺もFPS頑張らないとだからな」

「ふーん? それはなぁに? やっぱりわたしとコラボしたいからぁー?」

「そう言われるのはちょっと癪だけど――まぁそうだな、今のランク帯じゃ一緒にプレイできないからな」

「んふふ♪ そうかそうか、ならば頑張りたまえよアーサーくん!」

「はいはい、じゃあまたな」


 配信後、そんなアユムとの軽い雑談を挟んでから通話を切る。

 とりあえず、これで今日の配信も半分終わったなとぐっと伸びをしていると、突然スマホの通知音が鳴り出す。


 友達の少ない俺のスマホは、滅多に鳴ることがないのだ。

 だから、一体何だろうと思いながらスマホを手にすると、それはまさかの藍沢さんからのメッセージ受信通知だった。


 実は今日の帰り際、俺は藍沢さんと連絡先を交換しておいたのだ。

 それはもちろん、今後藍沢さんがVtuberになるための情報交換を目的としているわけで、特に深い意味があるわけではない。

 それでも俺にとって、初めて大学で知り合った人と連絡先を交換できたことが素直に嬉しかった。


 そんなわけで、俺は藍沢さんから送られてきたメッセージを確認する。



『桐生くん! さっきのアーサー様とアユムちゃんの配信見た? すっごく面白かった!』



 何かと思えば、それはさっき俺がアユムと行った配信に対する感想だった。

 まさか藍沢さんも、そのアーサー本人にメッセージを送っているとは露ほどにも思いやしないだろうな――。


 でもそんな、藍沢さんから送られてくる真っすぐな感想が嬉しかった。

 当然、事務所的にも正体は隠しつつメッセージのやり取りをしているのだが、どうやら藍沢さんは、このあとの俺のソロ配信も楽しみにしてくれているようだ。


 だから俺は、そんな藍沢さんの期待に応えるためにも、次の配信も頑張ろうと一人やる気に満ち溢れているのであった。




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